92話~ほら、ジュン。行くよ~
「お手をどうぞ、ジュンさん」
結婚式場に着くと、ドアのところで虎ちゃんが手を差し出して構えていた。
自然とこう言う事が出来るって、やっぱり大人だなって感じる一方、何処でそんな事を習ったんだろうって、ちょっと不安にもなる。
セリカさんと舞花ちゃんからは、虎ちゃんに彼女は勿論、女性で親しくなった人は居ないって聞いているから、余計に謎だ。
やっぱり、セリカさんが言っていた通り、虎ちゃんはそう言うことが何となく出来ちゃう人なのかな?
ううん。きっと虎ちゃんの事だから、色々と勉強しているんだと思う。たった2か月で激やせしちゃったし、今でも筋トレを頑張ってるから、スーツがパツパツになるくらいになっているんだもの。
…ちょっとこれは、頑張り過ぎかも。学校の制服が入んなくなっちゃうんじゃない?
「どうかしたかい?ジュンさん」
「えっ?あっ、なんでもない!」
危ない、危ない。つい、虎ちゃんの体を凝視しちゃった。バレたらまた、エリに揶揄われちゃう。
…虎ちゃんが悪いんだよ?こんなになるまで頑張っちゃうから、嫌でも意識しちゃう。
あっ、でもこれって、あたしの為にしているんだって言ってたっけ。痩せたのも、テストで良い点数取るのも、全部あたしの為って。君がキラキラ輝いているのは、あたしに注目されたいからなの?
「虎ちゃん…」
「はいはい。何かな?」
「えっと…凄い大きな教会だね」
聞こうと思ったけど、途中でやめた。だってもし、あたしの為だって言われたら、きっと式どころじゃなくなっちゃう。もう倒れたりはしないと思うけど、また上の空になっちゃう。
こんな綺麗な教会での結婚式なのに、それじゃ勿体ないもん。
「そうだね。チャペル結婚式って奴だ。都内でも有数の教会らしいから、挙式で使う礼拝堂はもっと荘厳だと思うよ」
チャペル。響きだけで素敵。
「そうなんだ。でも教会って事は、キリスト教って事じゃないの?あたし、そう言うの詳しくないんだけど…?」
「大丈夫さ。きっと、ここに居る殆どの人間は、普段キリスト教と縁遠い人達だから。難しい習わしとかはないよ」
そっか。なら安心だね。
あたしは安心して、虎ちゃんにエスコートされる。
受付では虎ちゃんが代表で御祝儀を渡していて、あたし達は名前だけ書けば良い様にしてくれた。
あたしは、ご祝儀の存在すら忘れてたから慌てちゃったけど、虎ちゃんは「呼んだのは俺なんだから」と何でもない風にあたしの手を引いた。
良いのかな?なんか、最近虎ちゃんに払ってもらってばかりな気がするけど。
後で払った方が良いかな?幾らくらいするんだろう?3千円とか?
「わぁ、凄い…」
そのまま周りの流れに乗って会場の中を進んでいくと、礼拝堂に辿り着いた。
虎ちゃんが言っていた通り、凄く大きくて広くて、そして真っ白な教会だ。映画とかのイメージではもっと暗かったけど、ここは窓から日差しも入って来てるし、照明も明るい。壁際で蝋燭も燃えているけど、殆ど意味を成していないくらい。
きっと、これも演出だよね?教会って言えば、蝋燭とステンドグラスだもん。
「ヤバいよね、ジュン」
後ろの方の長椅子に座るとすぐに、隣になったエリが話しかけてきた。彼女の目は、さっきから礼拝堂の最深部…祭壇の辺りを凝視している。
うん、確かに。
「めっちゃ豪華だよね。あのステンドグラスとかも、色合いがとってもキレイ」
「だよねぇ~。こういう所で挙げられたら、最高なんだろうなぁ」
あれぇ~?
「なになに?エリ。もしかして、そう言う気持ちになって来たの?」
ついイタズラ心で彼女に聞いてみると、半目で返される。その目が、あたしの手元に落ちた。
「ジュンこそどうなの?車降りてからずっと、黒沢君と手を繋いでたじゃん」
「えっ?だって、エスコートしてくれてたから」
エスコートするなら、手を引いてくれるのが普通じゃないの?今までの虎ちゃんはずっと、そうしてくれてたし…。
そう思ったけど、エリはニヤニヤ笑いながら、自分の手を上げる。
「付き合ってる私らだって、そんなに手を繋いだりしないよ?」
「えっ。そうなの?」
あたしは驚いて、虎ちゃんをチラリと振り返る。彼は林君と喋っていたけれど、あたしの視線を感じてか、「どうしたの?」と直ぐに察してくれちゃった。
ううん。何でもないよ。
あたしは笑みで彼に返事して、エリに視線を戻す。
「あたし、ベタベタし過ぎたのかな?」
「いいんじゃね?黒沢君も嬉しそうだったしさ。寧ろ、ヒデ君が草食過ぎんだよね。もっと黒沢君を見習って、肉食で来て欲しいんだ」
「に、肉食って…」
虎ちゃんって、肉食だったの?だって、何時も大人っぽくて紳士だから、そんな風に思えないんだけど?
あたしの部屋に誘っても慌ててたし…可愛い肉食系?チーターみたいな感じ?あっ、でもトラだったね。
そうしてエリと雑談していると、挙式がスタートした。
真っ白いスーツを着た新郎さんが先に来て、お父さんらしき人にエスコートされた新婦さんが登場して、牧師さんの前に立つ。
牧師さん、外国人さんみたいだけど、日本語が上手。あたしでも間違えちゃいそうな単語をスラスラ朗読してる。
そして、誓いのキス。
新郎さんが新婦さんのベールを上げて、ゆっくりとキスをする。
身長差があるから、新郎さんが少しかがむ形になっている。
あたしはつま先立ちしたら、虎ちゃんに届くのかな?…って、何考えてるんだろ、あたし。
なんか変なことを考えて、顔がめっちゃ熱くなってきた。けど、周りにはバレて無さそう。式は順調に進んでいるから、みんなそっちを見守る事で忙しいみたい。
助かったぁ。エリにバレたら、ずっと弄られそうだもん。
「いやぁ。やっぱいいねぇ~」
礼拝堂から退場となり、次のフラワーシャワーの準備で列を作って待っていると、堪らずといった感じでエリが零す。気のせいか、彼女の頬も少しだけ赤くなっている気がする。
あたしだけじゃなかったんだね。
安心して、大きく頷く。
「いいよね。ああいうの。憧れちゃうよね」
「そうそう。あそこまでは求めないけど、初チッスはある程度ロマンチックな雰囲気が欲しいなぁ」
「えっ?」
あたしはつい、エリの方を見ていた。
彼女も見返してくる。
「なに?」
「いや、だって、付き合ってるって聞いたから、そう言う事もしてるのかなぁ~って思って」
「だから、言ってるっしょ?ヒデ君、めっちゃ草食系なんだって。手を繋ぐのだって、向こうからは殆どないよ?私が強制的に引っ張ってる感じ」
ええ~。そうなんだ。
だから、あたしをエスコートする虎ちゃんを肉食系って言ってたんだね。
「逆にさ、ジュンはどうなのよ?何処まで大人の階段を駆け上ってんの?」
「いや、だから、あたし達そういう関係じゃないから」
「ここまで来ておいて?」
ここ、と言って、エリが地面を指さす。
た、確かに、そうだけどさ。
「しかも、愛の告白までされたんでしょ?」
そうだけど…もうっ!あの夜の話、2人にするんじゃなかった。
「私達よりカップルしてんじゃん。もう実質、付き合ってるのと同じじゃね?」
「でもぉ…虎ちゃんにはノゾミもいるし…」
ついこの間も、休みの日にノゾミと会う約束をしてしまったって、虎ちゃん言ってたし。それって多分、あたしとノゾミの間で揺れ動いているってことじゃない?
「七音さんねぇ。確かに可愛いし、黒沢君とも仲良さそうにも見えるけど…どっちかって言うと、彼女が黒沢君に付きまとってるように見えるよ?私的には」
「そうかなぁ?」
「そうだって。そもそも、ジュンは黒沢君にお願いされて、ここに呼ばれてるんでしょ?だったら、黒沢君の心はこっちにあるって。だからずっと、あんたと手を繋いでたし」
「うっ、確かに…」
でもさ、虎ちゃんって優しくて紳士なトラさんだから、なんだか確信が持てないって言うか…。
ノゾミを慰める為に頭を撫でたのと同じように、上郷君に乱暴されたあたしを安心させる為に、好きだから守りたいって、言ってくれたんじゃないの?
そんな考えが、頭の何処かに潜んでいる。
虎ちゃんが真剣に向き合ってくれているのに、あたしの踏ん切りがつかないのは、そういう所なのかも。
あたしが迷っていると、エリが「ジュン」って呼ぶ。その声はさっきまでと違い、軽くない声。
いつの間にか落としていた視線を上げると、親友が真剣な眼差しを向けていた。
「迷うのは良いけどさ。恋心って、絶対じゃないからね?うかうかしていると、七音さんに取られちゃうかもよ?」
「うっ、うん…」
「怖いかもしんないけど、早めに一歩踏み出しな?」
一歩…。
「うん。分かっ…」
「「「わぁああっ!」」」
周囲が一気に盛り上がり、あたしの声は掻き消えた。
見ると、新郎新婦が礼拝堂から出て来て、赤い絨毯の上を歩いていた。
あたしは手に持っていた花びらを絨毯の上に撒いて、2人を祝福する。ウエディングドレスを着た新婦さんが通り過ぎると、華やかな香りがした。幸福で一杯の横顔は、とても魅力的で、とても羨ましく思った。
彼女と同じ道を歩む為にも、エリが言った一歩が必要なんだ。
「ほら、ジュン。行くよ」
「えっ?何処に?」
新婦さんの後姿を目で追いかけていたあたしは、いきなりエリに肩を掴まれて戸惑う。
そんなあたしに、エリは怖いくらい本気の目を向けて来る。
「何言ってんのよ?今回で一番の山場…修羅場が始まるのよ?」
「しゅらば?」
「ブーケトスに決まってんじゃない!」
あっ、そっか。結婚式って、それもあったね。
確か、新婦さんが投げたブーケを先に手にした人が、次に結婚するとか何だったかのルールだったよね?それで周りの女性達はみんな、目の色を変えているんだね。
あたしがルールを思い出している間にも、女性達が一か所に集まりだす。あたしもエリに引っ張られて、その中へと…中はあまりにも過密で、端っこの方に追いやられてしまった。
みんな怖いよ。そんなに結婚したいの?あたしは、やっぱり結婚は好きな人と…。
「ほら、ジュン。こんな時まで黒沢君を目で追わないの」
「いやっ、そう言う事じゃなくて…」
「ほら、言い訳はいいから、前向いて。花嫁が構えたよ」
「うん…って、アレナニ!?」
前を向いて驚いた。新婦さんが構えているのは、黒くて太い筒…バズーカだったから。
あたしが驚いている間にも、新婦さんはバズーカをあたし達より上の方へと構えて、そして打ち出した。ボフンッと気の抜ける音がして飛び出したのは、青色のテディベア。そのクマさんの手には小さなブーケが持たされていて、背中に付けたパラシュートで、ゆっくりとこちらに降りて来ていた。
「キタキタ!」
「こっちに来い、来い!」
「もうちょっと!もうちょっとで!」
「痛い!痛い!押さないで!」
クマさんが優雅に空中浮遊する下で、女性達のし烈な争いが繰り広げられる。そこにエリも参戦しようとするから、流石にあたしは止めた。
ダメだよ、エリ。この後披露宴なんだから、怪我したら大変。
そうしていると、何故かクマさんはあたし達の方へと流れて来る。まるで神様が、高みの見物はダメじゃよ?とでも言ってるみたいで、女性達もこちらへと来てしまう。
「よし、今だ!喰らえオラ!」
エリが凄い声を出して、飛び上がる。まるでバレーのアタックをするかのように、思いっきり手を振り上げて、それで、
「あっ、やっちった…」
それでホントにアタックするもんだから、折角こちらに流れていたクマさんが向こうの方へと吹っ飛んでしまった。
何してんの、エリ!
「あっち行ったぞ!」
「追え!」
まるで犯人を追走する警察みたいに、女性達は鬼気迫る勢いでクマを追う。
でも、
「あっ」
「ああ…」
その集団が止まる。
見ると、クマさんが1人の手の中に納まって、可愛らしい笑顔を浮かべていた。その人は…。
「こいつは…どうするべきか…」
虎ちゃんだった。
彼はクマさんに視線を落とし、少しの間考える。
そして、
「ふむ。そうだな」
一つ頷くと、歩き出した。
乱戦を繰り広げていた女性陣へと近付き、彼女達が左右に分かれて道を作ると、その間を堂々と通って来る。
こちらへと、真っ直ぐに突き進んでくる。
そして、
「ジュンさん」
あたしの目の前で止まる。その場で跪いて、あたしを見上げる。手に持っていたクマさんを、あたしの方へと差し出してくる。
こ、これって…!
「このクマさん、受け取ってくれないだろうか?」
まるでプロポーズの様な彼の姿に、あたしの心臓が高鳴る。心臓が耳元にあるみたいに、ドクッ、ドクッって凄い音が聞こえる。
硬直しそうな体に鞭を打って、何とか首を縦に振る。
「はっ、はひっ!」
声が上手く出ない。手も震えちゃってる。顔も、さっきと比較にならないくらいに熱いから、きっと真っ赤になっちゃってる。
でも、それでも、あたしの手はクマさんを掴んでいた。彼からの申し出を、何とか受け取ることが出来ていた。
彼の優しさを、しっかりと受け取ることが出来た。
ああ、失敗しなくて、良かったぁ。
そう、安堵しかけた時、
「「「わぁあああ!!」」」
周囲から歓声と、幾つもの拍手が響き渡る。
「おめでとう!」
「感動した!」
「可愛らしいカップルね!」
あっ、そうだった!みんなが見てる前だった!
「あっ、あの、これは…」
「ジュンおめでとう!式にはちゃんと呼んでよ?」
「違うから、エリ!まだあたし、そう言う段階じゃなくて…」
ああ、もうっ。虎ちゃんも何か言ってやってよ。
立ち上がった彼に、あたしは目で縋る。
でも、
「クマさんを抱くジュンさんも、魅力的だ」
違うの、虎ちゃん!褒めて欲しくて見てた訳じゃないの!
…嬉しいけど。
「やるなぁ」
…何がです?
「そのクマさん。私にくれる?であろう」
…何です?それ。
「なに。ただの名作だ」




