90話~新しい仲間で埋まっちまうからな?~
「えぇー!すっごい綺麗なドレスですね!芹花さん」
「それは色が濃いから、結婚式には向かないわね。こっちの淡い色の方が良いわよ」
「あっ、じゃあそっち着てみます!」
1枚扉を隔てた向こう側から、そんな興奮気味な声が聞こえて来る。
ジュンさんと母の声だ。
現在我々は、ジュンさんを連れて黒沢邸へと来ていた。ジュンさんが結婚式に着て行くドレスがないと言う事で、色々と物が溢れている我が家に来てみたのだが…。どうやら大当たりだったみたいだ。
先ほどから、ジュンさんの興奮気味な声が上がっており、それに合わせて母親の声も高くなっていた。
最初の頃は、随分と固いと言うか、何処かよそよそしかったからね。でも、ジュンさんの素直な感情に、段々と母の心も解けていっている様子。
隣の部屋がどんな状態なのか分からないが、とても良好なのは声だけで分かる。今の所、NGとかも出ていないから、我が家に眠っていたドレスはジュンさんのサイズにも合っているのだろう。
…誰のドレスなんだ?少なくとも、舞花じゃないよな。
「坊ちゃん。なんか悪い事考えてません?」
「唐突に何を言うんです、久保さん。悪い事など、そんな…」
「では、何か失礼な事を」
「…どうして、分かるんです?」
「顔に書いてありますよ?」
なんだと?
俺は自分の顔を揉んで、表情を整える。
危ない、危ない。つい、隣から聞こえる楽し気な声に吊られて、俺も気が緩んでいたみたいだ。
これで大丈夫と思った時、扉がバンッ!と勢い良く開いた。
ジュンさん達…ではない。開いたのは玄関側のドア。
そこには、大層不機嫌な舞花の姿が。
ひぇっ!
「ま、舞花。お帰り」
挨拶すると、ギロリと睨まれてしまった。そして、ズンズンとこちらに近付いてくる。
まさか、さっきの思考が彼女にまで読まれている?くっ…今の俺は、そんなに分かりやすい顔をしているのか。
ならば、
「済まない!」
先手必勝。謝るが勝ち。
しかし、頭を上げた先に居たのは、不思議そうにこちらを見下ろす妹の姿。
「何を謝っているんですの?虎兄さん」
あっ、これは早とちりだったかも。
「いやぁ、君が不機嫌そうだったからね。訳を聞いても良いかい?」
「訳も何も、貴方の同級生が、とんでもないことを言ってきたのよ!」
「とんでもない事?」
告白でもされたかと思って、俺は軽い気持ちで聞いてみた。
だが、返ってきた答えに、俺は愕然とした。
「ジュン姉様の代わりに、俺達と遊ばないかと上郷先輩が言ってきたんです。楽しそうに、女の子達に囲まれながらヘラヘラとね!」
「なん、だと…」
セイジの奴、ジュンさんをブロックするだけに飽き足らず、現実でも排除し始めたのか。しかも、その穴埋めをするかのように、我が妹を勧誘してきた。
ジュンさんを完全に諦めた?
違うね。態々俺の妹を誘ってきた辺り、腹いせのつもりなのだろう。俺がジュンさんを奪ったのだから、代わりにお前の大切な者を奪ってやると、そう復讐めいた悪意を感じる。
何処か抜けてて平和ボケしている坊やだと思っていたが、嫉妬深く腹黒い一面もあるのか。
「それで?君のその様子から察するに、セイジの提案は断ったんだろ?」
「…ええ、はい」
うん?何故、言い淀んだ?
「まさか、乗ったのか?」
「まさか。しっかり突き返しましたわ。ただ…最初はどうしようかと悩む自分も居て、それが今でも理解できないのです。あんな状況、断る意外にあり得ませんのに…」
ふむ。それは仕方のない事だ。寧ろ、良くセイジの魅了から逃れられた。
事前に俺から聞かされていたからか?それとも、舞花に強い嫌悪感があったからか?どちらにせよ、セイジが動き出したのは確かだ。
これは、一波乱あるぞ。
「あっ、舞花ちゃん!」
奴に警戒心を募らせていると、後ろの扉も開いて、そこからジュンさんが出てきた。
可愛らしい薄桃色のパーティードレスだ。胸元にフリルが付いていて、胸の大きさをかなり誤魔化せていた。
それ故か、一層彼女の可愛らしさが際立っているように思えた。
「おおっ。凄く可愛いね、ジュンさん」
「あっ、ありがと…虎ちゃん」
ジュンさんは顔を赤らめて、少し伏せ気味に頷く。
照れている姿も可愛い。
「まぁ!素敵ですわ、お姉様」
舞花も感動して、ジュンさんに突っ込んで行く。ジュンさんの周りを1回りして、小さく手を叩く。
「お姉様にピッタリな色合いですわ。ねぇ、兄さん」
「ああ。淡い色だからこそ、着る者を引き立てている。もう少し白に寄っていたら、きっと主役を喰ってしまっていただろうね」
「お姉様は素材が良いですからね。パールのネックレスなどもお似合いになるのではないです?」
「おおっ。そいつは良い。純白はジュンさんにベストマッチであろう」
兄弟でジュンさんの品評会を開いていると、ジュンさんは「ちょっ、止めて、2人とも」と顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
そんな彼女の後ろから、満足げな表情で母が登場した。
「そこまでにしなさい、2人とも。まだこれからヘアも整えなければいけないのだから、彼女を返してちょうだい」
「ええっ!そこまでやるんですか?芹花さん」
驚くジュンさんに、母は嬉しそうに頷く。
「今のうちにヘアスタイルを決めないと、当日の朝が大変ですよ?」
「うぅ…確かに…」
ジュンさんが再び部屋に戻ろうとすると、その後ろを舞花も付いて行く。「私もお手伝いしたいです」とテンション高めで女の園へと向かう。
そして、扉を閉める直前、
「兄さん。先ほどの謝罪の意味、後でたっぷり聞かせて頂きますからね?」
…忘れてなかったか。
扉が閉まった後、俺は大きく息を吐き出した。
「結婚式に出るって、結構大変なんだね」
翌日の昼休み。ジュンさんとのお昼を共にした後、俺は彼女と一緒に教室棟へと向かっていた。その最中で、ジュンさんが昨日のことを思い出して苦笑いを浮かべる。
「ああ、本当に大変そうだったね。昨日はお疲れ様」
おべっかとかではなく、本当に大変そうに見えた。昨日は結局、ドレスアップが完了するのに夕食間際までかかっていたから。
ヘアスタイルをあれこれと弄り、その後で似合うアクセサリーを選んで、小物まで凝り始めて…。
昨日は時間があったから楽しく準備が出来ていたが、これを当日にやっていたら大変だ。時間が足りず、コーデも決まらず、てんやわんやの紛争状態となっていただろう。
ジュンさんを家に連れて行って、しかも母が滞在していたのは幸いだった。お陰で、当日の朝もメイクアップしてくれることになったし。
「ありがと。でも、凄く楽しかったよ。虎ちゃんのお母さんとも、仲良くなれたし」
それは俺も思った。
メイクアップが終わった後は、3人で記念撮影もしていたし、母から夕食に誘っていたくらいだ。舞花も「本物の姉が出来たみたいですわ」と、ジュンさんの周りから離れなかったし。
「ジュンさんだから、あの2人も心を開いたんだよ。君の人柄の良さに、2人はメロメロだ」
お陰で、ジュンさんはずっと2人に独占されてしまい、俺は3人が仲良くしているのを眺めながら、1人寂しく夕食をすするしかなかった。
ああ、そうか。
「そう言う意味では、俺もメロメロだから3人だな」
「ちょっ、虎ちゃん!そう言う事、シレッと言わないでよ!」
慌てたジュンさんが、俺の肩を揺らす。
ごめん、ジュンさん。でも、これは俺の本心だ。こんなこと口に出したら、余計に怒られるから言わんけど。
「あっ」
怒った風に喜んでいたジュンさんだが、急に顔色を変えて、俺の後ろへと隠れた。
何かと思ってみてみると、そこにはノゾミさんとコハルちゃん。そして顔も知らない女子が数名、こちらに歩いて来ていた。その中心に居たのは、ニヤケ面のセイジだ。
「よぉ、ジュン。また黒沢の後ろに隠れてるのか?そんな事じゃ、お前のグループ復帰は遠退くばっかりだぞ?」
「えっ?復帰って…あたしもう、退会してるよ?」
「……はぁ?」
慌ててスマホを確認するセイジ。どうやら、ジュンさんの退会を知らなかった様子。
それが今になって分かったのか、顔を上げた彼は視線がブレて、スマホを持つ手も少し震えていた。
でも、それもすぐに収まる。笑みを貼り付けて、乾いた笑い声を上げた。
「ははっ。そうやって強がっても、逆効果だぞ?見ろ。折角お前のために取っておいたポジションも、新しい仲間で埋まっちまうからな?」
そう言って、セイジがすぐ近くに居た女子と肩を組む。リボンの色的からして先輩の筈なのだが、とても馴れ馴れしい態度でこちらを挑発してくる。
くっ…とうとうハーレムメンバー以外に手を出し始めたか。
俺は焦りを感じた。ジュンさん達を引き離すだけではダメなのかと、そう思い知らされる。
「虎ちゃん。もう行こうよ」
どうするかと考え込んでいた俺の肩を、ジュンさんがトントンと叩く。
うん。そうだな。今は彼女を送り届けねば。卑しいセイジの思惑に、晒され続けるのは可哀想だ。
「では、俺達は失礼する」
「あっ、おい!」
さっさと先に行こうとすると、セイジが慌てて俺の前に出てくる。
「まだ話は終わって…」
「授業が始まるぞ?上郷君。次は古文の吉田先生だ。遅れたらどうなるか、分かってるよな?」
吉田先生は滅茶苦茶厳しい先生だ。遅刻なんてしたら怒鳴られるのは必須。
流石のセイジも、俺を止めようとした手を引っ込めた。
そうだ。それで良い。
俺が彼らを抜き去って先を行こうとすると、後ろで新メンバー達の声が聞こえた。
「それで〜?放課後とかはどうするの?」
「カラオケとか行く?ねぇ、セイジ君」
「行かねぇよ!くそっ。解散しろ!」
セイジの怒鳴り声が聞こえて、つい俺は足を止めてしまった。見ると、怒鳴られた新メンバーは悪態を付いて彼らから離れていく。
ふむ。なるほど。どうやら彼女達は、ただジュンさんを焦らせる為だけの配役だったらしい。本当にハーレムメンバーに加えようとはしていなかった様子。
セイジにとって、ハーレムメンバーにしたい娘というのは、この学園のアイドルだけということか。
とても傲慢で、嫌悪感すら覚える態度なのだが…対処しやすくて助かる。全員をお前から遠ざけるなんて、俺では到底出来ないからな。
とはいえ…危険であることには変わりない。セイジがなりふり構わなくなってきたのは事実で、他の子も巻き込み始めてしまった。いつか、もっと非道な手に出るかもしれない。相川先輩達もボランティア活動で居ない今、俺が何とかしなければならん。
「大丈夫?虎ちゃん」
「うん?ああ」
イカンな。いつの間にか表情が硬くなって、ジュンさんを心配させてしまった。
修羅場化しているセイジ達を置いて、俺はジュンさんを連れて教室へと急ぐ。その道中で、ジュンさんが俺の顔を覗き込む。
「あの人の事でしょ?あたし、全然気にしてないよ?」
「本当かい?」
もうお前の席ねぇからみたいな、かなり酷いことを言われていたと思うけど?
「うん、本当。あたしの居場所は、その…虎ちゃんの隣だから」
「ジュンさん…」
嬉し過ぎて、感情が暴走しそうになる。今すぐ彼女を抱きしめて、どうにかしたいと言うリビドーが体の中で暴れ出す。いつの間にか、両手が上がっていた。
しかし、その俺の腕は、何かに掴まれる。
「何しているの?虎二君」
「ノゾミ、さん」
良い笑顔のノゾミさんが、俺の腕を掴んでいた。
全く動かない。凄い力だ。
「ノゾミさん…上郷君はどうしたんだ?」
「さぁ?置いて来たわ。授業に遅れるし」
平然と言い放ったノゾミさんは「さっ、行きましょ?」と言って俺の腕を引っ張る。
俺を止めてくれたのは有難いんだがね。そんな強く引っ張らないでくれないか?もう俺のリビドーは治まったよ?
「虎ちゃん!また放課後ね!」
ジュンさんが手を振って、俺を見送ってくれる。俺も手を振り返して「また」と言うと、安心した様子で1組に入っていった。
「あら?放課後、何かするの?」
「えっ?ああ、まぁ」
「何をするの?」
しまった!ノゾミさんの興味を引いてしまった。
放課後は、また我が家で明日に迫った結婚式の準備をしようと思っていたのに、ここでバレたら彼女も行きたいって言うんじゃないか?親友のジュンさんが参加するんだから、可能性は高い。
どうする…?
「良いわ」
高速で思考を掻き巡らせていると、ノゾミさんがすんなりと諦めてくれた。
助かっ…。
「じゃあ、夏休みの花火大会。一緒に見に行きましょ?」
…諦めた訳じゃなかったのね。
有無を言わさないノゾミさんからの威圧に、俺は頷くしかなかった。
なんで頷いちゃったんですか!
「そう言うな。突き放すわけにもいかんのだ」
それでも!
「と、言い続けろとでも?」




