89話〜どっちでも良くない〜
昨日は驚いた。突然父が帰って来たと思ったら、また唐突に会合へ連行されてしまったから。
勿論、業界の重鎮に挨拶できたのは大きいし、今後役に立つのは分かる。だが、鈴木社長の娘さん達はかなり厄介だった。こちらに気がないと言っているのに、家へ誘おうとするから。
白月さんと良い、貴族の皆さんはそこらが寛容なのか?背が低い俺を誘うなんて…余程男に飢えていたのかな?
あの人達の心情は分からないが…彼女達のお陰で、次のイベントでジュンさんを誘えという父の提案は、極めて妥当なアドバイスだと思った。
結婚式と言う、誰もが恋愛や結婚を意識してしまう場で、しかも会社の関係者が主役である場所。社長の息子である俺に、注目が集まるのは必然だ。
昨日の会合ですら、言い寄ってくる人が居たからね。下手すると、無理やりにでも婚約を取り付けようとする人が出てくるかも。
なので、ジュンさんには是非誘いに乗って欲しいと思っている。彼女にパートナーだと偽ってもらい、企む奴らを跳ね除けたい。
のだが…。
果たして彼女は、了承してくれるだろうか?以前パーティーの話をした時は、顔を真っ赤にしてフリーズしてしまった。パートナーとして隣に立つのは嫌ではないと言ってはくれたが…本心かは分からない。特に、俺は先日思いを告白してしまった。そんな男の隣に立つなど、身の危険を感じて当然。
さてどう誘うべきかと、朝のホームルーム前に自席で悩んでいると、目の前に影が出来る。見上げると、そこには頬を薄っすら赤く染めたジュンさん…ではなく、ヒデちゃんが立っていた。
えっ?
「ど、どうしたんだ?ヒデちゃん。そんな改まって」
「あっ、やっぱそう見えますか?」
「ああ、緊張している様に見えるけど?」
そう言うと、ヒデちゃんは「流石っす」と俺を持ち上げる。
「その、今週末なんすけど、結婚式、虎二さんも参加しますよね?」
「ああ。もしかして…ヒデちゃんも?」
「はい。それでなんすけど、一緒に行きませんか?」
なに?
「まさか、お前…そっちの気が…」
「違うっす!断じて違うっす!会場までの話っすよ」
何だ、そういうことか。
俺は安堵の吐息を吐く。
「そう言う事なら歓迎だ。一緒に行こう。ただもしかしたら、同乗者が増えるかもしれないんだけど…それは大丈夫?」
「それって…」
ヒデちゃんが言い淀む。視線が俺から、俺の後ろの方へと流れる。
俺の後ろから、緊張気味の声が掛かる。
「そっ、それって…誰の事?」
振り返ると、声と同じくらい緊張したジュンさんの姿が。
えっ?
「ジュン、さん?」
何故、ここに?
つい、そう声を出しそうになった俺。でも、そこで少し考える。
いや、待てよ。彼女は今俺に、結婚式に誰と出席するのかと問いかけて来た。つまりそれは、今回の内容をある程度把握していると言う事だ。
何故、知っているか。考えられるのは、今俺の目の前に立つヒデちゃん。彼も俺と同じ様に、誰かパートナーを連れて来るように言われているのではないだろうか?
もしそうなら…。
「ジュンさん。もしかして、エリさんから週末の事を聞いたのかな?」
「うっ…うん。ちょっとだけ」
やはりそうか。
ヒデちゃんが連れて行くのは、十中八九エリさん。そのエリさんからジュンさんへ話が行ったんじゃないか?
もしそうなら…こいつは追い風だ。彼女へ話しかけるタイミングが出来ただけでなく、ある程度事情を知ってくれているならば、心の準備が出来ているだろう。
…準備が出来ているからこそ、速攻で断られるかもしれん。そうなったら、どうしよう…。
不安を抱きながらも、俺はジュンさんを連れて廊下へ出る。
クラスの野郎どもに聞かれたら、変な噂が立ちそうだからね。もう結婚したのかと、中野君辺りが大騒ぎするのが目に見える。
「ジュンさん。話が被るかもしれないが、聞いて欲しい」
なるべく人目が付かない廊下の端で、俺はジュンさんと向き合う。
彼女は未だ緊張した面持ちで「うんっ」と硬い返事を返した。
…迎撃準備OKなのか?いや、もうここまで来たら当たって砕けろだ。
「今週の日曜日、会社関係者の結婚式があるんだが、そこで俺のパートナーとして、式に出席してはくれないだろうか?」
「あたし、も?」
ジュンさんは目を大きく開いて、固まった。
心の準備が出来ているかと思ったが、そうでもなかったか?
もっと段階を踏むべきだったかと、後悔し始めた時、ジュンさんがポロポロ泣き出してしまった。
うぇえっ!?
「ご、ごめん!ジュンさん。嫌ならこの話は、忘れて欲しい」
泣くほど嫌だったのか?俺も泣きそうなんだけど?
何とか弁明しようとしていると、口を押さえたジュンさんが首を振る。
「ううん、違うの。嬉しくて、ホッとして…つい、涙が出ちゃっただけで…」
ジュンさんは涙を拭って、小さく笑みを向けてくれた。
嬉しいと言って、そして笑ってくれた。それだけで、俺も心底安心した。本物ではないとは言え、俺の恋人役を演じてくれる。その程度の好感度はあると分かって。
「ありがとう、ジュンさん。君と一緒に行けて、俺も嬉しいよ」
「ううん。あたしこそ、誘ってくれてありがとう」
緊張が解けたジュンさんは、輝く笑顔を向けてくれる。
でも、すぐにまた曇りだした。
「ええっと、これってノゾミも誘ってるの?」
「うん?ノゾミさん?いや、誘ってないけど…」
あら?もしかしてジュンさんは、親友と一緒に出られると思っていたのか?だから、俺の恋人役を引き受けてくれたの?ノゾミさんと2人でなら、頑張れるって思って。
「あ〜…もしもジュンさんが望むのなら、今からでもノゾミさんに声を掛けようか?」
「えっ、えっと…あたしは、どっちでも…」
ジュンさんが迷いながら言う。
これは、誘って欲しいけど躊躇っているパターン?それとも、誘って欲しくないパターン?彼女達の関係を考えると、前者な気がするけど…。
ノゾミさんも誘うのかと、俺はちょっと気持ちが落ちる。2人を侍らせて結婚式に出る様は、他者から在らぬ疑いを掛けられそうだ。
気が進まない。
俺がため息を我慢していると、伏せ気味だったジュンさんの顔がフッと上がる。真剣な表情を、俺に向ける。
「あっ、あの、虎ちゃん!」
「えっ?あ、うん」
な、なんでしょう?
「やっぱりあたし、どっちでも良くない。あたしは…虎ちゃんと、2人で出席したい」
「ああ…」
ジュンさんの強い感情に、俺は気圧されそうになった。彼女がこれ程、自分の意志を前に出してくるなんて。
そうやって感動していると、彼女はちょっと不安げに顔を歪めてしまう。
「虎ちゃんが良ければ、なんだけど…」
「勿論、良いに決まっているっ」
俺は大きく頷いて、彼女に笑みを向ける。
「ありがとう、ジュンさん。凄く嬉しいよ!」
「あ、あたしも、パートナーに選んでくれて、その…」
と、そこで予鈴が鳴る。
顔を赤くしていたジュンさんは「じゃ、じゃあ、またお昼にね!」と言って、クラスへ戻って行ってしまった。
随分と恥ずかしそうだったけど、恋人役をやってくれるのだから仕方がない。寧ろ、こうして彼女が一歩前に出て来てくれたのが嬉しい。
俺は足取り軽く、2組へと戻ろうとした。でも、そのドアのところで、ニヤニヤ笑う男子の顔が飛び出していた。
「よぉ、黒沢」
「…上郷君か」
セイジがこちらを見て、嫌らしい笑みを浮かべていた。タイミング的に、俺とジュンさんが一緒に居たのを見られたと思うが…いつもなら不機嫌になるのに、何故今日はこんなにも機嫌が良さそうなのだ?
俺は警戒しながらも、「何か用かな?」と平然を装う。
すると、彼は俺から視線を外して、1組の方を見た。
「ジュンと喋ってたみたいだけどさ、あいつに何か相談されたのか?」
うん?相談?
「ああ、まぁ、そんな所だ」
どうやら会話までは聞こえなかったみたいなので、俺は適当に受け流す。
すると、セイジは「やっぱりな」と笑みを深くした。
うん?やっぱり?
「相当ショックを受けてたろ?あいつ。俺達のグループチャットから、ジュンをブロックしてやったんだ」
「なにっ?」
得意げに喋るセイジに、俺はつい厳しい視線を向けていた。
すると彼は笑うのをやめて、すこしイラついた口調で言葉を吐く。
「当たり前だろ?あいつ最近、既読すら付けなくなったしよ。それに、この前のホテルの事があるから、ちょっと距離を取って頭を冷やす時間をやろうって親切心だよ」
時間をやるって…間違っているのはジュンさんの方だと考えているのが見え見えだ。本当にこいつ、自分は悪くないと思っているみたいだ。
だからこの処置も、ジュンさんを思ってやっている訳ではないだろう。きっと、ホテルで反抗された腹いせに、ジュンさんを悲しませるつもりなんだ。だから、こんな嫌らしい笑みを浮かべて、俺に彼女の反応を聞いている。
「上郷君、それは…」
俺は考え直すように言おうとした。
ジュンさんがハーレムメンバーとの繋がりを薄くしてくれる方が、俺としては有難い。だが、無理に突き放して悲しませてしまうのは違う。彼女を笑顔にしたいのに、それでは本末転倒だから。
でも、それを言う前にチャイムが鳴ってしまう。それを聞いて、セイジも教室に戻ってしまった。
取り合えず、授業を受けよう。終わったらすぐに、上郷と交渉だ。
いや、その前にジュンさんをフォローしに行かないと。
そう思って、1限が終わった俺は、直ぐに1組にお邪魔する。
最近では、隣クラスの俺が入室しても変な顔をされなくなった。人によっては「おう」と親し気に話しかけてくれる奴もいる。
やっぱりあれか?宿泊学習で、みんなの前で表彰されたからか?偶に期待の籠った目で見られるのは、修学旅行も宜しくってことなのか?
「あっ、虎ちゃんだ」
ジュンさんも快く出迎えてくれた。その様子からは、親友達から突き放された悲壮感は伝わってこない。
素直な彼女だから、隠しているとは思えんのだが…。
「どうしたの?虎ちゃん。もしかして、アレの話?そう言えば、服装とかってどうしたらいいんだろ?」
不安そうに首を傾げるジュンさんに、隣のエリさんが肩を竦める。
「私は一昨年、従弟ので着た奴があるから、それ使うつもりだよ。ジュンは無いの?」
「あたしも、中学生の時に着たのがあるけど…多分サイズが合わなくなってるから」
「あぁ~…これだもんね」
これと言って、エリさんは自分の胸を揉む仕草をする。途端に、ジュンさんが真っ赤になってエリさんの両手を掴む。
「もうっ、やめてエリ。虎ちゃんの前だから…」
「えぇ~?黒沢君も嬉しいんじゃないの?ねぇ?」
おいぃ!なんてキラーパスを出すんだ、この娘は。
どう答えたら正解か分からず、俺はただ頷くだけに留めた。
嬉しくないなんて、そんな大嘘は言えないから。
でも、それを見たジュンさんは顔を赤くしてしまった。
「うぅ~…恥ずかしい…」
「済まない、ジュンさん」
「ううん。それより、虎ちゃんは何かお話があったんじゃないの?」
おっと、そうだった。
「上郷君からさっき聞いたんだが、彼らのグループチャットで君をブロックしたとかって…」
「えっ?あ、そうなの?」
おや?気付いてなかったのか。
ああ、だからノーダメージだったのか。
これは、教えない方が良かったのか?と、後悔する俺だったが、ジュンさんは「あっ、ホントだぁ」と軽く呟いて、チャチャッとスマホを操作し終えると直ぐに、再び笑顔を浮かべる。
「はい。これでおっけー」
「おっけーって?ええっと…大丈夫なのかい?」
「うん。めんどくさいから、グループ退会しといた」
「えっ」
退会しちゃったの?それで大丈夫…そうだね。なんだか、とても清々しい笑顔だ。
「それよりさ、虎ちゃん。式に着て行く服、どうしよう?」
「あ、ああ。そうだな」
あっけに取られながらも、俺は無理やり頷く。
結婚式は今週末だから、時間がない。だから、彼女にとってはそっちの方が重要って事なのかな?
「もしかしたら家に、予備のドレスがあるかもしれない。もしくは…今日にでも買いに行く?」
「う~ん…虎ちゃん家行く!」
相変わらずテンションが高いままだな、ジュンさん。
もしかしてあのチャットグループは、彼女の足かせになっていたのかも。




