87話~それが、私の原点だった~
ナツ会長に参政権の使い道を再考しろと言われた俺は、早速クラスへと戻り、それをノゾミ委員長へ相談した。
でも、
「その使い道は、虎二君が決めてしまって良いと思うけど?」
「うぇっ?俺だけで決めていいのか?」
「ええ。良いと思うわ。何せ、京都旅行は虎二君が実現させてくれた様なものだもの。ねぇ?」
ノゾミさんの問いかけに、クラスの女子生徒達は大きく頷く。
メイド喫茶を熱望していた成田君達も「俺も七音さんの意見に賛成だ!」と、異論は無い様子だった。
良いのか?
「良いんじゃねぇの?大将。あんたはそれだけの事をしたんだろ?」
「バスケも旅行も、黒沢のお陰ってのがデカいからよ。お前が使うってのが一番だ」
中野君と成田君が押してくれる。
ふむ。そう言ってくれるのならば、俺にも望みはある。叶えられるかは別だが、ちょっと聞いてみるか。
クラスのみんなから持ち上げられて、ちょっと恥ずかしさを覚えるも、俺は有難く生徒会室へと戻ろうとした。
そんな俺の背中で、ボソリと声が聞こえた。
セイジだ。
「なんかそれ、おかしくねぇ?なんで黒沢ばっかなんだよ。だったら俺が使っても良いだろ?」
陰口レベルの小さな呟き。
でも俺は足を止める。反対意見は聞かねばならない。
「分かった、上郷君。やはりクラスで意見集約をしようか。君の要望は何かな?」
「あっ、いや。俺は別に…要望とかねぇよ」
うん?無いのか?
「では、何に不満を抱いているんだい?」
「それは、お前ばっか良い思いをするのがおかしいんじゃないかって話で…なんで俺じゃねぇんだよ…」
ふむ。なるほど。
つまりこいつは、俺に嫉妬しているのか。この権利が使いたいのではなく、みんなから信頼を勝ち取る俺が目障りな様子。今まで脚光を浴びていたのが自分だったから、急にスポットライトを外されて困惑しているのだ。
そりゃ、ただ不貞腐れているだけでは、どんなに強力な力があっても落ちぶれるだろうよ。
「気にしなくて良いわよ、虎二君。こいつ、ただ貴方を妬んでいるだけだから」
机に肘を着くセイジを見ていたら、ノゾミさんが割り込んできた。それに、セイジが焦った声を上げる。
「はぁ!?そんなんじゃねぇよ。つうかお前、なんでそいつの事、名前で呼んでるんだよ!?」
「私が誰をどう呼ぼうと、あんたに関係あるの?」
「いや、だって、そんな…くそっ。もう知らねぇよ!」
完全に不貞腐れてしまったセイジ。机に突っ伏して、狸寝入りを始めた。
レポートが完成していないのに、良いのか?
「さっ、行きましょ?虎二君」
そして何故か、ノゾミさんが付き添う感じになっている。
レポートは良いのかい?あっ、君のは終わったのね。セイジのは…うん。こんな態度を取るなら、もう見ないと。
そりゃそうだろうなと思って、俺はノゾミさんを連れて生徒会室へと赴いた。
「…早いな。そして、今度はノゾミ君を連れてきたのか…」
会長は何処か、呆れた様子で呟く。
違いますよ?会長。彼女は委員長として付き添っているんです。好意じゃありません。
「今度はって、どう言う意味ですか?ナツさん。もしかして、さっきはジュンが一緒だったの?」
「…私からは、何も言えん」
会長は何故か、面倒くさそうに視線を逸らす。
それを見たノゾミさんは、無言で俺の横にピタリと体を寄せてくる。
やめてくれ、ノゾミさん。余計、そういう関係に見られてしまうだろ?
「それで?話し合いの結果はどうなったのだ?」
会長が話を進めてくれる。
その切り替えの早さ、助かります。
「はい。それが、クラスの皆は俺の意見を申請するようにと言ってくれまして…」
「ふむ。妥当だな」
えぇっ?
妥当なの?
「では虎二君。君の要望を…」
「虎二君!?」
ノゾミさんが金切り声を上げる。
「なんでナツさんまで、彼に親しげなんですか!」
あー。ノゾミさん。それについては、後で説明するから。だから今は、静かにしててね?
俺は何とか彼女を宥め…凄い目で見られながらも、生徒会長に要望する。
俺が秘めていた、思いを。
「会長。私はこの権利を使用して、今は無きボランティアグループの再興を提案致します」
ボランティアグループ。それは球技大会の時、相川先輩から聞いた会長主導の委員会だ。
セイジの出現で廃れてしまったそれを復活させる事で、セイジが入学する前の彼女を取り戻して欲しいと、俺は思っていた。
その思いは、
「ボランティア…そうか。そうだったな」
彼女の心に、刺さった様子だった。
会長は目を閉じ、何度も頷きながら何かを思い出している風だった。
そして、目を開ける。
「そうだった。それが、私の原点だった。忘れていたよ、この感覚を。この熱い思いを。まるで、頭の中の霧が晴れたようだ。私の力が何の為にあるのか、思い出せた気がする」
会長は立ち上がり、俺の方へと歩んでくる。そして、手を前に差し出す。
握手か。
俺もそれに応じ…ようとしたんだけど、ノゾミさんが俺を邪魔する。まるで拗ねた犬の様に、腕を引っ張って俺が前に出られないようにしていた。
ちょっ、ノゾミさん?少し待っててな?
「ありがとう、虎二君」
「いえ。貴女の道を指し示せたのであれば、望外の喜びです」
何とかノゾミさんを押さえて、俺は会長と固く握手する。俺が思い描いた方へ、事態が好転すると期待して。
でも、会長は嬉しそうにしながらも、首を横に振った。
「だが、君の要望は実現出来ない」
「…何故です?上郷君ですか?」
やはりまだ、セイジの魅了が邪魔しているのか?
「いいや。彼は関係ない」
だが、会長はそれも否定する。悲しそうに、己の胸に手を当てる。
「何の前触れもなく、私は活動をやめてしまった。そんな私に、今更付き合ってくれる仲間など居ない。嘗ての仲間は、今はもう見る影すらない」
「それは杞憂ですよ、会長」
俺はそう言いながら、スマホを取り出す。あるグループチャットにメッセージを入れ終えて、再び会長に視線を戻す。
ニヤリと笑う。
「きっと、今日中に委員会は復活します。嘗て築いた貴女の道は、会長へと続く王道でした。だから、そうそう簡単に消えるものではありません」
「それは…まぁそうだな。私はここまで出来たのだ。やれるだけ、先ずは私1人で活動してみようか。あの頃も、そうであった…うん?」
会長が言葉を切り、眉を寄せる。
何かと思って俺も構えたが、すぐに察して構えを解く。
そうすると、外から複数の足音が聞こえてきた。それはすぐに大きくなり、次いで扉が勢いよく開かれた。
「黒沢!どう言う事だ!」
そこから現れたのは、血相を変えた相川先輩。彼に続くように、親衛の面々がゾロゾロと部屋に入って来る。今もその後ろに、続々と野郎共が集結しつつある。
先頭の先輩が、スマホ画面をこちらに見せつける。
「本当に、ボランティアグループが復活するのか!?ガセだったら承知しねぇぞ!」
その画面には、俺の送った〈ボランティアグループ復活!メンバー急募!生徒会室へ〉と言う文字が踊っていた。
俺はそれを見て、自然と頬が釣り上がる。そのまま後ろを振り返り、唖然としている会笑みを向ける。
「どうですか?会長。思ったよりも早く、仲間は集まったでしょう?」
「虎二君…だが、これは?」
戸惑う会長に、俺はただ一つ頷く。
「見えずとも、影とは常に、其処にあるもの…なんですよ」
「ああ…ああ。そうだな」
顔を伏せる会長。喜びに、肩を震わせる。
鬼の目にも涙か。
積もる話もあるだろう先輩方を残して、俺はクールにその場を去る…。
「虎二君?」
去ろうと室を出たところで、ノゾミさんに袖を引っ張られる。
振り返ると、良い笑顔のノゾミさんが。
「ナツさんとの事、お話してくれるんだよね?」
「あっ、はいぃ…」
俺は話した。
そうして、ナツ会長の周りも賑やかになり、事態が好転したように見えた。
だが家に帰ると、またひと騒動あった。
なんと、多忙の筈である父親が帰っていたのだ。玄関で長谷川さんが教えてくれた。
「坊っちゃまがお帰りになったら、お知らせする様に言われておりますが…」
「では、直接お会いしよう。今は書斎に?」
「いえ、リビングで待たれているかと」
と言う事で、俺は長谷川さんと久保さんを連れて、リビングへと急ぐ。
かなり緊張するな。兄なら今までも休日の早朝に出くわした事があったが、父親は初エンカウント。画面越しとどう違うか、そして、何故今日と言う何でもない日に帰ってきたのかが理解不能。
嫌な予感がするぞ?
そう思いながらも歩みは止めず、俺は笑顔を貼り付けてリビングへ入る。
すると、そこのは父と母の姿があった。2人とも目を合わさない位置で座っており、俺が入ると同時に両者から視線が向けられた。
「待っていたぞ、虎。直ぐに出る準備をしなさい」
急だな。身構えていたけど。
「はいっ。どちらに向かわれるのでしょうか?」
「決まっている。会合だ。支度せよ」
「はっ!40秒で支度します!」
やっぱりそっち方面か。
俺は心の中で苦虫を嚙み潰しながら、自室に戻ろうと振り返る。でもそこには、俺の一張羅を持って佇むメイドが1人。
あっ、準備してたのね。
俺は上着を脱いで、そいつに着替える。
40秒掛からなかったぞ。これには女海賊もびっくりでしょ。
「終わりました」
「うむ。では行くぞ」
特に説明もなく歩き出す父だが、俺は何も言わずに彼の後ろをついて行く。
忙しい人だからね。下手に時間を使わせると危険だ。相手が暇になったタイミングで、詳細を聞かねば。
「ふぅ…。会合と言うのは、我社と関係の深い企業が集まって行う懇親会みたいなものだ。そこで、今日はお前の事も紹介しよう」
「ありがとうございます」
車に乗ると同時に、俺が聞きたかった事を話し始める父。
有難いのだが、普通に車内でタバコを吸い始めたよ、この人。副流煙あるから、せめて電子タバコにしてくれんかね?言わんけど。
「硬くならんで良い。殆どが俺の顔見知りで、定期的に開かれる会の1つだ。将来お前とも関わりが出来るから、名前を覚えてもらう程度に考えておきなさい」
「それは…私が御社に入社出来たら、良いのですが」
「何だ?他の道へ進むつもりか?」
父の声が、一気に低くなる。
拒まれたとでも思ったか?
俺はゆっくりと首を振る。
「滅相もない。可能でしたら、兄を支えたいと考えておりました。ですが、黒沢グループは大企業。高い水準の社員を求める御社に、私の能力が適うかどうか」
「ほぉ?お前は随分と優秀だと、お前の学園の学年主任から報告が上がっているぞ」
武井先生、どんな報告をしたのよ。
「学業もそうだが、先日の旅行でも活躍したそうだな?虎よ」
また急に、父の声色が変わった。今度は、半オクターブ高くなる。雰囲気が、居酒屋にいるおっさんモードになっていた。
雑談。だが、目は怪しい光を孕んでおり、姿勢もこちらへ傾いている。雑談だけど、これが聞きたくて態々家に寄ったんじゃない?
俺は頷く。
「楽しみでしたので、準備に少々力を入れました。お父様のご好意で、予算もタップリと頂きましたから」
「上手く金を使うのも経営者に必要なスキルだ。そう言う意味では、今回の旅が良い練習になったのではないか?」
「はい。勉強させて頂きました」
俺の返答に、そうか、そうかと、父は満足そうに頷く。そして、ニヤリと笑う。
「で?どちらがお前の彼女だ?」
そう言って見せてきたのは、タブレットに写る1枚の写真。そこには俺のレポートが映っており、3人並んで写っている写真を父は指さしていた。
小さくしか写ってないから大丈夫と思ったが、まさか見つけるとは。
流石は一流の実業家だ。
「ええっと、それは…」
「ああ、言わんで良い。どちらがではなく、どちらもだろうからな」
「いや、違いますって!」
つい突っ込んでしまったが、父は意外そうな顔をするだけだった。
「ほぉ。俺の息子なら、それくらい言うかと思ったが?」
「とんでもない。不器用な俺は、1人を愛するだけで精いっぱいですよ」
「そうか?龍一は、5人居るぞ?」
「多すぎでしょ!」
ぐっ…。あまりに非常識だから、砕けた口調になってしまった。
それでも、父は楽しそうだった。
「はっはっは。1人しか愛せぬとは、また随分と奥手だな。だが」
だがと言って、父は笑みを消す。何処か、憂いた表情で呟く。
「もしそれが貫けるのなら、それは誇るべき勇気だ」
うん?それは、どう言う意味だ?
俺がそれを聞く前に、運転手の田上さんからもうすぐ到着だと声が掛かる。
「では行くぞ、虎二。送った名刺は持っているな?」
「はい。ここに」
俺は再び、伏魔殿へと足を踏み入れるのだった。
お父さん…。
何か、後ろめたいことがあるのでしょうか?




