86話~遅れやした!~
「うげぇ〜…」
「全然思い出せねぇ」
「なんで俺、パンフ家に置いてきちまったんだぁ?」
宿泊学習から次の日、2年2組の教室はため息と呻き声で埋め尽くされていた。彼らの手には、京都旅行で手に入れたパンフと、思い出の写真が詰まったスマホが握られている。
みんなが難しい顔で取り組んでいるのは、宿泊学習のレポートだ。
宿泊学習の主な目的は、生徒達の交流を深めるだけではない。京都の文化、ひいては日本文への理解を深め、教養を得ることを第一としている。
だから俺も、旅行中はパンフを探し回ったし、隙あらば写真も撮っていた。
…2人に両腕を占拠されながらも、良くやったと自分自身を褒めてやりたい気分だ。
「ほらほら、みんな無駄口叩いてないで、一人で集中してやりなさい。時間内に終わらなかったら、宿題ですよ?」
「「えぇえ〜…」」
「嫌なら、手を動かしなさい。時間は十分ありますし、空いた時間は自由時間ですよ」
先生にお尻を叩かれて、生徒達は己のタブレットに視線を戻し、レポート作りに戻る。
一昔前であれば、レポートも用紙で提出していただろう。だが今は、こうして電子で作成し、メールで送って終了だ。殆ど紙が出てこないペーパーレスとなっている。
凄い時代だ。今更だがな。
「あぁ…ダメだ。ネタがねぇ。ノゾミ、手伝ってくれ」
セイジも苦戦している様子。
彼はパンフも殆ど取得しておらず、スマホも途中で壊れたので写真ゼロなのだそうだ。勿論、メモなんかも全く取っていなかったから、今はああして頭を抱え、前の席の女の子に救いを求めていた。
でも、
「自分の力で頑張りなさい。じゃないと、何時までも文章能力が育たないわよ?」
「頼むよ。ほら、今週末デートしてやるからさ」
「結構よ。週末は忙しいの」
「ぐぅ…」
轟沈している。
ノゾミさん、随分とあっさり断ったけど、もしかして魅了の効力が薄くなってきているのか?
俺が期待して彼らを見ていると、奴の元に先生が近付いてきた。
「あら、上郷君。まだ真っ白みたいね」
「先生。俺、スマホ壊れちまってさ。データ全部無くなっちまったんだよ」
「あら、それは可哀想ね。じゃあ七音さん、手伝ってあげて」
なんと、あれだけ個人で頑張れと言っていた先生が、コロッとセイジの肩を持つ発言をし始めた。
さっき成田君が「パンフ家に置いてきたぁ〜!」って絶望していた時は「ネットで検索しなさい」って取り付く島もなかったのに。
これは、どう言う事だ?
「杉野先生!なんで私なんですか?」
「貴女は学級委員でしょ?」
先生の無茶な援護射撃に、セイジも嬉しそうに肩を揺らす。
「そうそう。それにお前は、俺の幼なじみだしなぁ」
「くっ…」
ノゾミさんは辛そうだ。自分のだけでなく、他人のレポートまで見る必要が出来てしまった。
上司から他人の仕事を押し付けられるサラリーマンみたいだ。可哀想。
俺も手伝ってやるか?と彼女達を見ていると、ノゾミさんの目がこちらを向いた。俺が見ていると分かると、途端に顔を輝かせる。
「仕方ないわね。手伝ってあげるわ!」
一転、胸を張ってやる気になる彼女。
これは…俺の手は必要ないか。彼女の気合いを損ねてしまうからな。
「おう。任せたぜ」
「あんたがやるのよ。ほら、パンフ貸すから」
…大変だな、ノゾミさん。こりゃ心労も溜まって、誰かに泣きつきたくもなるわな。
しかし、先生があんな贔屓をするとは思わなかった。今までも上郷相手だと「大丈夫?」と声をかける事はあったが、それは出来の悪い生徒への配慮だと思っていた。
でも今回のは、明らかに贔屓している。結構いい歳の先生でも、異性であればセイジの魅了は効くらしい。
これって、奴の力が強くなってる証拠なのか?でも、ノゾミさんはマトモだったし、副支配人の洋子さんも無事だった。
特定の人間にしか効かないのか?
色々と考察していると、俺のスマホが震える。見ると、ジュンさんからメッセージが来ていた。
ええっと…〈ちょっと困ってて、助けて?〉
助けてだとっ!?
俺は勢い良く立ち上がる。すると男子達がこちらを見た。
俺は構わず、先生に「ちょっと出てきます」と宣言する。
「3限目には席に座っているのよ?」
「心得ました」
俺が頷くと、成田君が目をまん丸にする。
「えっ!先生、なんでOK出すんだよ!?」
「黒沢君は、もう提出が終わっていますから」
そう。俺は既にレポートを提出しており、今は自習をしていたのだ。
「ちょっと早過ぎんだろ?なんかズルしてねぇか?」
疑って来る成田君。それを、俺は笑い飛ばす。
「ははっ、ズルはしていない。ただ、努力しただけだ」
父親用にと、事前にプレゼン資料を作っていたからね。文章はそこからコピペして、画像だけ旅行で得た物に差し替えているのだ。だから、ものの30分程度で終えていたのだ。
「出た、黒沢の努力万能説。頭の中も努力で出来てそうだぜ」
「頭だけではない。体も努力でできている」
っと、こんな所でポージングしている場合ではない。早くジュンさんの元へ行かねば。
俺は2組を飛び出して、1組へと急いだ。
「失礼します」
「うん?おお、ミスター・タイガー。レポートは終わったのかね?」
「バッチリです」
「素晴らしい。流石はタイガーだ」
たった一言で信じてくれる武井先生。
信頼値がカンストしているな。これも、旅行効果か。
「虎ちゃーん。こっち、こっち」
「ジュンさん」
入口で立ち止まっていた俺を、ジュンさんが手招きする。彼女の周りには、トワさん達が集まっており、俺をニヤニヤした笑みで出迎えてくれた。
うん?あまりピンチには見えないが…?
「大丈夫かい?ジュンさん。助けてって書いてあったんだが…?」
「あっ、ごめん。何かあった訳じゃなくて、一緒にレポート考えて欲しいなって思っただけでね?」
なんと、そうだったのか。
そう言えば、〈ちょっと困って〉って言葉が前置きされていたな。助けてって言葉だけで動いていた。
イカンな。どうも焦ってしまった。
「そうか、良かった。君が無事で」
「ん〜!ごめん、虎ちゃん」
「謝ることないさ。さっ、レポートやっちゃおうか」
空いていた席に座らせて貰い、タブレットを取り出す。
すると、目の前でまだ、俺にニヤニヤ笑みを向けている2人に気付く。
…なんですの?
「アマアマだねぇ。いやぁ、歯がくっ付くかと思ったわ」
「助けて〜で駆け付けるとか、マジもんのナイト様じゃん」
「「良いなぁ」」
何も良くはない。俺が過保護なだけだ。
「私も、ナイト君呼ぼうかな?」
「ヒデちゃんなら、もうちょっとかかると思うよ?」
エリさんがスマホを取り出したので、教えてあげる。俺が出る時にチラッと彼を見たけど、半分くらいしか埋まってなかったからね。
そう言うと、エリさんは「む〜」とへの字口になる。
「もぉ、ヒデ。遅い!あと10分で終わらせてってメールしちゃお」
「あんたもアマアマじゃん。良いなぁ、カレシ。私も欲しぃ」
トワさんがジーッとこちらを見てくるが…俺達はまだ、そういう関係じゃないぞ?それと、君はマモちゃんと良い感じじゃなかった?ダメだったの?
色々と聞きたかったが、それよりも先にジュンさんが俺の腕を捕まえる。そして、トワさんを牽制する。
「虎ちゃんはダメだよ?」
「分かってるって、ジュン。人のを取る程、落ちぶれてないから」
ぐっ…。
その言葉は、俺に効く…。
それから暫く、俺は3人のレポートを見てあげる。と言っても、見れるのは文章くらいで、写真の貼り方や色合い等はジュンさんの方が上手だった。
そうして力を合わせて作ったから、2限目が始まる頃には3人ともレポートが出来上がっていた。
「やぁっと、終わったぁ〜」
「黒沢君のお陰ね」
トワさんはそう言ってくれるが、俺はただ文章のアドバイスをしただけだ。後はジュンさんのセンスと、2人のやる気が大きい。
そう言ったのだが、エリさんは「いやいや」と手を振る。
「うちらだけだったら、もっと時間かかってたし。マジカレシ君有能で羨ましいぞ?ジュン」
「ええっと…」
なんて反応すべきか、ジュンさんが迷っている。
「そして、うちのカレシは何やってるし」
その言葉は、俺が迷ってしまう奴だ。
ヒデちゃん、急げ。早くもカップル解消の危機だぞ。
俺がこっそりヒデちゃんへメッセージを送ろうとしていると、エリさんが立ち上がる。「しゃあねぇ。うちが行ってやるか」と男らしく肩を回す。
ああ、なるほど。彼女はこういうタイプなのか。そりゃ、サポートタイプのヒデちゃんとは相性良いだろうな。
「遅れやした!」
そうこうしていると、そのヒデちゃんがやってくる。エリさんは「遅い!」と口では怒っているが、喜びを隠しきれていない。
こりゃ、カップル解消の線は無さそうだな。
「すいやせん!あと、虎二さんにお客さんが来てましたよ?」
「なに?俺に?一体、誰なんだ?」
「生徒会の二条さんって名乗ってました」
生徒会?そんな所が、俺に何の用だ?
「よく来たな、虎二君。それにジュン。お前も来たか」
生徒会室に入ると、そこには書類のタワーに挟まれた会長がおり、俺達を見て小さく笑った。
それに、俺は肩を竦める。
「生徒会に呼び出されるなど、只事には思えませんでしたから。私が彼女に無理を言って、付いてきて貰ったんです」
「もうっ、虎ちゃん。またあたしを庇って。あたしが付いて行きたいって、ワガママ言っただけじゃん」
庇った訳じゃないんだがなぁ。
ジュンさんの抗議に困っていると、会長が「ははっ」と短い笑い声を上げた。
「その様子を見るに、お前のプレゼントは大成功だったみたいだな?虎二君」
「虎ちゃん。プレゼントってなぁに?」
京都旅行の事だよ。
俺がこっそりと教えると、ジュンさんは顔を綻ばせる。
「もうバッチリだよ!ナツさん。あたし、最高のプレゼント貰っちゃった」
「ふふっ。お前のそんな顔、久しぶりに見たぞ。本当に、幸せそうだな」
会長はとても優しい表情で、ジュンさんを見る。
もしかしたら会長にとって、ジュンさんは妹の様な存在だったのかもしれない。
そんな推測をしていると、会長は笑みを消す。真剣な顔で、俺を見る。
「その成功の立役者は、誰でもないお前だ、虎二君」
「いえ、私など…」
「謙遜は良い。少なくとも、今回の件に関して、生徒会は全くと言っていい程関与していない。故に、君達にはまだ、球技大会の賞品が残っている状態だ」
ええっ!?
「京都案を通してくれたってのが、直接参政権の効果なのでは?」
「その程度、権利を使わずとも通るものだ。自ら予算を勝ち取り、プランまで自力で立ててしまったのだからな。文字通り我々は、外から見守っていただけ。そんなもの、球技大会優勝の意味がない」
なんとクソ真面目な性格をしているんだ、会長は。
別にもう、俺達が使った気になっているんだからそれで良いと思うが…。
生徒会のプライドが許さないのだろうか?生徒会長として、きっちり役割を完うしようとしている?
「分かりました、会長。ではクラスに持ち帰り、再び議論して参ります」
「うむ。宜しく頼むぞ」
良い笑顔の会長に見送られ、俺達は生徒会室を出る。
考え直しか。また、メイド喫茶案で揉めるのかな?
「なんか変わったね、ナツさん」
「うん?そうか?」
「うん。凄く変わってた」
ジュンさんの方を向くと、彼女は閉じた生徒会室のドアを見詰めていた。
「なんだか憑き物が落ちた感じ?ってか、虎ちゃんに対しても優しかったしさ」
「それは、以前話したカポエイラダンスが良かったのかもしれんよ」
あの時から、会長は俺を認めてくれた感じがしていた。
拳で語り合えたのかな?交えたのは足だけど。
あの時の事を思い出していると、ジュンさんが「むぅ〜」と唸った。
「もうっ、虎ちゃんは簡単に、女の子と仲良くなっちゃうんだから」
「いや、いやいや。違うんだって、ジュンさん」
あれは色恋の駆け引きじゃないんだ。
俺が慌てると、途端にジュンさんのふくれっ面が崩れる。「うそ、うそ」と笑ってくれる。
冗談だったのか。
「でも、ナツさんはなんか、悲しそうな顔してたね」
「ああ、それは俺も気になった」
特に、ジュンさんを見ている目がそうだった。
やはり会長も、今の自分が置かれている状況に不満があるのだろうか。
ならば、やはり…。




