85話~前に来い!黒沢!~
「よぉし、お前ら!最後だからビシッと並べぇ!」
漸く学園に着いたと思ったら、雨田先生から号令が掛かる。最後の〆と言う事だろうか?大事な事だ。
早く帰りたい気持ちを抑えて、生徒達が昇降口の前で並ぶ。それを見下ろすように、先生が昇降口の最上段で腕組みをした。
「色々と異例の宿泊学習だったが、それなりに実りの多い旅であったと俺は思う。お前らはどうだ?」
「最高だったぜ!」
「来年も行きたいわ!」
「修学旅行も京都にしようぜ!」
意見を求められた途端、至る所から元気な反応があった。そのどれもが、色よい物。
うん。生徒達の顔も輝いている。殆どの人が、この旅に満足してくれた様子。
それを受けた先生も嬉しそうに頷く。
「お前らが楽しんだのは十分に伝わった。だが、そうやって楽しんでもらう為にも頑張った者達が居る。学級委員、全員前に出てこい」
先生に促され、ノゾミさん達学級委員が先生の前に並ぶ。そして、クルリとこちらを向いた。
「皆が楽しめるようにと、何日も前から準備して、当日は皆を良く纏めてくれた。お陰で、素晴らしいイベントにすることが出来た。ありがとう!」
「「おおぉお!」」
先生が拍手すると、生徒達からも大きな拍手が送られる。それを受けて、委員のみんなも顔をほころばせる。薄っすらと涙する娘もいて、みんなで肩を抱き合っている。
そうだろうな。彼ら彼女らは、みんなが楽しんでいる中でも率先して、先生のサポートを行っていた。それが役割ではあるけれど、無償でそんなことが出来る人はそうそう居ないし、こうして報われるべきだ。
「よしっ。戻っていいぞ、学級委員。今日はゆっくり休んでくれ」
学級委員が戻ると、先生は「では次に」と、再び声を上げる。
そして、みんなを見回した。
「この企画を陰ながら支えてくれた者を表彰したい。膨大な予算を理事会から引っ張り出し、この企画を文字通り1から作り上げてくれた奴だ。そいつのお陰で、今回俺達はこの素晴らしい旅行を満喫することが出来た!」
「えっ!だれ?」
「この企画作ったのって、先生じゃないの?」
「理事会から引っ張るって、そんなの生徒が出来る訳な…あっ、いや」
「もしかして?」
誰の事かと周囲を見回していた生徒達が、徐々にこちらへと視線を寄せ始める。俺の名前を呟く生徒が増えていき、先生方も俺へと視線を合わせた。
「前に来い!黒沢!」
ああ…。こんな所で俺の名前を出すのか。
出るべきか一瞬迷ったが、雨田先生の強い視線に屈して従う事にする。途中でジュンさんに視線を送ると、彼女は明るい笑顔で手を振っていた。
…その感じ、行ってらっしゃいってことだよね?君は舞台に上がりたくないの?
俺は肩を落として、みんなの間を通り抜ける。
そんな俺に、みんなは拍手を送ってくれた。まだ先生が合図していないのに、「よくやった」とか「ありがとう!」と言う声を投げかけてくれる。
俺は背筋を伸ばした。
折角押してくれるみんなの声援を、しっかりと受け止める為に。
「本当に、よくやってくれたぞ!黒沢」
「さっすが大将だぜ!」
「黒沢君!ありがとー!」
「カッコイイ!」
「次の企画も頼んだぞ!黒沢!」
生徒達から幾つもの賛辞を貰い、俺は自然と笑みを浮かべていた。
だがな、中野。お前の声は聞こえてるぞ。また俺に企画立案をさせようとしてるんじゃない!次はお前らにも手伝ってもらうぞ?
「ありがとな、黒沢」
【|おめでとう《Congratulations》!】
先生達も拍手を送ってくれる。そして、そのまま「もういいぞ」と言うように、俺の背中を軽く押す。
それに、俺は抵抗した。その場から一歩も動かなかった。
「うん?どうした?」
それには、雨田先生も少し驚く。今まで従順だった俺がどうしたのかと、肩眉を上げて横目で見る。
それに、俺は頬を吊り上げた笑みを向ける。そして、生徒達に向けて一歩前へ出て、両手を広げる。
「皆さん!宿泊学習お疲れ様でした。小さな課題はあったと思いますが、概ね順当な旅になったと思います!」
「最高だったぜ!」
「次は海外行こうよ!」
「修学旅行が楽しみだわ!」
うむ。それは俺も楽しみだ。でも、海外に行くならまた、俺が一肌脱ぐ必要がありそうだけど。
「ありがとうございます!この成功の裏には、多くの人のご協力がありました。私は、その中の1人に過ぎません。まだまだ、称賛を受けるべき人が居るのです」
俺はそう言って、ジュンさんを見る。彼女は両手をブンブン振って、「あたしは良いから」と全力否定していた。
うん。大丈夫だよ。嫌がる君を、ここに上げるつもりはない。
次いで俺は、ノゾミさんを見る。
彼女は俺が視線を向けると同時に、「そっちに行こうか?」と言うように腰を上げそうになる。
大丈夫だよ、ノゾミさん。それには及ばないから。
そして俺は、後ろを振り向く。そこに居る人達に、手を差し出す。
「そして、是非この場で表彰して頂きたいのは、他ならぬ先生達だ!」
「おっ、おい、黒沢」
「タイガー。私達は結構だ」
武井先生はそう言うが、俺はそれを無視する。生徒達に向って、言葉をけしかける。
「先生達は俺達の為に、殆ど寝ないで対応してくれた。トラブルが起きないようにと部屋の見回りやふろ場の番をしてくれたし、困っている生徒が居ないかと自由行動時間の間も見守ってくれた。俺達が旅行を満喫している間も、先生方は気を張って俺達をサポートしてくださっていた。そんな献身的な先生方が居たからこそ、京都の旅は大成功を収めた!」
「「おおぉ!」」
みんなの目から鱗が落ちる。やかましいと思っていた先生への見方が変わる。「先生ありがとう!」「俺達の為に…」と、その苦労に気付いて声を漏らす生徒もいた。
俺は大きく頷き、再び後ろを振り返る。先生達に向けて、手を大きく広げる。
「皆さん!拍手を!我々の為にと尽力してくださった先生方に、今一度盛大な拍手を願います!」
「「「わぁああああ!!!」」」
「「ありがとう!」」
「先生、サンキュー!」
生徒達からの溢れんばかりの感謝の感情に、先生方は目を細める。普段日の光りを浴びることが少ない故に、とても眩しそうにしている。中には、慌ててハンカチを取り出している先生もいらっしゃるくらいだ。
良かった。
これで漸く、全てのキャストが舞台挨拶を終えた。
これで漸く、幕を下ろせる。
「こりゃ、来年の生徒会長は決まりましたな、雨田先生」
「凄い年になりそうですね、武井先生」
おーい。そこのお2人。何か、不吉なお話されていません?
〈◆〉
「って事があってね。先生達も大号泣してたんだよ」
「そう。よく見ているわねぇ、虎二君。先生達は生徒に、そう言う姿を見せまいとしているでしょうに。きっと、彼も裏で駆け回ったから、苦労した人の事も分かったんでしょうね」
その日の夜。夕飯を食べながら今回の宿泊学習の話をすると、ママは積極的に話を聞いてくれた。
特に、虎ちゃんの話は食い入る様に聞いてきた。
「そうだね。虎ちゃん、凄い頑張って準備してくれたもん。当日の朝も、バスの運転手さんとか、ツアープランナーさんと打ち合わせしてたし」
「そう。それは一体、誰の為に頑張ったんでしょうね?」
ママが意味深な目を向けて来るけど…分かってるよ。虎ちゃんはあたしが行きたいって言ったから頑張ってくれたんだ。今日の帰りだって、あたしを家まで送ってくれる最中に「京都はどうだった?」って聞いてきてたから。あたしが「最高だった」って答えたら、凄く嬉しそうな顔をして可愛かった。
あたしの為だって、口に出さなくても分かるよ。彼に愛されているってのはさ。
…当然の様に、あたしを車で送ってくれるし。
「あらあら?ジュン。顔が赤いわよ?」
「なっ、何でもないよ」
「そう?彼と何かあったんじゃない?」
そう言われて、あたしは言うべきか戸惑った。でも、もうママは聞く体勢になってる。これを逃れる道はない。
あたしは観念して、昨晩の事を話した。
上郷君が待ち伏せしてた話には「とうとう本性を表したわね…」って、凄く怖い顔になったけど、虎ちゃんが颯爽と現れた下りになると「あらやだ、イケメン」と頬を染めていた。
…ママ、本当に虎ちゃん狙ってないよね?
「それで、それで?その後どうなったの?虎二君が上郷をやっつけたの?」
「もうっ、ママ。そんな楽しそうに言わないでよ。もうちょっとで虎ちゃん、本当に上郷君を殴っちゃう所だったんだから」
「やっちゃえば良いのよ、そんな奴。あたしだったら殺ってるわ。虎二君、グッジョブ」
もう、ママ。そんなノリだから、虎ちゃんに平手打ちしかけて、後で平謝りしてたんじゃん。
「そのすぐ後にホテルの人が来て、上郷君は先生に一晩中怒られてね」
「それで?虎二君はあんたを颯爽と救い出しといて、はいサヨナラ…なんて置いて行くような事、しないわよね?」
「うっ…」
流石はママ。鋭い。
「ええっと、その後は…その…ホテルの人が特別に、屋上のテラスを使わせてくれて。そこで虎ちゃんと一緒に星を見て…」
「そして…ついにやったのね!そこで、虎二君と…」
「もうっ、ママ!何を想像してるの!虎ちゃんとは何も…」
何も無いと言おうとしたけれど、とても言えなかった。とても、そんな風に隠せるレベルの出来事じゃなかったから。
ママはそんなあたしを、見抜いていた。
「なになに?ジュン。そんな顔して、何もない訳無いわよね?虎二君とブチュッとやったんでしょ?」
「ちっ、違うって!そうじゃなくて…その、虎ちゃんがあたしのことを守りたいって言ってくれて。それで、あたしのことを好きだって、言ってくれて…」
「まぁあ、まぁあ!言ったのね?とうとう言われたのね?!おめでとう!ママも嬉しいわ!」
…えっ?
「とうとうって…どういうこと?ママ」
まるで、前から虎ちゃんがあたしのことを好きだって知っているみたいな言い方だ。
そう思って聞いてみたら、ママは口を押えて「うふふ」ってちょっとムカつく笑みを浮かべる。
「そりゃ、虎二君があんたに気があるのは、前から聞いていたから。ジュンさんに振り向いて貰えるように、努力しますって、格好良かったわよ」
「えぇー!いつ?何時の話?」
「あたしが初めて彼に会った時だから…」
それって、ゴールデンウイークじゃん。2か月も前の話じゃん!
「なんで教えてくれなかったのぉ!」
「そう言うのはね、自分で気付くものよ?」
「あたしが鈍いの、ママ知ってるじゃん!」
「なら、余計に頑張らないとね。彼と付き合えたからって、それでゴールって事じゃないんだから。ちゃんと彼の気持ちを汲み取ってあげないと、横から泥棒猫が掻っ攫って…」
「あ、あの、ママ。まだお付き合いとかはしてないよ?」
気分上々でアドバイスしていたママは、あたしの声を聞いた途端、錆び付いたオモチャみたいな動きで顔を向けて来た。
「…はぁ?なんで?お互いが好きだって言って、付き合う流れじゃないの?」
「えっと、あたしはまだ、その、好きとは…」
「ばか、ばか、ばか!」
お母さんは絶叫して、机の上に置いてたあたしのスマホを掴む。それを、あたしに押し付ける。
「今言いなさい。直ぐ言いなさい!ママ、外に出てるから、存分に愛を語りなさい!」
「待って、ママ!違うの。そうじゃなくて…ほら、見て?」
あたしはスマホを受け取り、写真を開いて画面を見せつける。
それは、昨日の自由行動時間で撮った3人の写真。
「ノゾミも虎ちゃんの事が好きで、虎ちゃんもノゾミの事が好きなんだよ。だから、あたしはノゾミに勝たないと、虎ちゃんとは付き合えなくて…」
「そうかしら?この写真も、彼はあんたの方に体を寄せている風に見えるけど?」
「そりゃママは、あたしの味方だからそう見えるんだよ」
実際に、虎ちゃんはノゾミの事も守ろうとしているし、甘えて来るノゾミを突き放せないでいた。だからきっと、まだノゾミに未練があるんだ。
「だからあたし、頑張って彼に振り向いて貰わないといけないんだ」
「そんなの、本人に直接聞いたらいいのに。あたしとノゾミちゃんのどっちが好きなの?って」
それでノゾミって言われたら、どうするのよママ。
「まぁ、良いわ。じゃあ早速、動き出さないとね。先ずは…そう、お弁当を作ってあげましょう」
「もうやってるよ」
「えっ?じゃ、じゃあデートに誘って…」
「この前、映画見に行ったよ?アクセサリーショップでね、プレゼントも貰ったんだ」
あたしが得意げにそう言うと、ママは暫くの間口をパクパクした。
そして、
「いや、もうそれ、付き合ってんでしょ?」
「だから、付き合ってないって」
もう、ママったら。




