84話〜き、来ちゃった〜
「では、大変お世話になったホテルの方々に感謝を伝えるぞ。全員、起立!礼!」
「「「ありがとう、ございました!!」」」
翌日。早朝。
我々はエントランスの前で整列し、雨田先生の指揮下の元、ホテルの玄関前に並んだホテルの従業員の皆さんにお辞儀をする。すると、彼女達も笑顔を浮かべて、こちらに深々と頭を下げる。その中心に立つ着物姿の女性が、たおやかに頭を下げる。
「四葉学園の皆さん。大変楽しいお時間を共にさせて頂き、スタッフ一同心より感謝いたします。また皆様とご一緒できる日を楽しみにしております。その時は是非、当館にお越しくださいませ」
うむ。流石は洋子さんだ。ここでもしっかりと、リピーター客確保の念を忘れていない。きっと、この宿の経営にも一枚噛んでいるんだろうな。
「それと、今回のツアーを作り上げてくれた尾崎さんにも…礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
最後までついて来てくれた彼女にも頭を下げる。
サプライズな演出だったのか、尾崎さんは慌てながら「またのご依頼を待っています」と何度もお辞儀を返す。そして、ウルウルした瞳をみんなに向けた。
うむ。良かった。彼女の努力に少しでも、返礼することが出来て。
「では、順番にバスへ乗り込むぞ。先ずは10組からだ。割り込んだ奴は駅まで走ってもらう!」
「「「えぇええ~」」」
雨田先生の強権に、男子生徒から絶望的な叫び声が上がる。
冗談だと思うがね、雨田先生ならやりかねない。
俺は、一向に構わんのだが?
「なっ、なぁ、黒沢、君」
徐々に動き出す生徒達の波を眺めていると、俺に近付く大きな影。
セイジだった。
昨日のアレ以来だった俺は、ふと殺意が体の中を巡り、つい拳を握ってしまう。
だが、奴の表情が暗く、心もとなく視線を彷徨わせている様子から、細めていた目を少しだけ緩める。
「何か用か?」
奴が何をするつもりか警戒しながら、俺は問う。すると、奴は頭の後ろに手を当てて、僅かに頭を前後に動かした。
これは…。
「いや、その…。昨日の夜、色々と騒がしくしちまったろ?俺もその、色々と大変で、ちょっと取り乱しちまっただけだったんだけどよ…その、悪かったなぁ~とか、思ってよ…」
…もしかして、謝っているのか?
俺は少しだけ、構えを下げる。
「俺に謝る必要はない。謝るべきは、別の人だろう?」
「ジュンの事か?あいつには今、謝って来たとこだよ」
おっ。そうなのか?
俺はジュンさんの方を見る。すると、彼女もこちらを見ていて、可愛らしい笑顔と共に手を振って来た。
俺の目の前にセイジが居てもあの反応…彼の言っていることは本当みたいだな。
「ふむ。それで?彼女は君を許してくれたのかな?」
「それが…お前にも謝って、そこで許してもらえたなら許すって言っててよぉ…」
ふぅと、小さく息を吐き出すセイジ。
ああ、それで、俺の方にも謝りに来た訳だ。
自発的に来たのなら、かなりの好印象を持てたんだが…まぁ、ジュンさんに謝ろうとしただけマシか。
「そうか。なら俺も、二度とあのような暴挙に出ないと誓えるのなら、昨晩の事は胸の内に秘めることにしよう」
「暴挙って…お前がしようとしてたことの方が暴挙じゃないか?」
「殴ろうとした事か?確かにそうだな」
彼女を傷つけたこいつを、俺は本気で殺そうとしていた。きっとジュンさんが止めてくれなかったら、俺の拳は鮮血に濡れていた。
俺はセイジに向って、頭を下げる。
「暴力で解決しようとしたのは浅はかであった。謝罪しよう。済まなかった」
そして、ただこれだけで済んだことをジュンさんに感謝したい。ジュンさんが止めてくれた時は一瞬、セイジが殴られるのを止めたいが為に上げた声かとも考えたが、今となれば、俺を守る為の事だったと分かる。
「ああ、まぁ、分かったよ。俺も、まぁ、色々と気を付けるわ」
俺が頭を上げると、セイジはブツブツと呟いて「じゃあな」と言って戻っていった。
どうもハッキリとしない謝罪であったが…漠然とでも自分が悪いと思っていることは大きな進歩だ。
これはもしかしたら…彼を更生させることも出来るのではないだろうか?改心すれば、もしかしたら魅了の力を操れるようになるかもしれない。
「やっぱタヌキやね」
セイジの背中を見送っていると、いつの間にか俺の後ろに洋子さんが立っていた。
狸って、セイジの目の下に大きなクマがあったのを言っているんです?
「気ぃ付けた方がええよ。あの目、なんも分かっとらん人間の目やったわ」
洋子さんが吐き捨てる。
自分の罪を理解していないと?確かに、言葉の端端からはそう感じるが…でも、ほら、行動を起こしたのは大きい。
そう考える俺は甘いのか?と思うと同時に、今更ながら洋子さんの異様さに気付く。
「その狸を見ても、九重さんは何とも思いませんか?例えば、彼が魅力的だとか…」
「あないな始末の悪い子供、魅力の欠片も感じひんわ」
うわっ。辛烈。
でもやはり、洋子さんにセイジの魅了は効いていない様子。
何故だろう?
「あんな子供より、あんさんの方がよっぽど魅力的やわ」
「えっ!?」
突然の告白に、俺はドキリッとしてしまった。
それを、口元を隠しながら洋子さんは笑う。
「ええなぁ。やっぱあんさんは、蔵之介さんに良う似とります」
「蔵之介、さん?」
「ええ」
少し恥ずかしそうに微笑む彼女。よく見ると、口元を隠すその左手の薬指には、銀色の指輪が。
「うちの、旦那様どす」
あっ、既婚者だったのね。
俺は安堵した。
「よっしゃ!ババ引いたぜ!」
帰りの新幹線で、成田君の元気な声が前席から聞こえる。行きもそれなりに元気だった彼らだが、帰りはよりうるさくなっていた。
というのも、
「ちょっと、成田君。なんでババ抜きなのに、ババ引いて喜んでるのよ?」
「そりゃ勿論、俺が君達にババを感染させていくからだ」
「うわぁ。成田君、変態だ」
「成田君のエロ助」
「ぐへへ。さぁ、カードを引きやがれぇ~」
彼らの中には、女子生徒の姿があった。シートをクルリと向かい合わせにして、6人で楽しくトランプに興じる成田君達。女子も一緒だから、彼らのテンションは3倍だ。顔も若干赤くなっている。
「騒がしくなりやしたねぇ」
俺の隣で、ヒデちゃんがシミジミと呟く。
俺は頷く。
「良い事だ。こうしてクラス仲を良くする事も、この旅の目的だったから」
「仲良過ぎっすよ。噂では、何組かカップルが成立したって話も聞きますよ?」
「えっ?あいつらの中に、カップルが?」
「違うっす。他クラスの話っす」
ああ、他の人達ね。
俺はちょっと残念にも思ったが、目の前で騒ぐ成田君達を見ていると、それは遠い話しではないだろうと感じた。
「あっ。ちょっと、トイレ言ってくるっす〜」
「うん?」
ヒデちゃんがコソコソと立ち上がるので、俺はつい彼を目で追った。すると、彼はポケットに何かを滑り込ませる。
大きさ的に、スマホだな。
ふむ。この態度、あの時と一緒だな。
「ああ、ゆっくり行ってきな」
俺はニヤリと笑い、ヒデちゃんを送り出す。
お前も十分、青春しているじゃないか。
この旅の成功を感じながら、俺は成田君達の声を聞いていた。
でも、思ったよりも早くヒデちゃんが帰ってきた。ストンっと隣に座って、肘掛に置いていた俺の手に自分の手を重ねたのだった。
ほもぉ!?
心臓が飛び出しそうになったが、重ねられた手のひらから感じる感触は、とても柔らかく暖かいぬくもり。
この感じは。
「き、来ちゃった」
「ジュンさんっ」
恥ずかしそうに微笑む、ジュンさんが座っていた。
ああ、そうか。ヒデちゃんとシートチェンジしたんだな。ナイスだぞ、ヒデちゃん。それにエリさん達も。
「よく来てくれたね。さぁほら、窓側に来るかい?」
「ううん。大丈夫。その…景色とか、見てるヒマないし」
そう言って、ジッと俺を見詰めるジュンさん。
それって、俺を見るのに忙しいってこと?いや、その考えはちょっと、お花畑が過ぎるか。
でも、こうして来てくれたのは嬉しい。昨日、俺の告白を聞いてもこうして距離を取らない所を見るに、ある程度俺に好意を持ってくれていると思える。
好意が無ければ、こうも親しく接してくれんだろう。
「昨日はありがとう、虎ちゃん。来てくれて、本当に嬉しかったよ」
「ああ。でも、出来るならもっと早く駆け付けたかった」
分かっていれば、俺がセイジより先に彼女と接触し、あいつを近付けさせたりしなかった。出来る事なら、時間を巻き戻して昨日の夕方に戻りたいくらいだ。
俺が昨日の事を悔いていると、ジュンさんは「大丈夫だよ」と左腕を見せてくる。
「ほら、もう跡も残ってないでしょ?あの時はヒリヒリしたけど、今は痛くもないし」
「だが、君の心に傷を負わせてしまった」
太陽の様にキラキラ笑顔を向けてくれるジュンさんに、俺は首を振る。
昨晩はあんなに泣いていたんだ。それだけの恐怖を感じさせてしまったのは明白。それだけ、心も傷ついている筈。
だから、
「だから俺は、君の為に全力を尽くしたいと思っている。少しでも、君の心を癒したいと思っている」
「それって、何でもしてくれるってこと?」
ちょっと戯けて聞いてくる彼女。
でも俺は、真っ直ぐ真面目に返す。
「ああ、何でもしよう。それが今不可能な事なら、何時か出来るように尽力する」
俺が決意を持って頷くと、ジュンさんも真面目な顔になって「じゃぁ…」と上目遣いで呟く。
「キス…して欲しい」
「ブフッ!」
予想だにしない要求に、俺は吹き出してしまった。
それを見て、ジュンさんがクスクス笑う。
「うそ、うそ。冗談だよ?虎ちゃん。ちょっと焦り過ぎだって。顔、真っ赤だよ?」
「そりゃそうだ。俺は…君を好いているのだからな」
言ってしまって、余計に顔が熱くなるのを感じる。
でもそんな俺より、ジュンさんの方が顔を赤くさせる。その顔を見せまいと、下を向いてしまった。
「もうっ。虎ちゃんはズルいよ」
「ええっ?ズルい?」
何がズルいのだ?俺は本心を伝えているのだが?
俺が必死に彼女を理解しようとしていると、ジュンさんが再び顔を上げる。顔はまだ赤いままだが、吸い込まれそうな程に澄んだ瞳をしていた。
「でも、嬉しい。すっごく嬉しい。昨日の嫌な事、全部忘れちゃうくらい」
「ジュンさん…」
だから、大丈夫だと言ったのか。辛い事を無かったことには出来ないが、良い思い出で塗り潰すことは出来る。
俺の拙いこの言葉が、その一助と成れたというのなら、これ程に嬉しい事はない。
幾らでも、伝えよう。
「好きだよ、ジュンさん。愛しモゴゴ…」
そう思って伝えようとしたら、ジュンさんに口を塞がれてしまった。
解せぬ。
「もうっ、ダメだよ、虎ちゃん。そんな、直球ばかり投げないでよ」
耳まで真っ赤になったジュンさん。
恥ずかし過ぎたか?昨日みたいに失神しては大変だ。ストレート狙いも、程ほどにしないとな。
「ねぇ、それよりさ。今朝、上郷君に頭下げてたよね?何を謝ってたの?」
堪らなくなったのか、ジュンさんが顔を仰ぎながら話題を変えて来た。
セイジの名前を口に出せるくらい、心が回復している様子。
本当に良かった。
安堵しながら、俺は今朝の出来事を簡単に話した。すると…。
「虎ちゃんが謝ることじゃないよ。あたしの為にやってくれたことでしょ?」
「ああ。だが、危険な行為だ。君が止めてくれなかったら俺は、確実に奴を殺っていただろうから」
「だ、ダメだよ虎ちゃん。そんなことで、手を汚さないでよ」
うん。やはりジュンさんは、俺の為に止めてくれたみたいだ。
「ああ、そうだね。お陰で俺も助かったし、彼も過ちを認める機会を得た」
セイジが心を入れ替えたのは、もしかしたら寸止めパンチの影響かも知れないからね。
そう思って笑みを浮かべた俺に、ジュンさんは「えっとぉ…」と言葉を濁す。
「多分あれ、認めてないよ。あたしに謝りに来たのも、先生に言われたからだろうし」
「…なに?」
なんでも、昨日の出来事は洋子さんから先生達に報告があったそうだ。それを聞いた先生達は昨晩、セイジを一晩中説教していたそうだ。
そして、本人にしっかりと謝罪をしないと、バスに乗せないと警告したらしい。駅まで走って来いと言われて、慌てて謝って来たのだとか。
「なんと…そうであったか…」
ため息を吐き出したいくらい、気持ちが落ち込んだ。小さくも確かな光を見たと思ったが、やはり奴は上郷清治であった。
「おーい!大将、ヒデ。お前らもババ抜き参戦しろ…よ…?」
落ち込んでいると、前の席から成田君がこちらに身を乗り出して、カードの束を渡そうとしてきた。
でも、そこに居るのがヒデちゃんではなく、ジュンさんである事に目を開いて驚く。そして、俺がジュンさんと手を繋いでいるのを見て、口をあんぐり開いて固まってしまった。
「おっ、おまっ、お前ら、そんな仲…」
ああ、バレてしまったか。
俺は更に残念に思う。
これで、ジュンさんとの甘い時間はおしまいだ。ジュンさんは恥ずかしがって、自分の席へ帰ってしまうだろう。
そう思って彼女に視線を送ると、彼女は恥ずかしそうにしながらも、俺から手を離そうとしなかった。
口元に人差し指を当てて、シーッとジェスチャーする。
「秘密にしてくれる?」
「はっ、はい!」
成田君は顔を赤く染めて、勢い良く頭を引っ込めた。
なんと、強い対応だろうか。
俺が驚いて彼女を見詰めていると、ジュンさんもこちらを見る。ふふっと、小さく笑う。
「ね?言ったでしょ。あたし、頑張るってさ」
「あ、ああ」
確かに言った。けれど…。
その頑張りは一体、何に向かっているんだい?
無事に宿泊学習篇はEND…でしょうか?
「もうちっとだけ、続くんじゃ」




