80話〜1発で決めるぞ!〜
セイジを何とか回避した我々が赴いたのは、地主神社という何処にでも有りそうな名前の神社であった。
だから、最初聞いた時は「はて?何故にその様なチェーン店で〆ようとしてるの?」と、考えてしまった。
だが実際に来てみると、理解出来た。
「来たわね」
「とうとう来ちゃったね」
感慨深く呟く2人の視線の先には、ヤケに赤色が多い神社が聳え立っている。地味な名前とは裏腹に、綺麗な外装と幾つも並ぶピンクの旗。
そしてその旗や提灯には、同じような言葉が書き記されていた。
〈縁結びの神様〉
〈恋愛成就〉
〈恋占いおみくじ〉
ああ、そういう事か。道理で、女子生徒達がこぞってここに来たがる訳だ。
それはきっと、エリさん達も同じ。そして、目の前の2人も。
一体、誰との縁を願いに来たんだい?ジュンさん。
俺は少々焦る気持ちを感じながらも、彼女達の後ろをついて行く。
おみくじを引いて、大吉を喜ぶノゾミさんに拍手し、末吉を引いて悔しがるジュンさんを慰める。
もう1回引くかい?
えっ?やらなくて良い?まだ占う機会がいっぱいあるの?
そりゃ、これだけ恋愛関連のお店があるものね。1回2回悪い結果が出たとしても、次で取り返せるか。
「虎二君は引かないの?恋占い」
「うん?俺もか?」
恋愛まで運に任せるのはどうかと、俺は思った。
「俺は…良いかな?清水寺で引いた奴で、大吉が出ているから」
「えぇ~。引かないの?虎ちゃんの恋愛運、見たかったなぁ」
ぐっ。ジュンさんが見たがっているぞ。
「では、1つだけ」
「ふふっ。素直な虎ちゃん、可愛い」
可愛かった、のか?
まぁ、喜んでくれているならば良いか。
ニマニマ笑顔のジュンさんと、何故か不機嫌そうなノゾミさんに見られながら、俺はハートが付いた可愛らしいおみくじを引く。幾重に畳まれた紙を開いてみると…。
普通のおみくじに見えて、中身も違うな。金運とか健康運とかが薄く短い文なのに、恋愛運と縁談の部分がやけに濃い字で、しかも多くの文量で書かれている。
恋愛特化のおみくじ。その内容は…。
〈第102番、運勢、吉〉
〈恋愛運…多くの困難を乗り越え、叶う。数多の衝動が貴方を試すも、周囲がそれを助けてくれるだろう。友を大切にすること〉
〈縁談…思わぬところから話が飛び出る。身近な人が運気を大きくかき乱す恐れあり。広く開放された場所が吉。夕焼け空の元、悪縁を断ち切るべし〉
「……」
何だろうな。結果的には良いのかもしれないが、かなりの困難が待ち構えていそうな、ちょっと不吉な感じだ。望む恋ではないとか、近くの人がかき乱すとか、悪運を断ち切るとか…本当に、2番目に良い運勢なのかと疑わしくなるレベルだ。
末吉の〈末〉が消えているんじゃないか?
「どうだった?虎ちゃん」
「へぇ~。吉だったのね。良い運勢なんじゃない?」
俺が〈吉〉の字を見詰めていると、2人が両側から覗き込んで来た。
自分の恋愛だけでなく、人の恋愛も気になるのかい?ああ、でも女性って、恋愛話が好きな人も多いから、俺みたいな奴の恋愛事情でも興味があるのか。
俺は2人が見やすいように、紙を広げる。
「良い運勢…の筈なんだがね。なかなかに辛辣なことも書かれているよ」
「あたしなんて、もっと厳しい事書かれてたよ?頑張らないと実らない…みたいな事とか」
「私は良かったわよ?このまま頑張りなさいって、神様から褒められちゃった」
「そりゃそうだよ。だって、大吉だもん」
「それも、私の運よ?」
確かにそうだが…このままと言うのは、セイジの魅了に惑わされていろ…という事なのだろうか?神様は、ノゾミさんを見捨てるつもりなのか…。
「どうしたの?虎二君」
ノゾミさんが、ニコッと俺に笑顔を返して来た。
おっと。
「済まない。幸運な君をつい、見詰めてしまった」
「謝らなくて良いわ。幾らでも見て。貴方に私の幸運、分けてあげるから」
そう言って、俺へと両手を広げるノゾミさん。
なんと、彼女にとっても大事な恋愛の運気を分けてくれようとするとは、なんと献身的な娘であろうか。
「ありがとう、ノゾミさん。そう言う君の優しさが、きっと大吉を呼んだんだろうね」
「えっ?あっ、ありがと…」
途端に、顔を赤くして俯いてしまうノゾミさん。
あら?恥ずかしがっている?ちょっと言い回しがキザだったのだろうか?
「さっ、さぁ!次に行きましょ!次がメインなんだから!」
気恥しさを払拭するように、ノゾミさんは声を張り上げて先導し始める。
それについて行こうとすると、袖をツンツンと引っ張られた。
ジュンさんだ。
「あたしは、あんまり運が良くなかったけど、ちょっとは虎ちゃんに分けてあげられると思うからさ…」
ぐっ。
しまった。運気の良いノゾミさんを褒めたから、運気の良くないジュンさんが落ち込んでしまったぞ?これは不味い。
「ジュンさん。君からは何時も、抱えきれない程の優しさを貰っているよ。公園で考え込んでいた時、君が掛けてくれた言葉に、俺は凄く救われたんだ。だから、君の運気もきっと良い筈だ。こんな紙切れでは推し測れないくらいにね」
そうだ。彼女が末吉など、やはりおかしい。占いとはやはり、気休め程度の道具なのだろう。
「そう、かな?」
「そうさ。仮に運気が少なかろうと、その分は俺がカバーする。俺も運気が多い方じゃないけれど、その分は気力と気合いで乗り越えてみせる」
「あはは。虎ちゃんなら、大凶も大吉に変えちゃいそう」
「そりゃ、褒めすぎだ」
そう言って戯けると、ジュンさんが笑い声を上げる。俺もそれに釣られて、笑ってしまった。
そうして2人で笑っていると、ノゾミさんが「ちょっと、2人ともー!」と手を振った。
おっと。そうだった。あまり時間もないんだ。
俺達は走って、彼女に追い付く。
「済まん。話し込んでしまって。それで、次は何処に行くんだい?」
「これよ」
ノゾミさんはそう言って、自信満々で地面を指さす。その指さす方を見下ろすと、道に岩が落ちていた。
うん?えっ?まさか、この岩が今日のメインディッシュなの?
そんな訳ないと思って、俺は周囲を見渡す。でも、他にそれらしき物はない。向こう側にもう1つ、同じような岩があるだけだ。
どう言う事?とノゾミさんに視線を向けるけど、彼女はこちらを見ていなかった。
何も見ていない。
彼女はぎゅっと目を瞑り、そのまま歩き始めた。
何か、儀式みたいな事をしているぞ?一体、何が?
俺は訳が分からず、ただノゾミさんの背中を見詰める。
彼女は慎重に歩みを進め、少しフラフラはするものの、真っ直ぐに歩いていく。そして、反対側の岩へと到着する。
そして、飛び跳ねた。
「やったわ!真っ直ぐ来られた!」
両手を上げて、ぴょんぴょんと大きくジャンプするノゾミさん。
今日1番の大はしゃぎだ。
「さっ。次は誰がやるの?虎二君、来る?」
「あたしが行く!」
ジュンさんが前に出る。ノゾミさんと同じくらい真剣な顔で、また目を瞑って岩から岩へと歩き始めた。
ノゾミさんよりもフラつく彼女は、危うく道から外れそうになり、何とか持ち直して道に戻り、また道から外れそうになっていた。
ああ、危ない。
見ているだけの俺も、自然と手を握っていた。
応援したい気持ちもあるけど…ノゾミさんが黙っているので、きっとそういうのはNGなのだろう。
頑張れ、ジュンさん。
「やっ、やった!これって、到着だよね?」
随分と紆余曲折あったが、何とか岩の端っこに到着したジュンさん。ノゾミさんと同じように飛び跳ね、胸部が凄い事になっていた。
うっ。見てはイカン。イカン…のは分かっているのだが、つい…。
「さぁ、最後は虎二君よ」
「虎ちゃん!頑張れ!」
「あ、ああ…よーし!1発で決めるぞ!」
岩の両側で手を振る2人に、俺もビシッと手を挙げてから目を瞑る。
2回も見せられたから、何となくルールも分かった。
要は、ちょっと変則なスイカ割りだろ?ぐるぐる目を回さなくていいけど、周囲からのサポートは受けられないっていう。
それなら何とかなる。スイカ割りなら、イメージ出来るから。
イメージの中の俺は、木刀を自分の腹に突き刺しているんだけど…何故なんだ?
ちょっと不安になりながらも、俺は変則スイカ割りをスタートさせた。
〈◆〉
恋占いの石を、何とか成功させたあたしは、やっと肩の荷を下ろすことが出来た。
かなりフラついてしまって、ノゾミよりも時間が掛かってしまったのは分かるけど、ちゃんと1回で成功させたんだから十分だよ。
確か、失敗する度に恋が叶う時期が遅れちゃうんだよね?1回で、誰にもアドバイスを貰わないで成功させたから、あたし1人で恋を叶える事が出来るってことだよね。
そう考えると、あたしは嬉し過ぎて頬が上がるのを抑えられない。さっきは末吉だった事に落ち込んだけど、全部帳消しになるくらいの運気を貰えた。
ううん。これは運なんかじゃない。自分の力で勝ち取ったものだよ。虎ちゃんが言ってた通り、気力と気合いで運気を引っ張って来たんだ。
虎ちゃん。ありがとう。
その虎ちゃんが、今、挑戦している。
真剣な顔で目を瞑り、ゆっくりと、でも真っ直ぐに歩く様は凄くカッコイイ。和服を着ている事もあって、歌舞伎役者を見ている気分。
どうしよう。ちょっとくらい、音を出しても良いかな?
あたしは隣を見る。すると、あたしと同じように迷った顔のノゾミがこちらを見た。
やっちゃう?
やっちゃおうか。
あたし達は同時に、スマホを構える。そして、録画を始めた。
画面の中で、虎ちゃんの真剣な顔が少しずつ近付いて来る。一切ブレる事なく歩く姿は、とっても綺麗だった。
普段鍛えているから、姿勢もブレないのかな?なんだか本当に忍者みたい。
そんな事を考えている間にも、虎ちゃんは近付いて来る。もう、上半身しか撮れない位置まで来ている。
あと数歩。それで、岩に到着する。
そう思っていると、虎ちゃんの顔がこちらを向いた。軌道が少しだけズレて、あたしの方へと歩みを進め始めた。
えっ?あっ、どうしよう!?
あたしは焦って、構えていたスマホを下ろす。
言ってあげたいけど、声を出したらダメだ。彼の実力を信じないと。
虎ちゃん。こっちじゃないよ!もうちょっと左、左にズレて。
そんな思いも虚しく、虎ちゃんはもう目の前まで迫っていた。あたしはどうしたら良いか分からず、彼がコケない様にと両手を広げる。
すると彼は、その中へと静かに収まった。あたしの腕の中で、少しだけ肩を跳ねさせる。彼の長いまつ毛がふわりと上がり、彼の黒い瞳があたしを映す。
「あっ、ごめん。ジュンさん。俺を支えてくれたのか」
「あっ、う、うん」
凄い近くで、虎ちゃんと見詰め合ってしまう。彼の熱が、あたしの全身を包む。
さっきから高鳴っている心臓が、とうとう我慢できなくなって、喉から飛び出しそうになってる。
ああ、どうしよう。虎ちゃんに伝わっちゃう!あたしの、想い…。
「これって、失敗なのかな?」
「ええっと…その…」
もう、何がなんだか分からなくて、あたしはうわ言を呟くしか出来ないでいた。
そこに、鋭い声が割って入る。
「何時までそうしているの?」
ノゾミだ。
彼女に言われて、あたしは慌てて虎ちゃんを放す。
「ごめん。虎ちゃん」
「いいや。謝る必要は無いよ、ジュンさん。受け止めてくれて、ありがとう」
そう言って、虎ちゃんがちょっと恥ずかしそうに微笑む。
それを見たら、余計に顔が熱くなってきた。
「さっ、虎二君。今のは失敗よ。ちゃんと岩まで辿り着かないと、恋が実らないって言われているの」
「あっ、そう言う感じなのか」
虎ちゃんは漸く状況を理解したみたいで、頭を掻く。
でも、直ぐに笑みを浮かべた。
「だがそらなら、俺にとってこれは、成功だと言えると思う」
そう言って、虎ちゃんがこっちを見詰める。
あたしは再び、慌てる。
えっ?虎ちゃん。それってどう言う意味なの?岩じゃなくて、あたしに真っ直ぐ来たのが、成功なの?
それって…そう言うことなの?
ちょっと収まりかけていた興奮が、再び踊り出す。心臓がもう、爆発しそう。
あたしは、勝手に広がり続ける妄想に耐えるだけで、精一杯になってしまった。
ちょっと偏見が過ぎましたね。
「全ての女性が、恋愛に興味があるとは限らんんぞ?」
はい。なので、虎二君の発言は一般論です。




