79話~It's、my、wife!~
「はいっ。ここが、かの有名な清水寺です!1200年以上も前に作られて、奈良仏教を広く普及させた凄いお寺なのよ?だから、ユネスコ世界遺産にも登録されています!」
「えぇ~!すごっ。世界遺産なんだぁ」
すっかりガイドさんになってしまったノゾミさんに案内されて、我々は荘厳な敷地内を回る。
「ここまで見てきた寺院よりも、なんか凄い感じがするね。世界遺産だからかな?」
「そうね。歴史や宗教の重みって言うのもあるけど、1番は人気の違いかしら?あとは、観光スポットが多いからかも」
確かに、人気は段違いだろう。
ここまで通ってきた名所は、シーズンオフだからか観光客もそこまで多くはなかった。でも、ここは人通りも多い。メインストリートは多くの人が行き交い、スポットには多くの人が群がり、スマホを構えていた。
シーズンオフでこれなのだから、何かイベントがあった日には芋洗い状態なのかも。
「あっ。でもあっちの方は空いてるよ」
「あっ、ちょっと待ってジュン。そっちは…」
ノゾミさんが止めるも、ジュンさんには聞こえなかったみたいで、俺の右手をクイクイと引っ張っていく。
確かに、1番大きな寺院内は人の流れが少なくなっている。
だけど、
「あっ、ここは有料なんだ…」
「そうよ。本堂とかは1人500円掛かるの。だから、人も少ないのよ」
「そっかぁ」
残念そうに呟くジュンさん。
そんな彼女を追い越して、俺はチケット売り場の窓口に並ぶ。そして、3枚のチケットを購入する。
「さて、行こうか」
「えっ!?」
驚くジュンさんと、財布を取り出すノゾミさん。
「払うわ」
「不要だよ。俺が勝手にやった事だからね」
「でも、虎ちゃん。さっきも、お昼ご飯奢って貰っちゃったじゃん」
ジュンさんも申し訳なさそうに財布を取り出す。
それに、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「俺はただ、人混みの少ない所に行きたかっただけだ。でも、1人は嫌だからさ。2人共、俺に付き合ってくれないか?」
「勿論よ!」
何故か、ノゾミさんの態度が急変した。チケットを差し出した俺の手を両手で包んで、怪しい光を孕んだ目で見上げてくる。
「貴方"と"付き合うわ」
ちょい、ちょい、ノゾミさん。その言い方だと、誤解されてしまうよ?
ぎゅっと握られた彼女の手に視線を落としていると、そこに新たな手が載せられる。
「あっ、あたしも付き合うよ!虎ちゃん」
「あ、ああ。ありがとう。じゃあさ、俺の手ではなくチケットを受け取ってくれないかな?」
周りも「何事?」ってこっちを見ちゃってるし。
変装が裏目に出ているな。OLとギャルと和服の男が手を握り合っていたら、そりゃみんな驚くか。
せめて、スーツ姿で合わせた方が良かったかも。
ちょっと後悔したが、本堂の中を回遊している内にそんな感情も忘れてしまった。
見事な創りの木造建築に、それ程詳しくない俺やジュンさんも感動してしまい、口を開いたままであった。
「これなら、いいレポートが書けそうね。写真撮影が出来たら、もっと良かったけれど」
「禁止だから、仕方ないよね」
ノゾミさんはそう言うけど、この感動を文字に出来るかは自信がない。絵心も無い俺だから、せめてパンフが欲しい所だ。
「あっ」
俺がパンフを探し回っていると、右手を引くジュンさんが小さく声を漏らした。
何かと思って彼女の視線を追ってみると…。学園の制服を着た男女が4人、こちらへと歩いてきていた。
彼女らの話し声が聞こえる。
「ってか、大丈夫だって。ジュンはそんな奴じゃないからさ」
「そうっすよね…」
おっ。ヒデちゃん達だ。
ちょっと硬い表情の彼に、エリさんが何か励ます様に言葉を掛けている。
う〜ん…。定かでは無いが、話の断片からジュンさんを心配する会話をしているみたいだ。そして、彼のあの表情は朝に見せたのと同じもの。
これはもしかして、俺を心配して十分に楽しめていないのではないか?それを、ジュンさんの親友であるエリさん達に相談した?
だとしたら…。
俺はジュンさん達を連れて、彼らの元へと向かう。
「ちょいと、そこの初々しいカップルさん」
声を掛けた。
途端に、ヒデちゃんとマモちゃんが女子2人の前に立ち、俺を警戒する。
でも、俺の顔を見ると目を軽く開く。
「あれ?虎二さん?どうして、そんな格好を?」
「彼女達に合わせたんだ」
そう言って、俺の後ろに立っていた2人に視線を送る。
すると、ヒデちゃん達が目を見開く。
「えっ!?もしかして、式部さんと…七音さんっすか?」
「わー!委員長が不良になってるぅ〜」
不良じゃないぞ?マモちゃん。これでも、ジャラジャラアクセサリーは置いてきたからな。
2人が固まっていると、その後ろからトワさんとエリさんが出てきて、ジュンさんに駆け寄った。
「ちょっと、ジュン!何そのカッコ」
「イメチェンし過ぎぃ〜。OLじゃん」
「あっ、ちゃんとそう見える?どうかな?ちょっとは頭良さそうでしょ」
ジュンさんが嬉しそうにクルッと回ると、トワさん達が「ふふっ」と笑う。
「確かに、ジュンには見えないくらいにキリッとしてるけどさ、ワイシャツの胸部分パッツパツでヤバいんだけど」
「それな。逆にエロくなってるし」
「ええっ!?そ、そんな事ないし。ねぇ、虎ちゃん」
うん。俺も大丈夫だと思ったのだが…暑いからって上着を脱いだのが不味かったのかな?女性目線だと危ないみたい。
「いやぁ。なんか、そんなの見せつけられたら、また揉みたくなってくるよぉ」
「もぉ〜。やめてよ、エリ」
「でもガチでさ、ジュン。何か着た方が良いんじゃない?」
「ええ~。でも、上着は制服と一緒に、コインロッカーに置いてきちゃったし」
そうだよな。荷物になるからって、みんなで置いてきたんだよ。
「うっふっふ。じゃあ、やっぱ揉むしかないなぁ」
「うわぁ、助けて虎ちゃん。エリが変態だよぉ」
そう言って、俺の背中に回るジュンさん。
うん。確かに、俺が助けねば。
「分かった、ジュンさん。俺の上着を使うと良い」
「ええっ!?ちょっと待って、虎ちゃん。それ脱いじゃったら、下着姿になっちゃうじゃん!」
「そんな事はどうでも良い。君が辱めを受けるのに比べたらな」
そうだ。
俺がやらねば、誰がやる!
「いや、そっちの方が問題だよ。本当に逮捕されちゃうから!」
今にも着物を脱ごうとした俺の手を、必死に止めるジュンさん。
それを見て、トワさん達が笑う。後ろのヒデちゃん達も肩を震わせている。
いつの間にか、みんな表情の表情が柔らかくなっている。
良かった。4人も安心してくれたみたいだ。
「じゃあ、私達は次の所行ってるから」
「しっかりやるんだぞ、ジュン」
境内を一緒に回った4人は、外に出るとそう言って、手を振って行ってしまった。
集合時間までもう少しだから、これから一緒に回るか?と聞いてみたが、少人数で行きたい場所があるんだとか。
何だろうか?ラストを清水寺にしたのと、何か関係があるのか?
「さっ、私達も行くわよ」
「行こう!行こう!」
…向こうだけでなく、こっちの女性陣も何か企んでいる様子。
これは、静かに従った方が良いだろう。
俺は2人に手を引かれ、次の場所へと向かった。
〈◆〉
「では最後に、地主神社へ行きます」
音羽の滝で、入念に恋愛成就のお願いをしたあたし達は、とうとう一番のメイン所に足を向ける。
って言っても、あたしとノゾミが勝手に思っているだけで、虎ちゃんは「地主…ねぇ」と不思議そうな顔。聞いた事もない神社なのかも。
「大丈夫よ、虎二君。ここから歩いて5分くらいだから」
「ああ、うん。分かった。最悪タクシーを使うから、集合時間は気にしないで良いよ」
もぉ。また虎ちゃんは、あたし達を甘やかそうとして。
絶対、時間通りに終わらせなくちゃ。
「行こ、虎ちゃん」
あたし達は彼の手を引っ張って、最後の場所へと向かう。
それに、彼は深く追求せずに着いてきてくれた。あたし達を信じて。
それがとっても嬉しい。なんか、彼に認められたみたいで。
でもその道中、彼が急に彼が立ち止まった。
なんで?て振り向くよりも先に、声が聞こえた。
「ああっ、くそっ。スマホは壊れるし、あいつらも見つからねぇし、最悪の1日じゃねぇかよ!」
上郷君!?なんで、こんな所に?
あたしは心臓が止まりそうになり、動きは完全にフリーズしちゃった。
そこに、路地の角から彼が現れる。何故か汗だくで、慌てた風貌の上郷君が角から飛び出してきた。
その顔が、不意にこちらを向く。
一瞬、あたしと目が合ってしまう。
ヤバっ!
「うん?あれ?どっかで見た女の子だな…」
あたしは咄嗟に下を向いたけど、上郷君の注意を引いてしまった。タッタッタと、彼の走って来る足音が近付いてくる。その足音が大きくなるにつれて、あたしの心音も大きくなっていった。
急いでカバンから帽子を取り出して被るけど、もう遅い。
どうしよう。バレたらどうしよう。あたしだけじゃなくて、虎ちゃんにも迷惑が掛かる。彼がまた濡れ衣を着させられて、傷付いちゃう。
逃げる?でも、虎ちゃんは下駄だから追いつかれちゃう。
じゃあ、あたしが犠牲になる?上郷君はあたしを傍に置きたがっているみたいだから、あたしが我慢して彼の隣に居たら、虎ちゃんもノゾミも嫌な思いをしなくて済むかも。
あたしさえ、我慢したら…。
気乗りしない未来へ踏み出そうとすると、それよりも先にあたしの前へ虎ちゃんが進み出る。その大きな背中で、あたしを隠してくれた。
迫り来る上郷君に、仁王立ちで構える。そして、狐のお面を被って、軽く手を上げた。
あれ?なんか、お面を被ったら急に、虎ちゃんの雰囲気が変わった?
【何か御用ですか?】
「えっ、あっ?外国人?」
突然英語を喋り始めた虎ちゃんに、上郷君は急ブレーキをかける。
でも、まだあたしを気にしているみたい。チラチラとこちらを見てくる。
「えっと、あの、そこの女の子。なんで帽子被ってんだよ?ちょっと、顔を見せてくれないか?」
【私の妻が、何かしましたか?】
えっ?
今、虎ちゃん、あたしの事をワイフって言わなかった?
「はぁ?えっ、何?ワイフ?ワイフって…奥さんってこと?」
あたし以上に戸惑う上郷君。
そこに、虎ちゃんが半歩前に出て大きく頷く。
力強く、言い放つ。
【この子は、私の、奥さんだ!】
「すっ、すんませんっしたぁあ!」
虎ちゃんが凄むと、上郷君は飛ぶように逃げ去っていく。
それと同じくらい、あたしの心も飛んで行っちゃいそうだった。
幾ら勉強が出来ないあたしだって、今の言葉は聞き取れた。言葉の意味もバッチリ分かっちゃう。
簡単な英語。でも、重過ぎる言葉。
仮令それが、嘘だとしても、嬉し過ぎる言葉。
虎ちゃんが、あたしを…。
「流石、虎二君ね。英語も得意なんて」
動けないでいると、ノゾミが虎ちゃんを褒めて、彼の腕を抱き寄せる。
「いや、教科書の英語を並べただけさ。君の発音には到底及ばないよ」
「そんな事ないわ。咄嗟に英文を思い浮かぶだけで、充分よ」
楽し気に会話する2人。
でも、それを見ても、あたしは動き出せないでいた。あまりの衝撃に、まだ思考が追い付いていなかった。
別の方向に、妄想を広げちゃっていた。
あたしが、ワイフ…。虎ちゃんの、奥さん…。じゃあ、あんな事とか、こんなことをしちゃうの?
「ジュンさん?」
「えっ?」
気付くと、虎ちゃんがあたしを心配そうに見詰めていた。
「済まない、ジュンさん。君の気持ちも考えず、あのような発言を」
あっ、ヤバっ。またあたし、虎ちゃんを不安にさせちゃった。
「だっ、大丈夫だよ、虎ちゃん。あたしは、大丈夫だから」
「そうよ、虎二君。あの場はそう言うしかなかったんだもの。ジュンもそれは分かっているわ」
うっ。そんな風に言われちゃうと、ちょっと幸せな気持ちが薄くなっちゃう。もうちょっと、妄想に浸っていたかった。
「ほら。もう行きましょ?またあいつが帰ってくるかもしれないから」
ノゾミが虎ちゃんの手を引っ張る。でも彼は少し留まり、あたしの方へと手を差し出してくれる。
「行こう。ジュンさん」
「…うん!」
そうだよ。何を残念がっているの?嘘でも方便でも、虎ちゃんがあたしを奥さんって呼んでくれたのは事実なんだから。
これって、ちょっと脈ありなんじゃないかな?そうじゃなかったら、そこまで言ってくれないもん。
正直分からないけど、それも分かるのが次の場所。そこで、全てが決まるかもしれないんだ。
あたしのこの、恋の行方も…。
「…このタイトル、危険ではないか?」
ええっと、まぁ、ギリギリ大丈夫だと思いますが。
「まぁ、芸人もこれでネタをやっているからな」
パワー!って、そっちも危ない。
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