78話~なら、秋にも来るかい?~
「えっ?これが銀閣寺なの?」
公園からタクシーを使って10分ほど。やって来たのは銀閣寺こと慈照寺。そのメインである建物を見たジュンさんの一声は、きっと誰もが最初に上げる物であろう。
その言葉に、俺はある意味満足するが、彼女の隣に立つノゾミさんはピッと指を立てた。
「イメージと違った?でもね、これこそが侘び寂びってものなのよ」
「わさび?えっと、どういう事?」
眉を寄せてしまうジュンさん。それに、俺も彼女の隣に並ぶ。
「ジュンさんは昨日、金閣寺を見た後だからビックリしたんだろう?」
「そうそう。ビックリした」
素直に頷くジュンさん。
可愛らしい。
俺は心の中で悶えながら、銀閣寺を指さす。
「ああいう豪華さを前面に出した建物も一興だけど、こうして慎ましく、そして時代の流れを感じさせるこの建物も、歴史の重みを感じられて良い物だと思わないかな?」
「あっ、確かに。なんか金閣寺は盛られてるって感じがしたけど、こっちは江戸時代って感じがするし」
「そうだね。それが、侘び寂びって奴だよ」
まぁ正しくは、15世紀の室町時代に作られたものだが…ジュンさんの言いたいことは分かる。分かるから、あまり詳しく突っ込まないでね?ノゾミさん。
「ありがと、虎ちゃん。やっぱ虎ちゃんの説明って分かり易いね」
えっ?
「いやいや、ノゾミさんの方が的確だったよ」
俺は少し焦った。そんな風に言うと、まるでノゾミさんよりも勝っているみたいに聞こえてしまったから。
だから、慌ててフォローしたのだが、
「いいえ。私も、虎二君の説明が素敵だと思ったわ」
そのフォローした相手にまで、褒められてしまった。しかも、何故か俺の反対側に回り込んで、ギュッと手を握ってきた。
な、何ですの?
「さっ、次に行きましょう。時間は有限なんだから」
「あっ、ああ。それはそうなんだが…」
出来れば俺を引っ張るのではなく、ジュンさんをメインにエスコートして欲しい。彼女は初めての京都なのだから。
そう思っていると、ジュンさんも反対の手を握って来て、ノゾミさんと一緒に引っ張っり出す。
「行こ?虎ちゃん」
「ああ、そうだね」
まぁ、ジュンさんが楽しそうなら、これでも良いか。
そうして、俺達は京都の街を堪能する。
銀閣寺を出た我々は、哲学の道と呼ばれる細道を散策した。
緑豊かな木々たちが道を覆い隠すように生え、横を水路が流れるとても落ち着く空間だ。観光客もちらほら見かけるので、随分と有名な通りみたいだ。
俺が新緑の洞窟を見上げていると、俺の前を行くノゾミさんがクルリと振り返る。
「ここはね、京都帝国大学で哲学を研究していた、西田幾多郎や田辺元が散策したことから、哲学の道って呼ばれるようになったの。今は緑だけど、春には桜で埋め尽くされて、観光客にも大人気なスポットなんだから」
「へぇ〜。これが桜になるんだ。なんか、想像しただけで綺麗だね。桜の絨毯になりそう」
「うーん。観光客も結構な数が来るから、絨毯は見えないかも」
「えぇ〜。人の絨毯は嫌だなぁ〜」
「確かにそうね」
そう言って笑い合う2人を見て、俺も楽しい気持ちになる。ついつい、2人にスマホを向けて、新緑をバックに1枚撮っていた。
カシャ。
「あっ、盗撮されちゃった」
「うぇ!?」
ジュンさんにそんなこと言われて、俺は一瞬焦る。でも、彼女の楽しそうな顔を見て、それが冗談だと分かる。
そして、同じような表情をノゾミさんも浮かべる。
「これは、逮捕案件ね」
「タイホだー!」
息の合った2人に、両側を固められてしまう。そして、証拠写真だと言われて、3人並んでの自撮りをするノゾミさん。
ふむ。
「折角なら、誰かに撮って貰うか」
そう思った俺は、通りかかった青年に声を掛ける。
「済みませーん!」
【僕に話しかけましたか?】
でもその人は、金髪碧眼の外国人だった。
おっと。英語か。写真を撮ってくれって英語でなんて言うんだっけ?
足りない頭をフル回転させていると、ノゾミさんが彼にスマホを差し出した。
【|私達の写真を《Can you take a photo》撮ってくれませんか?】
【|ええ。良いですよ《Yes, that's good》】
おお、凄い。ノゾミさんは英語も出来るのか。
感心している間にも、写真を撮ってくれる青年。彼は随分とサービス精神旺盛で、何枚も写真を撮ってくれた。
何故か俺に、忍者のポーズをさせたがっていたが…浴衣だからって、勘違いしてるのか?海外からすると、着物=忍者なのか?
【|ありがとうございました《Thank you very much》!】
【|どういたしまして《you're welcome》!可愛いお嬢さん達。|幸運なお侍さん《lucky samurai》!】
ラッキーサムライって、忍者じゃなかったんかい。
まぁ、ラッキーってのは当たっているけどさ。
「ノゾミすごーい!」
去っていく青年に手を振っていると、ジュンさんが驚きの声を上げる。
「めっちゃ英語喋ってたじゃん!あたし感動しちゃった」
「大袈裟よ。これくらい」
「いや。俺も感動したよ。流石はノゾミさんだ」
一緒になって俺も素直な気持ちを投げると、ノゾミさんは笑顔を咲かせた。
「本当?虎二君にそう言って貰えて、凄く嬉しいわ。学校や英会話教室以外で使った事がなかったから、ちょっと不安だったの」
おお。英会話まで習ってたのか。流石だな。
「とても聞き取り易かったよ。今すぐにでも、黒沢グループの海外部門からスカウトが飛んできそうなくらいね」
俺が冗談交じりにそう言うと、ノゾミさんの目がキラリと光った。
「なら私は、虎二君の秘書になるわ」
「ひ?」
秘書?
どう言う意味?俺が海外部門に配属になると思っているの?
いや、そもそもの話。
「俺が黒沢グループに入れるかは分からんよ?兄は確定だけどさ」
コネ入社は出来なくは無いだろうけど、それは俺も会社も不幸にさせてしまう。ちゃんと正面から入らないとね。
「大丈夫よ。貴方は優秀だから。もし入れなかったとしたら、その時は起業しましょ?虎二社長」
「起業って…」
無理だと言いそうになり、その言葉を呑み込む。代わりに、イタズラな笑みを浮かべる。
「そりゃ、少々気が早くないかね?秘書のノゾミ君」
ああ、こりゃ冗談だと理解した俺は、彼女のノリに乗っかる。すると、それに遅れまいとジュンさんも声を上げる。
「あたしも、虎ちゃんの秘書する!」
「おお、また秘書が入社した」
秘書ばかりの会社って、一瞬で潰れそうだ。
「大丈夫なの?ジュン。秘書って、色んな学業に秀でていないといけないのよ?法学とか」
「大丈夫。あたし邦楽も洋楽も、どっちも得意だから」
「いや、音楽の話じゃなくて!」
2人のやり取りを聞いていて、俺はつい笑ってしまった。
いいんじゃないか?音楽やオシャレに強い秘書ってのも。もう秘書の役職を借りた従業員みたいになりそうだけどさ。
想像の会社の話をしながら歩いていると、次の観光地に到着した。
「ここは禅林寺の永観堂って言って、モミジの名所として広く知られているわ」
「へぇー。この生えてる木はモミジなんだぁ」
周囲の木々を見回しながら、池の上に架かった橋を渡るジュンさん。
あまり上にばかり注意を散らせて、足元不注意で落ちないでね?
俺は何時でも動けるように、目を配っておく。
「でもカエデって事は、秋に来たらもっと綺麗だったのかな?」
「ええ、そうね。秋は一面が鮮やかな赤に染まるわ。そりゃもう、観光客がごった返すくらいに」
「また混むんだ。でも、見てみたいなぁ」
少しだけ、残念そうに呟くジュンさん。
それを見て、俺はつい思った事を漏らす。
「なら、秋にも来るかい?」
「えっ?それって…虎ちゃんも一緒に?」
「ああ。まぁ、俺くらいしか来れないと思うが」
今回みたいに大人数は無理だ。精々、友達数人を誘った少人数での旅行になってしまう。
だから、ショボくなるよ?と前置きしたのだが…。
「うん!それが良い!」
ジュンさんは凄く嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。
ふむ。
「ならば、本格的に考えるか」
「やった。虎ちゃんと2人旅…」
うん?2人だけで良いのか?そりゃ…俺もその方が断然嬉しいんだが。
期待して彼女に視線を送ると、それを遮る様にノゾミさんが割り込んできた。そして、俺を見上げる。
「私も行くわ」
有無を言わさぬ宣言。
強い意志を感じる断言。
学園のアイドル2人を独占するような真似をしてしまって、大丈夫なのだろうか?と、考える余地すらなく、俺は静かに頷いていた。
それを見て、硬い表情だったノゾミさんも微笑む。
「因みにね?虎二君。京都は四季折々の顔が見られるのよ?」
…それって遠回しに、冬も春も計画しろって事?
そりゃ流石に、後ろから刺されますって。
「さっ。旅行の話も決まったし、いよいよあそこに行くわよ」
「とうとうだねぇ〜」
うん?なんだ?ノゾミさんだけじゃなく、ジュンさんまで何処に行くのか分かっている様子だぞ?
「ええっと。君達は一体、何処に行こうと言うのかね?」
「決まっているでしょ?清水寺よ」
ふむ。清水寺か。
清水の舞台から飛び降りるって言葉は有名だけど…なんでそんなに意気込んでるの?俺、飛び降りたりしないからね?
〈◆〉
「よしっ!今ので13連勝。次勝てば、マスターランクに昇格出来るんじゃね?俺」
チート野郎もぶっ飛ばした俺は、調子良く連戦連勝を重ねていった。何だか今日は運も味方しているみたいで、負ける気がしない。
って…。
「ちがーう!」
やべぇ。ついチート野郎にムカついてやり込んじまったけど、俺はゲームする為にここに居る訳じゃなかった。
「って、うわ!もう3時間も経ってんじゃねぇか。道理で腹が減ってきた訳だよ、くそっ」
あいつら、まだ出てこないっておかしいだろ?ここ以外に出口は無いだろうし、中で倒れてたりしてんじゃねぇか?
「つっても、女子トイレに入る訳にも行かねぇしなぁ。取り敢えず電話してみっか」
俺は泣く泣く、ゲームを終了させてホーム画面に戻る。そこから電話アプリを起動させようとしたが…。
起動させた瞬間、スマホの電源が落ちた。
はぁ?
「うわっ、アッチぃ!やべぇ、熱膨張してやがる!」
嘘だろ、おい!買ってもらったばっかなんだぞ?
この前のテストも赤点3つ取っちまったから、当分小遣いもねぇし。
「兎に角、ケースを外して冷やさねぇと」
俺は慌てて、スマホを裸に剥いて手で風を送る。でも全然冷えない。あっ、そうだ。
俺はカバンから制汗スプレーを取り出す。ミント入りでかなり冷えるから、これで何とかなってくれ。
そう思って吹き付けていると、スマホはどんどん冷えていく。
…ちょっとバッテリーが膨らんじまったけど、まだ何とか使えるよな?頼むぜ。せめてゲームのデータ移行だけはさせてくれ。
俺は恐る恐る電源を付け、ゲームを起動させる。暫く操作していると、また熱くなってきたけど…オッケイ!アカウントの連携が完了したぜ。これで最悪、スマホが壊れてもデータは残る。
さて、最大の懸念は無くなったから、次はあいつらを呼び出すだけだな。
俺は再びゲーム画面を閉じて、電話アプリを開く。
でも、再び画面がブラックアウトした。
ああ、また熱暴走したか?と、俺が制汗スプレーをカシャカシャしていると、真っ暗な画面に電池マークが浮かぶ。そこには、もう充電が無いことが示されていた。
マジかよ!おい!
「コンビニ!コンビニ行かねえと。ええっと、最寄りのコンビニは…って、やべぇ!スマホが無いんじゃ分かんねぇぞ!?」
八方塞がりだ。
ああ、もう。こうなったら最後の手段…女子トイレに突っ込んで、あいつらを引きずり出す。そんで、コンビニまで案内させるんだ。
「よし、行くぞ俺。俺は行くんだ。俺なら出来る。やれる」
そう自分に言い聞かせるけど、女子トイレへの1歩を踏み出す勇気が出ない。誰かに見られたらと思うと、足がすくんで動かない。
くそっ。だったら、ここから大声で呼びかけるか?でも、恥ずかしいし。
「ちょっと」
「うひゃっ!?」
突然後ろから声をかけられて、俺は飛び上がる。見ると、ジャージ姿のおばちゃんが俺を睨んでいた。
「あんた、邪魔になっとるで?」
「あっ、すんませ…すんませ…」
俺は恥ずかしくて、何度も謝りながらそこから走り去る。公園にも居辛くなって、足早に外へと出た。
「兎に角、コンビニだ。コンビニを探そう」
知らない街へと1歩踏み出し、俺はコンビニ探しの旅へと繰り出した。
くそっ。誰だよ、運が良いなんて言った奴は。今日の俺、運気最悪じゃねぇか。
なんて奴でしょう…上郷。
「ほぉ。珍しく怒っておるな」
当たり前です。
機械に、制汗スプレーをかけるなんて…。
「ふっ。仲間思いだな」
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