76話~俺も楽しみだぜ~
※ご注意を※
ジュンさんと雨田先生と一緒に筋トレをしていると、いつの間にかお風呂の時間になっていた。
「急がないと、虎ちゃん」
「ああ、そっか。1組も同じ時間だったね」
効率を求める為、2クラスずつで入浴しているんだった。
「そう、そう。でも、混浴じゃないからね?」
「いや、そんな期待はしていないぞ?」
それとも、俺の表情がそう見えたのかな?
不安に思って顔をいじっていると、「うそ、うそ」とジュンさんがクスクスと笑った。
くっ、揶揄われただけだったか。
「でもさ、お風呂の前までは一緒に行こうよ」
「ああ、そうしようか」
やっと君に会えたからね。
俺達は一旦部屋に帰り、着替えを手提げバッグに詰め込む。既に部屋には誰もおらず、全員風呂へと向かった様子だった。
しまったな。ちょっと筋トレをハリキリ過ぎた。
手早く準備した俺は、ジュンさんを迎えに行く。
「ごめんね、虎ちゃん。待たせちゃって」
「大丈夫。さぁ、行こうか」
直ぐにジュンさんも来たので、2人で温泉へと向かう。
「俺の方こそごめん。貴重なお風呂の時間が削れてしまった」
「平気、平気。まだ時間あるじゃん」
「そうかい?」
確かに時間は十分にある。でもそれは野郎の俺にとっての話。
ジュンさんのような乙女は、準備にケアにと、色々と時間が掛かる。それに、純粋に温泉を楽しむ時間が減ってしまうのは惜しい事。
そう思ったけど、
「筋トレが、それだけ虎ちゃんにとって楽しい時間だったってことでしょ?あたしも、その、虎ちゃんと出来て楽しかったし…」
「ありがとう、ジュンさん」
それがお世辞でも、楽しかったと言ってくれるのは嬉しかった。
ああ、でも。筋トレのし過ぎで、ジュンさんがムキムキになってしまったらどうしようか。
…意外にありかも?
「じゃあ、あたしはこっちだから」
「うん。またね」
「うん。また明日ね」
お風呂の入口でジュンさんと別れ、ロッカーで着替える。
みんなのテンションが高過ぎるのか、あっちこっちに脱ぎ散らかした下着が見受けられた。ロッカーが空きっぱなしの奴も多いし…ちょっとマナーが悪いな。
だが、それは脱衣所だけではなかった。
「俺のクロールを見ろ!」
「やめろ成田!水掛けてくんな!」
風呂場に来ても、男子達が騒いでいた。まるで小学生だ。
俺は端っこの方で体を洗い、騒がしい湯船の間を抜けて外に出る。こちらは露天風呂となっており、まだ男子達には浸食されていなかった。
ふぅ…。助かった。彼らからしたら、露天風呂よりも電気風呂とかジャグジーとかの方が魅力的の様子。
俺は少しぬるめの湯船につかり、空を見上げる。屋根の端から、半分の月が顔を覗かせていた。
風流だ。一杯やりたい気分になる。
俺がつい、そんなイケナイ妄想をしていると、ガラガラとドアを開ける音が聞こえた。
とうとうおサルさん達が、こっちにも来たか?
そう思って後ろを見たが、ドアは閉まったままだった。
「…気のせい、か?」
そう、安堵しかけた時、
「ってか、ジュンってスタイルだけじゃなくて、肌もめっちゃ綺麗だよね」
「そうそう!柔らかくてもちもちで、羨ましい!」
「そんなこと無いよ。トワもエリも、お肌スベスベじゃん」
声が聞こえた。それも、壁の向こう側。
くっ。さっき開いたのは女風呂の方だったのか。しかも、内容がかなりキワドい。こんな会話、男子に聞かれたと分かったら、ジュンさん達が可哀そうだ。
俺はゆっくりとお湯から出ようとする。静かに、滴る水の音も聞こえないように。
「またまた、謙遜しちゃって。こんな柔肌、なかなか拝めないですよ。えいっ」
「ひゃっ!ちょっと、トワ。何処触ってんの」
「私も!」
「ちょっ、エリまでやめて!ほら、向こうに聞こえちゃうでしょ?」
「えぇ~?全然音聞こえないし、誰も居ないんじゃない?」
「おーい!男子ぃ!聞こえるぅ?」
無視だ、無視。取り合えず、お湯から出ることは成功した。後は、ドアまで静かに歩いて、静かに開閉するだけだ。
「ほら?誰も居ないみたいだよ?」
「それなら…えいっ!」
「あんっ…って、ちょっと!変な声出ちゃったじゃん」
ぐぉおお!これは不味い!誰も居ないと思って、スキンシップが過激になっているぅ!
「居ます!男子居ます!だからもう止めてくれ!」
「ええっ!と、虎ちゃん?」
「そうだ、俺だ、ジュンさん。直ぐに答えなくて済まん!」
「ひやぁ!」
小さな悲鳴の後、ボチャンと何かが水中に落ちる音が続く。
恥ずかしくなったジュンさんが、風呂に飛び込んだのか?
「済まない!ジュンさん」
「う、ううん。あたし達こそ、ごめんね。その…居るのは虎ちゃんだけ?」
「ああ、そうだ。ここには俺しかいない」
「そっか。良かったぁ」
うん?良いのか?
いやいや、良くないぞ。
「トワさん、エリさん!結構しっかりと声が聞こえちゃうから、あまり変なことはしないようにして…」
俺が2人に念押ししていると、またドアが開く音がする。でも今度は、直ぐ近くで聞こえた。
「おーい、黒沢。誰と話してんだ?」
男子達が来てしまった。
いや、俺の声が大きくて、呼び寄せてしまったみたいだ。
しまったな…。
俺が苦い顔を成田君達に向けると、彼らは「ヒュー」と口笛を吹いた。
「つうか、黒沢。お前、すげぇ体してんな。腹筋割れてんじゃん」
「胸もなんか凄くね?おっぱい出来てんじゃん。おっぱい」
「おっぱいではない!雄っぱいだ!大胸筋だ!」
あっ、しまった。つい、成田君達の悪ノリに乗ってしまった…。
自然と、ダブルバイセップスのポーズで答えてしまった俺。それに、後ろから黄色い声が聞こえた。
「ちょっと聞いた?ジュン。黒沢君、腹筋割れてるんだってよ」
「凄いよね。触ってみたいよね。ねぇ?ジュン」
「えっ、ええっと。実はさっき、ちょっとだけ触らせてもらって…」
「ええっ!何それ?ちょっとあんたら、どこまで進んでんのよ?」
「ち、違くて!さっき虎ちゃんと筋トレしてて、服の上から、ちょっとだけ」
「「きゃー!」」
うぉおい!トワさん、エリさん。めっちゃ声聞こえてるんだって!
俺が心配していると案の定、男子達は目の色を変えて、こちらに…女子風呂とを隔てる壁へと近付いて来る。
「おい、聞こえたかよ?中野」
「おう。バッチリ聞こえたぜ、成田。俺達を呼ぶ、天使の声がな!」
「向こうはパラダイスだぜ!ひゃっほう!」
跳びはねて壁へと迫って来る2匹の獣。後ろの壁は竹製だから、その勢いでぶつかったら穴が開くかもしれない。そうでなくとも、この欲望を爆発させたおサルさん達を近づけるのは大変危険だ。そのリビドーのままに、登ってしまうかも。
だから、
「ここは通さんぞ!おりゃぁ!」
俺は通り過ぎようとした2人の腰を捕まえて、そのまま湯舟へと叩き込む。
かなり乱暴に投げ込んだが、2人は直ぐに浮き上がって来た。
「ぶはぁ!くそ、邪魔すんなよ黒沢!」
「そうだぜ!天使が俺達を待ってんだ!」
だめだ、こいつら。完全にテンションが狂ってる。こりゃ、俺1人じゃ抑えきれん。
「来い!ヒデちゃん!」
「あっしっすか!?マモの方が適任じゃ…」
「向こうにはエリさんも居るんだぞ!」
「全力でお守りするっす!」
鼻息を荒くしたヒデちゃんが、俺の隣に並ぶ。そして、突っ込んで来たエロ猿を2人で悠々と受け止める。
ふふっ。人数で負けなければ、鍛えた俺とヒデちゃんを抜くことは出来んのだよ。
「虎ちゃ~ん。あたし達、もう中に入るから」
奮闘していると、ジュンさんの声が。
「ああ!分かった。騒がしくて済まなかった!」
「ううん。頑張ってくれて、ありがと!」
「ヒデ君も、ありがとね!」
「うっす!」
やったな、ヒデちゃん。
俺はヒデちゃんとハイタッチをして喜び合う。それを、湯面に浮かび上がって来た成田君達が恨めしそうに見上げて来る。
「ああ~、彼女持ちが恨めしいぃ…」
…俺は違うぞ?
ドタバタな入浴を終えた俺達は、1階の売店へと来ていた。
ちょっと気が早いけど、今のうちにお土産を見ておこうと思ったのだ。何か掘り出し物があるかもと思って来てみたけれど、なかなか品揃えが良くて目移りしてしまう。
「見ろよ、これ。カッコイイ木刀があるぜ」
「それ、何処でも売ってる奴だろ?」
「ちっちっち。分かってないな、木下。こいつの柄に〈洞爺湖〉って書いてあるだろ?」
「…それが、どうした?」
「銀さんも持ってる奴だよ」
「いや、マンガじゃねぇか!真面目に選べや!」
みんなも楽しそうだ。俺も見て回ろう。
そうして店内を物色していると、ちょっと気になる物を見つけた。縁日でも売られていそうな、狐のお面だ。
なんで、こんなものが?随分と場違いだな。
「なんや、気になります?」
おっと。
急に話しかけられて、俺はビクッと驚いてしまった。
声の方を見ると、口に手を当てた着物美人が立っていた。
ホテルの副支配人さんだ。
「驚かせてしもた?堪忍しとくれやす」
「いえ、こちらこそ」
俺は軽く頭を下げる。そして、顔を上げると、副支配人は俺の手元に視線を落としていた。
「それは、うちが趣味で置いとるもんどす」
「趣味、ですか」
「ええ。狐って、可愛らしいやろ?」
そう言って目を細める彼女の方が、何処か狐に見えてしまう。
おっと、失礼だったな。
俺は謝罪の意味も込めて、大きく頷く。
「はい。そうですね」
「せやったら、そのお面はお兄さんにプレゼントしたりますわ」
「えっ?良いんですか?」
「狐を好きな人に、悪い人は居らんですから。それに…なんやお兄さんとは、初めて会うた気がしまへんのや」
そうなのか?もしかして親族?でも、虎の記憶に彼女の情報はない。こんな美人を忘れるとは、とても思えないんだが。
まぁ、兎に角。
「助かります。明日は色々と、隠したい事がありましたので」
「もしかして、女の子とのデートやろか?」
「えっ?は、はい」
なんで分かったんだ?
俺が首を傾げていると、副支配人は再び「ふふふ」と笑う。そして、薄くした狐目をこちらに向けた。
「気ぃ付けてくださいね。女言うんは、仮面なんか使わんでも、幾つもの顔を隠せる生き物やさかい」
それは…どういう意味だ?
詳しく聞きたかったが、彼女は含み笑いを携えたまま、スッとお店から出て行ってしまった。
随分と気になる言葉。
意味深な言葉。
でもその意味を、俺は嫌でも知る事になる。
翌日。自由行動の日。
朝食を取った俺達は、制服に着替えて早めにフロントへと来ていた。
これからバスに乗って、スタート地点の公園へと向かう。そこから午後4時までが自由時間だ。
「いやぁ、楽しみだなぁ」
「昼飯何処にするか、谷津田さん達とバスの中で決めないとな」
成田君達もワクワクしている。常識人の木下君や永井君までソワソワしていた。
俺も期待している。それと、少し不安も残る。
本当に、上手くいくのだろうかと。
そう思っていると、
「今日の自由時間、楽しみね。ジュン」
「うっ、うん」
「いやぁ~。俺も楽しみだぜ。久々に2人と遊べるからなぁ」
そんな声が聞こえた。
見ると、ジュンさんとノゾミさんが連れ立って歩いており、その後ろをセイジが闊歩していた。
「お前らは、何処か行きたいとことかあるのか?」
「私は貴船神社が良いわ。縁結びの神様が居るらしいわよ?」
「縁結びねぇ。俺達はそんなのに頼らなくても、充分に仲良いだろ。なぁ、ジュン」
「うん。そうだね」
楽し気に笑い合う3人を見て、俺は固まった。
なんだ?何が起きている?あれだけ嫌悪していたセイジに対して、2人が笑いかけている。それにセイジも安心したように笑い、2人の肩をバンバンと叩いていた。
まさか、これもセイジの魅了の効果なのか?やはり奴の力が増している?コハルちゃんが言っていたみたいに、奴の精神を不安定にしてしまったから?
「おっ!よぉ、お前ら」
彼らの方を見ていたら、セイジが俺達に気付いて、ニタニタ笑いながら近付いてきた。
「なんだよ、お前ら。男だけで行くのか?寂しい奴らだな」
「はっ、てめぇには関係ねぇだろ」
「そうだぜ。俺達も谷津田さん達と一緒に行く約束があるからな」
中野君が負けじと言うと、セイジは「はぁ?」と一瞬顔を強張らせる。でもすぐに、勝ち誇った顔でノゾミさんとジュンさんを抱き寄せる。
「そうかよ。まぁ俺は、この2人と回るけどな」
「だったらなんすか?それが偉いとでも言ってるんすか?」
「別にぃ?俺の方が上とか、そんな事言ってねぇだろ?」
ヒデちゃんを見下ろすセイジ。
そして、
「おっ」
俺を見つけると、更に黒い笑みを深くした。
「なんだよ、黒沢。お前もそっちに行くのか?なんなら、俺達と一緒に行くか?」
なに?俺を誘ってくるだと?
驚いていると、セイジが嘲笑を浮かべる。
「ああ、でも無理だわ。俺、久しぶりにこいつらとつるむからさ。特にジュンとは、色々と深めねえといけないことがあるんだわ。むっふっふ」
一方的に捲し立て、気持ち悪い笑い声を上げるセイジ。
その目を見ていると、やはり苛立ちがフツフツと湧いてくる。やはり、こいつの力が増している可能性が高い。
どうするべきか…。
俺はセイジから視線を切り、ジュンさんを見る。でも彼女は、一切こちらに視線を寄越さない。ずっと、セイジばかり見ていた。肩に回された手に、嫌悪感を抱く様子も見られない。
…まるで、3か月前に戻ったみたいだ。
「あっ、セイジ。もうバスも着たみたいだから、早く行きましょうよ」
「おっ、そうだな。じゃあな、お前ら」
俺が打開策を考えている間にも、3人は玄関を出て、嬉々としてバスへと乗り込む。
一体、何が起きて…?
「虎二さん…」
尚も考え込んでいると、泣きそうな顔のヒデちゃんが近付いてきた。
「あの、虎二さん。どうしますか?ホテルに残ります?あっしもお供しますよ?」
「…いや、俺も行くさ。課題もあるしな」
「じゃ、じゃあ、あっしらと一緒に回りますか?」
「はっは。俺ではなく、もっと大事な人に気を配りなよ」
俺は止まりかけた体を無理やり動かし、ヒデちゃんとマモちゃんの背中を押す。
何が起きているか分からないが、立ち止まる訳にはいかん。
先ずは、今起きている事を調査せねば。
…辛いですね。
「書くのだ、イノセス」
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