75話~こんばんわ、先生~
「豪華なホテルに美味いメシ…最高だな」
大きく張り出したお腹を叩いて、成田君が満足そうに言い放つ。
今、我々はホテル2階の大広間にて、豪華な夕食を頂いて来たところだ。
お寿司や和菓子など、京都ならではの料理が次々と出てきては、生徒達を大層喜ばせてくれた。一部の生徒からは、「2泊3日じゃ足りない!」なんて声も上がっていたが…勘弁してくれ。これ全部、例年の5倍掛けてやってるんだからさ。
「さて、この後みんなはどうする?」
名残惜しそうに夕飯を思い出していた面々の中で、永井君が前を向く。それに、中野君が「そうだなぁ」と斜め上を見て思案する。
「風呂まで結構時間あるもんな。またトランプでもやるか?」
部屋にも風呂は付いているが、ここは高級旅館。当然温泉も完備されている。
ただ、流石に300人の生徒全員が一斉に入れるだけのキャパシティは無い。一般のお客さんも居るから、クラス毎に入る時間を制限して、一気に雪崩れ込まないようにしていた。そして、今日は10組から古い順に入る方針なので、我々2組はかなり後の予定となっていた。
つまりそれだけ、時間が空いているということ。
「探検とかどうよ?こんな広いホテルなんだからさ、色々とありそうじゃね?」
「おっ、それいいな」
成田君の提案に、みんなも乗り気だ。
それは良い。仲良くなるのは、この旅の醍醐味でもあるから。
ただし、
「客室フロアの探索は厳禁な。一般のお客さんに迷惑はかけられない」
「おうっ」
「そうだな。じゃあ探索できるのは1階と2階、後は最上階か」
「あと、大声を上げるのも控えてくれ。一般客からクレームが来てしまう」
「小言が多いぜ、黒沢」
「お前は先生か!」
おっと。うるさく言い過ぎたか?
いやでも、これは仕方がない事だ。
「来年は1年生が宿泊学習をするんだ。もしもその子達がここに泊まろうとして、先輩達がやらかしたから泊まれませんとか、京都旅行はダメになりました…では可哀想だろ」
先陣を切って京都旅行に来ている我々は、言わば指標。それで大きなミスを犯してしまえば、後に続く後輩達に大変な迷惑が掛かるのだ。
「この宿泊学習は君達の物。だが、だからって好き勝手にして良い事ではないんだ」
「あー…分かったよ、黒沢先生」
「気を付けるから、そろそろ行こうぜ?」
うん。分かってくれたなら嬉しい。
少し落ち着いた野郎共と共に、俺もホテル内探検に繰り出す。
先導は永井君だ。
「先ずはフロントに寄って、館内案内でも見るか?」
「バッカ、永井。それじゃ探検じゃねぇだろ?」
「知らないで見つけた方が、驚きがあるってもんよ」
「えぇ…。非効率だなぁ」
永井君は現実的、そして成田君達は理想的か。
ワイワイやりながら歩いていると、体育館のような部屋を見つけた。そこには多くの人が詰めかけており、中央では卓球が行われていた。
「卓球場か。凄い人だな」
「みんなジャージ着てるな。何かのイベント?」
「分かんねぇけど、こんなん並んでたら、風呂の時間になっちまうぜ」
と言うことで、俺達は卓球場には入らずその先へと行く。
1階の奥にはバーがあり、ビリヤードやダーツが楽しめる様になっていた。ただ、未成年者は入れなかったので、俺達は泣く泣くそこを後にする。
成田君は「ワンチャン行けんじゃね?」と突っ込もうとしたので、マモちゃんに担ぎ上げられていた。
2階には、会議室や宴会場などが多く設けられていて、団体客用の施設が目立った。
我々の夕食会も、ここの一室で行われていたし。
そうして、夕食会場の近くを通った丁度その時、会場から女子の集団が出てきた。顔は見たことある程度の、接点のない他クラスの女子達。だがその中に、セイジの姿もあった。
うん?なんであいつ、他クラスの女子と仲良くしているんだ?まさか…。
俺は少々怖くなった。まさか、ハーレムメンバーと切り離された事で、別の女性を惹き付け始めたのかと思って。
奴の力が強くなったのかと、息を呑んだ。
のだが、
「どうした?黒沢。何見てんだ?」
「セイジの野郎が、どうかしたか?」
その光景を見た面々の反応は、薄いものだった。
俺は不思議に思い、解説役のヒデちゃんに聞いてみた。
すると、
「よくある事じゃないっすか?」
別に、今始まった事でもないらしい。昔からセイジは女性を惹き付けていたと。
確かにそうらしいが、俺はいつの間にか失念していた。最近の彼の周りは、随分と落ち着いていたから。だから、いつの間にか彼の力も弱くなっているのではと思っていた。
でも違った。セイジの魅了は確かに働いており、他クラスの女子でも、まるで心を許した男友達の様に奴と談笑をしている。
このままでは、第二第三のジュンさんが生まれてしまう。
そう思うと、俺は今すぐにでも、彼女達をセイジから切り離したい衝動に駆られる。
だが、そうする前に、
「おい」
セイジの方から、俺達に近付いてきた。
「お前ら、ノゾミとジュンを見てないか?」
「ああ?なんだと!」
中野君が飛び掛かりそうになっている。
どうどう、中野君。
彼を抑えながら、俺は首を振る。
「夕食の席からは、どちらも見ていない」
「まっ、お前らじゃそうだよな。ったく、あいつらどこ行ったんだ?電話もチャットも無視しやがって…」
愚痴りながら、セイジは熱い視線を送る女子集団を置いて、スタスタと何処かへ行ってしまった。
ノゾミさん達を探しに行ったのだろうか?女子達が悲しそうな顔をしているけど、良いのか?
…他の女子は眼中にないって事か。案外、一途ってこと?
いや、4人に執着しているから、四途か。ハーレムクソ野郎には変わりないな。俺も気を付けねば。
「おい黒沢。あんな奴いいから、早く行こうぜ」
奴の背を見送っていた俺を、成田君がせっ突く。
それに、永井君がため息を落とす。
「だが、ここは特に何もないみたいだ。もう屋上に行くか?」
「待てよ、永井。あそこになんかあんぞ?」
中野君の嗅覚に従って行ってみると、そこにはピカピカ輝くゲームコーナーがあった。クレーンゲームやメダルゲームなどの定番物から、結構本格的なガンシューティングゲームなんかもある。
繁華街のゲームセンターと変わらない規模だな。さっきの卓球場と同じくらいに広いし、奥にはメダル用のカジノみたいのもあるみたいだ。
「うひょう!これだよこれ!」
「求めていた宝島だ!」
成田君達が突っ込んで行ってしまった。他の人もゾロゾロと彼に付いて行き、残された俺はヒデちゃん達と顔を合わせる。
「どうします?虎二さん。あっしらも行きます?」
「悪い、ヒデちゃん。俺こういうの、あまり興味ないんだ」
ジュンさんとデートするならアリだけど、1人でお金を賭けてまでやりたいとは思えない。
…この前のデートを思い出して、ちょっと気恥ずかしいし。
「そうっすよね。じゃあ、卓球場に戻りますか?」
ヒデちゃんがワクワクしている。
もしかして、卓球をやりたかったのか?なら、早く言えば良かったのに。
ヒデちゃんの為にと、1階へ戻ろうとした俺達3人。でもその途中のエレベーター前で、ジャージ姿の雨田先生と鉢合わせた。
「こんばんわ、先生。どちらに行かれるんですか?」
先生は登りのエレベーターを待っている様子だった。卓球をしてきた…って様子でもないし、この上にジャージで利用する施設があるのか?
そう思って聞いてみたら、先生は気恥ずかしそうに頭を掻きながら頷いた。
「ああ、ちょっと気晴らしがてら、筋トレをな」
「筋トレですか!」
「なっ、なんだ黒沢、近いぞ?」
「おっと、これは失礼を」
つい興奮して、先生に詰め寄ってしまった。イカンな。
そう反省しながらも、俺は先生の横に並ぶ。
悪いな、ヒデちゃん。卓球は2人で行ってきてくれ。
「楽しんできてください、虎二さん」
「ああ、そっちもな」
俺はヒデちゃん達と別れて、先生と共に屋上階へ登る。
そこもかなり広いフロアで、案内板にはスカイデッキとか、摩天楼レストランとかもある様子だった。その中で、トレーニング室と書かれた区画が、確かに存在した。
「良く知っていましたね、先生」
「おうっ。ホームページに載ってたからな」
なるほど。先生方も、宿泊学習を楽しんでいるみたいだ。彼らには多大な労力を割いてもらっているから、少しでも気晴らしが出来るなら喜ばしい。
と言う事で、早速部屋に入ってみると、なかなかに綺麗な所だった。置かれている機器も新品みたいに輝いていたし、床や壁も傷一つない。よく手入れされているのが分かる。
その割には、利用者が少ない。夕食時だからかもしれないが、今はエアロバイクに乗るマダムくらいしか居ない。
「悪いんだが、黒沢。ちょっとサポートしてくれるか?」
「ええ。良いですよ。ベンチプレスですか?」
「ああ。その様子だと、やった事がありそうだな」
「はい。お任せ下さい」
雨田先生が重そうなバーベルを上げ下げする横で、俺は何時でも手を出せる様に待機する。
限界になったら、すぐ介助せねば。
そう思って、待機していると…。
「あっ、虎ちゃーん!」
元気に俺の名を呼ぶ声が。
見ると、ジュンさんが手を振ってこちらへと歩いてきていた。
俺も大きく、手を振り返す。
「ジュンさん!こんな所に、どうしたんだい?」
「虎ちゃんなら、ここに居るかも?って思ってさ」
なんと。俺に会いに来てくれたのか。
俺は凄く嬉しかった。態々来てくれた事もそうだし、俺の行動を理解してくれている事も。
あまりに嬉しかったから、つい、先生の事を忘れてしまった。
だから、
「ぐぉおお!ぐ、ぐろざわぁあ!」
うぉっ!やっべ!先生が死にそう!
「済みません!先生!」
真っ赤な顔で踏ん張る先生から、俺は慌ててバーベルを受け取る。
危なかった。あとちょっとで、殆ど首無し雨田になる所だった。
「はぁ、はぁ…ああ、式部も来たのか。道理で…」
先生が器具から立ち上がり、意味深な視線を向けてくる。
ええ、そうです。彼女に見蕩れていました。済みません。
「虎ちゃん。その先生がやってるのは何?」
「これかい?これはベンチプレスって言って、大胸筋…胸の筋肉を鍛える器具だよ」
俺は先生と入れ替わりでバーベルを上げようとして…重過ぎるので一旦ストップ。重りを幾つか取り外して再スタートした。
「こんな風に、上下させて、鍛えるんだ!」
「えぇ、すごっ。カッコイイ!」
「凄く、ないさ」
俺より、20kgも重いのでやってた先生の方が余程凄い。
俺が少々落ち込みながらバーベルを置くと、ジュンさんがキラキラした目でそれを見る。
「あたしも出来るかな?」
「えっ?ああ、まぁ、重さを調整したらイケると思うけど…」
「やって、やって!」
本当にやるのか?大丈夫?
ちょっと怖くなった俺は、重りを殆ど外してしまう。
それでも、全体重量は30kgはある。もしも顔に落ちたりしたら大変だ。
俺はバーから手を離さず彼女に渡し、すぐ側で彼女を見守る。ちょっとでも怪しかったら、すぐにサポートする為に。
でも、
「うっ、こう?結構、キツいね。これ」
そう言いながらも、何度かバーベルを上下させるジュンさん。
彼女が息を吐き出す度、ドキドキしてしまう。
「大丈夫?ジュンさん。キツくなる前に、止めた方が良いよ?」
「うん。あと、ちょっと、だけ」
何度かバーベルを上下させると、ゆっくりバーを戻すジュンさん。
無事に終わった事に、俺は自然と息を吐き出していた。
それを、ジュンさんが笑う。
「もう、虎ちゃんったら。相変わらず過保護だね」
「済まん。どうも、君が怪我するかもと思ってしまって…」
「あははっ。謝らなくて良いって。あたし、そんな虎ちゃんの優しさが…その、嬉しいから、さ」
「ジュンさん…ありがとう」
照れながら伝えてくれるジュンさん。俺も自然と恥ずかしくなる。
でもな、ジュンさん。そうやって、人の思いに気付いてくれる君の優しさこそ、俺は尊いと思うよ。
「なんだ、お前ら。そう言う関係か」
うぉっと。先生が居たのを忘れてた。
「ええっと、先生。これはですねぇ…」
「違くて!先生、あたし達はただ…」
「ああ、別に、咎めるつもりはない」
言い淀む俺達に、先生は軽く手を振る。そして、小さく微笑む。
「ただ、お前ら随分と変わったな」
「えっ?虎ちゃんだけじゃなくて、あたしも?」
「ああ。式部も随分と明るくなった。1年の時のお前は、こうやって眉間に皺を寄らせていたからな」
「ええ~。やだ先生」
先生の過剰な顔真似に、ジュンさんが慌ててオデコを押さえる。
そんな姿に、俺も先生も笑ってしまった。
笑い終わった先生が、俺達を交互に見る。
「まぁ、お互いにプラスの影響があるのは良い事だが…旅行だからと言って、羽目を外し過ぎるなよ?俺は生徒指導の立場もあるからな」
「しっ、しませんよ!多分…」
えっ?多分ってどういうこと?
赤面するジュンさんを、俺は驚いて見返してしまった。
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