73話〜私達も一緒に良い?〜
「おら、お前ら。クラス毎に並べ!学級委員!音頭取れ!」
雨田先生が声を上げ、それに従って学級委員の皆さんが慌ただしく走り出す。
京都駅に着いた生徒達は、新幹線の中と同じくらいにハイテンションだったからだ。
「はいっ!2組はここに集まって!」
その委員の中には、元気になったノゾミさんの姿もあった。
荷物も自分で持ててるみたいだし、もう大丈夫そうだ。
これは、俺も何か手伝った方が良いかと考えていると、武井先生が近付いてきた。
「ミスタータイガー。君にお客さんだ」
「お客人?」
誰だろうかと考えながら、俺は恰幅のいい先生の後ろをついて行く。すると、1人のスレンダーな女性が立っていた。スーツに付けられた名札には〈尾崎〉と書かれている。
あっ、ツアープランナーの人だ。
「尾崎さん!お世話になっております。お電話差し上げた黒沢です」
「えっ?」
俺が走って近付くと、彼女は驚いた表情を見せた。
うん?何か?
「あっ、失礼しました。まさか、担当者様が学生様だったとは…」
うん?言ってなかったか?
…あっ。言ってなかったかも。確かあの時は「四葉学園の者」としか肩書きを名乗っていない。
「これは失礼をしました。改めまして、私が四葉学園2年次の黒沢と申します。尾崎さんには大変お世話になりまして…」
「えぇ?…あっ、いいえ。こちらこそ、しっかりとしたプランをお作り頂きましたので、見積もりもスムーズに取ることが出来まして…」
「いえいえ。我々も、素敵な宿を取って頂きましたし…」
お互いに、ペコペコと頭を下げる俺と尾崎さん。
これでは話が進まんな。
俺は頭を上げ、懐から手帳を取り出す。そして、そこに挟んでいた名刺を1枚差し出す。
「改めまして、黒沢虎二と申します」
この名刺は、父がくれた俺専用の物だ。三方議員から苦言があったらしく、あのパーティーの翌々日には家に届いていた。
「あっ、えっと。ご丁寧にありがとうございます。日本ツアーバンクの尾崎です」
彼女も慌てて名刺を出し、交換する。
ふむふむ。かなり若い感じに見えるが、チーフの肩書きがあるぞ。そんな人が、俺達を出迎えてくれたのか?
気になった俺が聞いてみると、彼女は小さく首を振った。
「皆様の旅に、私も同行させて頂こうと思いまして。これほど多くの学生様をご対応させて頂くのは初めてですし、何より、初めてのルートでしたので、色々とフィードバックさせて頂けたらと…」
「なるほど、そう言う事でしたか」
そんな仕事も、プランナーにはあるのか。大変だな。
「武井先生。よろしいでしょうか?」
すぐ後ろで立っていた先生に聞くと、彼は大きく頷いて、尾崎さんを見る。
「勿論、ご同行は構いません。ですが、見ての通りうちの学生は少々やんちゃな奴が多い。あまり近付き過ぎない様にお気を付けを」
「そんな、ご謙遜を。黒沢さんの様な素晴らしい生徒さん、今まで出会った事がありませんよ」
「この子は特別です。なぁ?ミスタータイガー」
「先生。それを俺がどうこう言えません」
俺の頭をガシガシ撫でる先生に、俺は肩を竦める。それを見た尾崎さんは、口を隠して笑う。
何はともあれ、ツアープランナーまで仲間に出来たのは大きい。
冬には修学旅行もあるからね。ここでコネを作れば、その時に生きてくる筈だ。
こうして、尾崎さんと挨拶を終え、俺は皆の所に戻る。すると、成田君と中野君に捕まった。
なんですの?
「誰だよ、黒沢。あの綺麗な姉ちゃんは」
「教えろ下さい」
「なんでお前はそう、手がはえぇんだよ」
「下手な事言うな、お前ら」
ほら、お前らのせいで、驚いたノゾミさんが凄い目でこっち見てるだろ。
俺は簡単に、尾崎さんの事を教える。すると、2人の目が変わる。
「マジかよ、すげぇ」
「黒沢お前、会社と交渉までやってたのかよ」
「名刺交換って、ドラマでしか見た事ない」
「見せてくれ、その名刺」
中野君に尾崎さんの名刺を渡すと「おぉ…」と恭しく掲げる。
そんなの、社会に出れば幾らでも交換する機会があるぞ?
「はいっ、みんな!出発するよ!」
男子達とワイワイやってると、ノゾミさん達が声を上げて先導する。
そうだ。今日はかなりタイトなスケジュールを組んでいる。あまり雑談している時間はないぞ。
俺も彼女に協力し、野郎どもを並ばさて先に進ませる。
「虎二君」
そうしていると、ノゾミさんがすぐ側まで寄ってきた。
何かな?また酔った訳じゃないよね?
心配する俺に、ノゾミさんは手のひらを上にして見上げてくる。
「私にも、貴方の名刺ちょうだい」
「うん?俺ので良いのかい?」
「君のが良いの」
良いのか?名前と学校名しか入ってない紙切れだぞ?
そう思いながらも1枚渡すと、ノゾミさんは嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ。ありがとう。大切にするね」
別に、大切にする価値は無いと思うのだが…。
まぁ、喜んでくれるのは嬉しいが。
「うぉお!めっちゃ綺麗な公園だな!」
「あっちに寺みたいのもあるよ!」
「流石は京都だぜ!」
駅からバスで数分揺られた後、我々は大きな公園に到着していた。
観光地としても有名な場所で、キレイに整備されているのは勿論の事、歴史的価値の高い建造物も多数存在するここは、最初に訪れるには最適とも言える施設であった。
とは言え、そろそろお昼の時間。
歴史的建造物の観光は置いておいて、先ずは昼食会場へと移動してもらう。
「はいっ!みんな!お弁当を受け取ったら班ごとに集まって食べてね!」
「遠くに行くんじゃないぞ!この広場の中で食べるんだ!」
生徒達は用意されたお弁当を受け取って、芝生の上やベンチに腰掛けて昼食を摂る。
雨天の場合にはそこのホールも用意していたのだが、今日は快晴なので外で食べてもらう事にした。
勿論、希望があればホールも使えるので、一部の生徒はそっちに行ってもらっている。
日差しが苦手な子や、イスとテーブルが欲しい子もいるからね。ホールでも外の様子は見られるから、女の子の中にはそっちに行く子も少なくない。
「おい、黒沢。弁当食わねぇのかよ?」
「うん?ああ、いや。食べるよ」
ついつい周りの反応が気になって、俺は手元が疎かになっていた。
老舗有名店のお弁当を頼んだが、皆の口に合うのか心配であった。もっとこう、ジャンクな食事が良かったとか言われないかと見ていたのだが…。
「うわっ、これめっちゃ美味いな!」
「弁当だから期待してなかったけど、こいつは外食より良かったんじゃね?」
俺の目の前の奴らには好評の様だった。
周囲から聞こえる声も、「美味しい」という声が圧倒的に多い。普段口にしない料理や素材だから、余計に新鮮さを感じてくれたいだ。
良かった。
「ねぇ、ねぇ、私達も一緒に良い?」
そうして舌鼓を打っていると、クラスの女子達が近づいて来た。
それに男子達は、驚きで固まってしまい「あ、ああ」と微妙な頷きしか返せないでいた。
おいおい。折角のチャンスだろう。
俺は席を立って、空いたベンチを手で指す。
「勿論だよ。ささ、ここに座ってくれ。俺達はカバンの上に座るから」
そう言って俺が席を譲ると、それを真似て男子達も動き出す。「どうぞ、どうぞ」と女子達をエスコートし始める。
うむ。それだ、それ。良い動きだぞ、永井君に木下君。
「ありがとう!」
「ねぇ、ねぇ。何の話してたの?盛り上がってたじゃん」
「えっ?ああ、弁当が上手いなって話でさ」
「へぇ。そうなんだ。私達も食べてみよ」
イイ感じで会話が始まる。
最初は何処か硬かったラリーだが、昼食が進むにつれて男女の垣根も徐々に低くなっていく。
「この白身のお魚が美味しいよね。何の魚なんだろ?」
「鮭じゃね?めっちゃ油乗ってるし」
「馬鹿か、成田。鮭は赤身だろ」
「知ってらァ!でも俺、美味い魚は鮭くらい知らねぇし!」
「鯖とか、鱈とか、鱸とか、上げれば幾らでもあるぞ?」
「うっせぇ。言われりゃ分かるんだよ。でも、咄嗟に出てこないんだよ!」
「あはは!ウケる。成田君、超おバカ」
「バカ言うな!」
ふむふむ。なかなかいい感じだな。
今までセイジにしか興味が行かなかった女子達が、少しずつ他の男子にも視線が行くようになっていた。
これは…セイジの魅了が弱まっている?それとも、この旅行の解放感が良い感じに作用している?
分からないが、これはチャンスだ。本来の流れるべき交流が始まっている。これぞ、正常な青春と言う奴だろう。
「ねぇ、ねぇ、黒沢君は分かる?このお魚の正体」
「うん?こいつかい?こいつは鰆の西京焼きだよ」
「なんだよ、黒沢。その強そうな名前の焼き方は」
「成田君、最強じゃなくて西京な?京都の伝統的な白味噌を使った料理だよ」
そう解説すると、みんなは「へぇ…」と口を開ける。
女子達の目が輝く。
「黒沢君、めっちゃ詳しいんだね」
「流石は、期末テスト学年30位の秀才」
おっと。勘違いさせてしまった。
「違う、違う。別に頭の出来は関係ないんだ。これは事前に調べていた事で、知っていて当然な事だからね」
「調べた?なんで?」
「宿泊学習の予習もしていたの?」
「まぁ」
そんな所だと頷こうとしたら、木下君が「まさか」とそれを止める。
「この弁当を手配したのも、お前なのか?」
「あっ、なーる。だから、俺達が食ってるところ気にしてたのか」
うっ…いい感してるな、バレーコンビ。
「そうか。こいつも黒沢の仕業だったのか」
「まだ何か隠してるんじゃないか?サプライズ的な何かとか」
そんな期待されても、特別な事はしていないぞ。
ああ、でも。
「ホテルは良いところを取ってくれたみたいだから、期待して良いぞ?」
「おっ、マジか!」
「やった!それが1番心配だったのよ」
「温泉入って、卓球したいぜ!」
さて、そのレクリエーションンがあるかは分からんが、あまりうるさくはしないでくれよ?来年から出禁になったら大変だからな。
「ねぇ、黒沢君。地主神社は行かないの?」
「うん?じぬし?」
ジュンさんの行きたいリストには入ってなかった場所だな。
俺も聞いた覚えがないけれど…。
「何か有名な神社なのかい?」
「んふふ。それは…ねぇ?」
「ねぇ?」
女子達は顔を見合せてクスクス笑う。
何だか意味深で、あまり深く突っ込みたくないが…。
「場所にも寄るけど、ルートから遠かったら2日目の自由行動時間に行くのも有りだと思うよ」
「やっぱそうなるよねぇ~」
「黒沢君は、もう2日目に誰かと行くか決めてるでしょ?」
むっ。有無を言わさない聞き方だな。もしかして、女子達の間では、俺達3人で行動することが情報共有されているのか?
「ああ、明日は”3人”で動くつもりだよ」
俺が曖昧な言い方をすると、成田君は「男3人とは、シケてるなぁ」と小突いて来た。
きっと、その2人はヒデちゃん達だと勘違いしているのだろう。いつもの俺を見ていれば、そうなるのは当たり前。
でも、女子達は「やっぱりね」と、また意味深な顔でこちらを見た。
その目、やはり何か知ってるのか?
「そっかぁ…。じゃあ私達は誰と一緒に行こうかなぁ」
「木下君、一緒に回る?」
「えっ!お、俺で良いのか?」
「成田君も一緒にどう?」
「俺も良いのか!?やったぁ!」
おっ。木下グループが、女子グループと合流し始めたぞ?
いや、木下グループだけじゃないな。
「永井君達は、清水寺とか行く予定ある?」
「俺と中野は…まぁ、そこも寄るつもりでいるよ」
「じゃあさ、あたし達と一緒に行かない?」
「ああ、俺は構わないけど…中野はどうだ?」
「おう!行こうぜ、永井!女子と一緒なんて、楽しみじゃねえか!」
向こうの方でも、明日の話で持ち切りだ。やはり宿泊学習という非日常の空気が、みんなを大胆にしているみたいだ。
いい流れ…いや、これが本来の流れなのかもしれないな。
「あ、あの…虎二さん…」
突然始まったラブストーリーに、俺が後方仕掛け人の面で腕組みをしていると、ヒデちゃんが恐る恐る近づいて来た。
うん?どうしたんだ?そんな改まって。
「あの、明日なんすけど…あっしはちょっと、予定が入ってまして…」
「ああ。エリさんとだろ?行って来いよ」
「へぇっ?でも、虎二さん、あっしらと3人で回るって…」
ああ、さっき成田君が言ってたのを、真に受けちまったのか。
俺が無言でニヤリと笑うと、ヒデちゃんも合点が行った顔をして、同じ様にニヤリと笑う。
「あっ、そう言う事でやすね?虎二さん、やりますねぇ」
「お主ものぉ」
ヒデちゃんも、なかなか隅に置けない。
ああ、でも。
「歓楽街には行くなよ?特に、ホテルとか」
「行きませんよ!何しに行くと思ってるんですか!」
この流れだからね。一応、言っただけだよ。
俺は盛り上がるクラスメイト達を見て、この旅の成功を予感した。
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