71話~誰と一緒に回るつもり?~
「さぁ、行くわよ」
意気揚々と言い放つノゾミさんは、左手で我々の行く道を示し、反対の手で俺の手を引っ張る。
「最初はどこ行くぅ?」
そう聞くジュンさんも、俺の反対の手を引っ張る。
俺は2人に手を引かれ、まるで迷子の様になっていた。
いや、迷子と言うより孫に介護されるお爺ちゃんか。老けが加速してやがる。
恥ずかしいのだが、俺に拒否権は無い。今日は私達に任せなさいと言われてしまい、一切の自由を奪われているからだ。
これも、父との会議内容を正確に伝えなかった俺の過ちだ。
彼女達は、俺を労うつもりみたいだけどさ。
「先ずは…そうね。作戦を練る為にも、一度休憩しましょ」
「良いね。甘いもの食べて、脳みそ回復させたいな」
「テストお疲れ様会って事ね」
2人はキャッキャと笑いながら、モール内を散策する。
その間に立たされる俺は…気が気ではない。周囲の視線が、痛いほど突き刺さって来るからだ。
美少女2人に手を引かれている俺を見て「こいつは何者だ!?」「何が起きている!?」「俺と代わってくれ」と言う無言の圧が伝わってくる。
イカンな。これでは。まるでセイジと同じ事をしているではないか。
恥ずかしいからと後ろ向きになってしまっては、まさにあいつと同じになってしまう。ここは、精一杯この状況を楽しまなければ。そして、彼女達をしっかりとエスコートするのだ。
俺は彼女達の前に出ようとする。
「では、あのお店はどうだろうか?ちょっと先に行って予約を取ってく…」
「はい。それは私がやるよ」
「虎ちゃんは今日、甘えるのがお仕事だよ〜」
前に出ようとしたら、引っ込まされてしまった。
ぐぬぬっ。
今日はダメだ。大人しくしておこう。
何も出来ない俺は、2人に連れられてカフェに入る。そのままソファー席に座らされて、両側を2人に固められる。
「はい、虎二君。口開けて」
「虎ちゃん。あーんだよ〜」
そして、ケーキが乗ったフォークを向けられている。
いわゆる、お口アーン攻撃である。
その攻撃力は凄まじく、カフェのお客さんは勿論の事、定員のお姉ちゃんまで俺をガン見して来る。
恥ずかしい。恥ずかしくて逃げ出したい。だが、囲まれてしまっている。今日の俺は、鳥籠の中のホトトギスなのだ。
鳴かぬなら、鳴かねばならない。ホーホケキョ。
「どうかしら?」
「うん。美味いよ、このシフォンケーキ」
「あたしのはどう?虎ちゃん」
「ビターなチョコが食べやすいね」
卒なく感想を言うと、ノゾミさんの顔がグッと近寄ってくる。
なっ、何かな?
「どう?虎二君。このプランは満足して貰えた?」
「ああ、勿論だよ」
俺は大きく頷く。
「君達に食べさせて貰えるなんて、幸せ過ぎて死んでしまいそうだよ」
主に感動と、羞恥心と、あと周囲からの痛々しい視線でだけど…。
「もうっ。虎ちゃんったら」
「正直者ね。可愛い」
気付いてくれと願って吐いた愚痴に、気付かぬ2人は嬉しそうな反応を返してくる。加えて、体をグッと近付けて来た。
いや、もう勘弁してくれ!
「俺ばかりじゃなく、2人も食べな?みんなで食べた方が美味いでしょ?」
「それもそうね」
「いただきマース!」
ふぅ。何とか解放された。
俺が一息着いてコーヒーを啜ると、ノゾミさんが真剣な顔になって「虎二君に聞きたいことがあるんだけど」と話を振って来た。
「宿泊学習の自由時間、誰と一緒に回るつもり?」
「あっ」
そう言えば、まだ自由時間については決めていなかった。クラス内での班編成や部屋割りなんかは、明日のホームルームで決める事になっている。
だが、2日目の自由行動は別だ。あれは誰と一緒でも構わないもの。だから、特に決める時間は設けられていない訳で…。
テストに全集中していて、そこを予約するのを忘れていた。可能なら、ジュンさんと一緒に回りたいと思っていたのだが…。
俺はつい、ジュンさんに視線を向けていた。すると、彼女の不安そうな視線とぶつかる。
今からでも視線だけで、ジュンさんに約束を取り付けることは出来ないだろうか?
俺は君と回りたい。君と回りたいんだ、ジュンさん。一緒に回ってはくれないだろうか?
「こら、私を無視しないの」
俺が必死にジュンさんを見詰めていると、その肩をグイッと引き戻される。ちょっと怒った風なノゾミさんに「どうなの?」と問われてしまう。
仕方がない。
「今のところは、誰とも予定はないよ」
「そうなんだ。じゃあ、私と一緒に回ってよ」
嬉しそうに微笑むノゾミさん。
うん。やはりそうなるよな。セイジの呪縛から逃れたい彼女なら、それを知っている俺に縋るのは必須。これを断る事なんて出来ないけど、でも、そうしたら奥手なジュンさんは…。
さて、どうしたものかと、俺が内心で葛藤していると、
「あ、あたしも!虎ちゃんと回りたい!」
「…っ!」
なんと、ジュンさんから申し出てくれた。いつもなら、誰かに譲ってしまうだろう彼女が、今日は随分と前に出て来てくれた。
俺は嬉しくて、彼女に振り返ろうとする。
それを、ノゾミさんが止める。
「そう、じゃあ虎二君。私とジュン、どっちの手を取ってくれるの?」
彼女は凄く真剣な顔で、俺を見上げる。でもその目は、不安で小さく揺れていた。
私を見捨てないで…。
そんな風にも思える光。
ああ、見捨てるつもりはない。俺はハーレムメンバー全員を救い出すと決めたからな。
だが、それがこのタイミングとは限らない。俺はジュンさんを第一に考えると決めている。だから、今回のイベントは…。
「分かった。俺はj…」
「待って」
突然、ノゾミさんが俺の言葉を止める。
答えを急いたのは君なのに…。
「よく考えたら、選ぶ必要なんてなかったわ。自由行動は人数制限がある訳じゃないんだから、この3人で動きましょ?」
「えっ、ノゾミはそれで良いの?」
「ええ、構わないわ。だって、折角の旅行なんだし、その方が楽しいでしょ?どうかしら、虎二君」
ちょっと硬い笑みで同意を求めて来るノゾミさん。
うん。俺もそれには賛成しよう。ジュンさんとの2人旅は、また何処かで考えればいいだろうし。俺のワガママで、ノゾミさんに辛い思いをさせるのは違うだろうから。
でも、一つ問題がある。それは…。
「ありがとう。だが、上郷君はどうするんだ?」
「…どうでもいいでしょ?今はあいつの事なんて」
「そうかな?結構重要な事だと思うよ?」
冷たい言い方になったノゾミさんを、俺は慌てて宥める。
もしも2人が俺と一緒に行動してくれたとして、そうしたらセイジは1人になってしまう。今回の宿泊学習は2年次の学年行事。ナツ先輩もコハルちゃんも居ないのだ。
そんな中で、ノゾミさんまで彼の傍を離れれば、セイジは確実に孤立する。そうなれば、奴はノゾミさんを、そしてジュンさんを追いかけて来るだろう。
もしもその先で、俺達が一緒に居るところを見られたりしたら、セイジの心が大きく揺れて、より強力な魅了を発動させるかもしれない。
…コハルちゃんの言葉を信じれば、だけどね。
「どうだろうか?」
「それは…有り得そうね。あいつ絶対、私と回るのは当然の事だと思ってるだろうし、きっとジュンも一緒に連れていこうって考えているわ」
「えっ?あたしも?」
「ええ、そうよ。あいつ最近、この旅でジュンとの仲を戻そうとしている風だったもの」
「ええ…」
ジュンさんが困った顔をしている。きっと、今の俺も同じ表情だろう。またセイジの毒牙がジュンさんに向くと考えるだけで、奴に対して怒りを覚えてしまう。
イカンな。冷静に対策を練らねば。
「上郷君を何かに熱中させて、その間に抜け出すか?」
「ダメよ。あいつが熱中出来るものなんて、ゲームくらいだもの」
ふむ。それも悲しい事だ。
「じゃあ、ホテルでゲームさせとく?」
「ジュン。それは先生が許さないわよ。風邪でもないのに、外に出ないのはNGだから。…いっそ、風邪を引かせる?」
怖いこと言うなぁ、ノゾミさんは。
「あっ」
俺がノゾミさんを落ち着かせていると、ジュンさんが明るい声を上げた。
そして、
「もしも2人が許してくれたらなんだけど、あたしに良い考えがあるんだ」
…ほぉ?どんな?
「どうかな?」
「良いんじゃない?遠目じゃ絶対、ジュンに見えないわ」
「やった!」
所変わって、我々はアパレルショップに来ていた。そこで、色々な服や帽子を試着していた。
「どうかな?虎ちゃん」
「大人っぽくて、凄く魅力的だよ」
「ええっ、ホント?嬉しい!これにする!」
「むっ。私も着てくるわ」
2人が試着室に戻ってしまったので、俺は少しの間1人の時間で考える。
変装してしまえば、セイジは気が付かないと思う。
そう提案するジュンさんに従って、彼女達は服装を組み合わせて、普段のイメージから遠のこうとしていた。
確かに、ジュンさんの服装は今までと大きく違ったが…果たしてこれだけで、セイジを騙せるのだろうか?あいつは長い時間、彼女達と共にしているから、色んな服装を見ているだろうし。
服装だけでなく、もっと大胆に変装するか?でも、あまりに仮装してしまうと、今度は周りから目立つし、彼女達の魅力も半減してしまう。
どうすれば…。
「じゃーん!どうかしら?」
考え込んでいたら、ノゾミさんがカーテンをバッと開けた。そして、そこに居た彼女を見て…。
「うん?うぉっ!」
俺は褒めるより先に驚きの声を上げてしまった。そこに居たのは、何時もの真面目なノゾミさんからかけ離れていたから。
ピンクのフード付きパーカーに、短いスカート。そしてシルバーや金のアクセサリーをジャラジャラと着けた彼女は、何処からどう見ても不良娘に見える。
「ねぇ?虎二君。どう?」
「あっ」
おっと。あまりの変化につい彼女を見詰めてしまった。
「ああ。何時ものノゾミさんとは正反対で、何だか不思議な気持ちだ。新たな君の一面と言うか、新たな魅力に気付かされた気がする」
「本当?うふふ。ありがとう」
嬉しそうな笑みを浮かべたノゾミさんは、明るい様子で試着室に戻る。そして、2人ともが元の姿で出てくると、今度は俺が試着室へと押し込まれる。
うん?俺もやるの?
「当たり前でしょ?」
「虎ちゃんがそのままだったら、あたし達も浮いちゃうし」
「鈍いあいつでも、気付くかもしれないわ。貴方が女性を2人も連れていたらね」
なるほどね。確かにそれは有り得そうだ。
と言うことで、俺も試着室に入るんだけど…用意されていたのは着物風の和服と下駄。それが置かれていたから着てみたけれど…これで本当に良いのか?
「わぁ!虎ちゃんカッコイイ!」
「とっても似合っているわ、虎二君」
試着室から出てみると、好評を頂いた。
「そ、そうかい?」
調子に乗った俺は、その場でくるりと回ってみる。
うん。なんかしっくりくる感じだ。何処か懐かしい気もする。
そうして調子に乗っていると、ノゾミさんがフラフラと近寄ってきた。そして、俺の袖をギュッと掴む。
「本当に格好良い。私、好きよ」
「ふぁっ!?」
好きって…一瞬、俺自身に言ってるかと思って驚いてしまった。
服の事ね?言い回しが微妙で、勘違いしそうになったよ。
「ちょっとノゾミ!何言ってんのよ!」
「何って、ただ正直な私の気持ちよ?」
「そう言う事じゃなくてぇ〜」
焦った気持ちを落ち着けていると、2人が言い合いを始めてしまった。
こいつは不味い。
「あいや待たれい!お2人さん」
俺は歌舞伎役者の真似をして、2人の間に入る。睨みを効かせて、2人に釘を刺す。
刺した、と思ったんだけど。
「虎ちゃん。あたしもすっ…好きだよ?」
「こらジュン。私の真似しないで」
「あたしも本心だもん」
刺さるどころか、攪拌してしまった。
俺の袖を掴みあって、言い合いする2人。
「なら、私の方が好きよ。ジュンの何倍もね」
「あたしはそれ以上だもん!」
「なら私は…」
「うぉおい!もう、やめてくれぇ!」
マジで勘違いしそうになるし、服が伸びそうだし…何より、周りの視線がヤバいんだ。奥さん達の目がランランしてて、昼ドラ見てる目なんよ。
違います、皆さん!これはそう言う修羅場ではございません!服の事を言い合っているだけなんです!
何も違わないんですけどね。
「ドロドロな昼ドラの真っ最中だ。奥方が目を光らせるのも、致し方ないことである」




