69話~本当にあの子で良いの?~
「なんだよ、コハル。クレーンゲームしないのかよ?」
「欲しかった縫いぐるみ、無かった」
「んなの、買えば良いだろ?」
俺の背後で、そんな会話が聞こえる。
チラリと見かけた時は確信が持てなかったが、ここまでハッキリと聞こえたら間違いない。セイジとハーレムメンバーだ。
「セイジ君。ああいった物は、非売品であることが多いのだぞ?」
「マジかよ、ナツ先輩」
奴らの声が、ジワジワとこちらに近付いてきている。だが、もうここから離れる事は出来ない。下手に動いて顔でも見られれば、直ぐにバレる危険な距離だからだ。
俺もジュンさんも、かなりオシャレしているからな。あの朴念仁のセイジだろうと、デートであるのは一目瞭然だろう。
「ジュンさん」
だから俺は、顔をなるべくジュンさんに近付けて、そうならない様にガードする。こうしたら、非常識なカップルがイチャついているとでも思ってくれるかと思って。
「虎、ちゃん…」
ジュンさんもそれに乗ってくれる。目を閉じて、キスをするようなポーズで止まる。俺とジュンさんの唇が、少し動けば触れそうな距離まで急接近する。傍から見れば、キスをしているように見えるだろう。
そんな俺達の作戦が、功を奏した。
「ねー、見てー。あれ、何してるのー?」
「むっ、このようなところでハレンチな…見てはならんぞ?コハル」
「わー。まっくらー」
コハルちゃんは理解できなかったみたいだが、ナツ会長は明らかに動揺した声を出していた。
屋上で見かけた時は積極的に見えた彼女だったが…思ったよりも初心なのかもしれん。
「うっ…お、おい、みんな。早く映画に行こうぜっ」
そして何故か、セイジまで焦った様子の声を上げた。
うん?散々彼女達と遊び惚けていたお前が、なんでこれくらいで動揺しているんだ?
少々理解に苦しむ奴の心情。だが、俺の思惑通りに動いてくれているのは喜ばしい事。
そうだ、早く何処かに行ってくれ。
「……」
そう、心の中で念じていると、背中に強烈な視線が突き刺さった。
まるで質量を持ったかと思うくらい、強力な視線。
殺気とも呼べるくらい、強烈な感情。
これは…。
「おい、ノゾミ。あんなの睨みつけてないで、早く行くぞ」
「行きたかったら勝手に行って。私、ここに残るから」
うぉおお!やべぇ。気付かれたのか?いや、もしそうなら、ノゾミさんの事だから突っ込んできそうな物。そうしないってことは、まだ俺達だっていう確証を持てていない筈。
…まだ辛うじてって段階かも知れんが。
「何言ってんだよ、ノゾミ。あ、あんなの全然、羨ましい事なんかじゃないぞ?みんなでワイワイやってる方が、何倍も楽しいに決まってる。そうだ!映画観終わったらカラオケ行こうぜ?お前、カラオケ行きたがってただろ?」
「何時の話よ、それ」
セイジが必死にノゾミさんを引っ張っていこうとしている雰囲気を感じ、それと共に俺の背に突き刺さるノゾミさんの視線も、少しずつ弱まっていくのを感じた。
頑張れ、セイジ。お前のヘタレを応援する日が来るとは思わなかったが、今は例外だ。全力で応援するぞ!
「ノゾミ君。そうやって無作法に人を見るのは、どうかと思うぞ?」
「…分かりました」
ナツ先輩の一言で、ノゾミさんの視線が外れたのが分かった。そして、彼らの話し声もまた、徐々に遠ざかっていくのを感じる。
…行ったか。
俺は構えを解いて、後ろを振り返る。周囲に彼らの姿はなく、視線も一切感じなかった。
なんとか、やり過ごせたみたいだ。
俺は安堵して、ジュンさんを振り返った。
でもそこには、目を瞑ってジッとこちらへ顔を上げ続ける彼女の姿があった。薄い桃色のリップで彩られた唇が、小さくこちらへ差し出されている。緊張気味に固まった頬が、可愛らしい朱色に染まっている。
こ、これは…キス待ちという奴ではないか?ジュンさんは俺に、そう言う感情を抱いているのではないか?
ど、ど、ど、どうする!?この状況。俺は…どうしたらいいのだ?
迷っていると、俺の頭の中で勝手に会議が始まる。
(これは、最大のチャンスじゃないか?)
(据え膳食わぬは男の恥である)
(そうだ。覚悟を決めた彼女の為にも、ここは思い切って出るべきだぜ!)
(やるのだぞ。今、ここで!)
会議参加者の天使と悪魔っぽい奴らがタッグを組んで、行け、押せ、やったれと、ギャーギャー騒いでいる。
いや待てちょっと、冷静になれ。こんなゲーセンの端っこの、ムードもへったくれも無いところで初キスは味気ない。
そもそも、俺はまだジュンさんと付き合っていない。それで唇を奪うのは違うだろ。
「ジュンさん。行ったみたいだよ」
俺は涙を呑んで、彼女に声を掛ける。するとジュンさんは「えっ?」とキョトンとした顔をこちらに向け、次いで顔を真っ赤にした。
「あっ、あたし、なに考えて…」
「えっ?」
何か別の事を考えていたのか?
「ううん!何でもない!」
彼女は慌てて首を振る。
う~ん。もしかして、何か考え事をしていたのだろうか?キス待ちかと思ったけど、俺の勘違いだったのか?
もしそうだとしたら…あっぶねぇ!天使と悪魔を信じなくて良かったぁ。
赤くなった顔をパタパタするジュンさんを眺めながら、俺も心の中で冷や汗を拭く。
ちょっと最近、頭の中が楽観的になり過ぎていた。もう少し冷静になって考えねば。
先ずは…そうだな。
「ジュンさん。今回は上手くいったが、また彼らに鉢合わせする可能性がある。残念だが、昼食はモールの外で摂ることにしよう」
モール内で良さそうなお店をピックアップしていたが、致し方ない。セイジ達が映画を見ている間に、一刻も早くこの場所から退避しなければ。
「あっ、それならさ。あたしの家でお昼にしようよ」
「良いのかい?急にお邪魔したら、お母さんの負担になるんじゃ?」
「大丈夫だよ。元々午後は勉強会のつもりだったから、ママも『お掃除しなきゃ…』って言ってたし」
それって、大丈夫なのか?
心配だったけど、ジュンさんが電話で確認してもらったところ、OKが出た。
「では、お昼は何処かで買って帰るか。そういや、テイクアウト出来る店もいくつかあったな…」
「じゃあ、そこにしよう!」
と言う事で、我々はモールでお昼を買って帰り、ジュンさんの家へと移動した。
自家用車で来ていた時には分からなかったが、ジュンさんの家はバス停から少し距離があった。
「ジュンさんはいつも、どうやって通学しているんだい?」
「バス停までは、自転車が多いかな?偶にママが送って行ってくれたりするけど」
「えっ?じゃあ、俺が車で送った日は、自転車も駐輪場に置きっぱなしにしちゃってたってことか…」
それで、次の日は強制的に歩きでバス停まで?
やっちまったな。
俺が後悔していると、ジュンさんは「大丈夫だよ」と笑ってくれる。
「あたし歩くのも速いし、お散歩みたいで楽しいからさ」
そうかい?そう言ってくれると助かるけど…。
ニコッと笑う彼女を見ていると、とても力強さを感じる。彼女の新たな魅力に気付けたみたいだ。
「ただいまー!」
「おっ、おかえりなさい」
元気に帰宅を告げるジュンさんに対し、帰って来たのは硬い挨拶。
リビングに行くと、ジュンママさんが緊張した面持ちで我々を出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、黒沢く…さん。どうぞ、そちらでおくつろぎを…」
「随分と緊張されていますね、お母さん」
緊張と言うか、物凄い身構えている。
お化粧もばっちりだし、来ている服も余所行き風の高価なブラウスにパンツである。その様子に、ジュンさんも「何処か行くの?」と困惑気味だ。
ふむ。前回の訪問で、俺が黒沢グループの御曹司と認識した故の事だろう。
で、あれば…。
「そんなお母さんに、お土産を買ってきたんですよ。ねぇ?ジュンさん」
「ジャジャーン!カンタッキーのフライドチキンと、フォーティーワンのアイスクリームだよ!」
「おっと、やべぇ。ジュンさん。ドライアイスが切れかかってるから、早くアイスを冷凍庫に入れないと」
「あぁ~。ドライアイスで遊びたかったのに~…」
「大丈夫だ、ジュンさん。小粒だけど、ちょっと残ってるからまだ出来るよ。水入れる桶か何か持ってきて」
「ママ!お風呂の使って良い?」
「えっ?ええ、良いわよ」
ジュンさんがドタバタしていると、それに釣られてお母さんも慌ただしく準備をする。
そして、そのままお昼に突入した。
「だからあたしが、タグを狙った方が良いよ?ってアドバイスをしたんだけど、たったそれだけで虎ちゃんが取ってくれたんだよ」
お昼を取りながら、ジュンさんが今日の出来事を報告する。それに、俺も軽く手を振って参加する。
「いやいや。あれはジュンさんのアドバイスが的確だったからだよ。そうでなかったら、あと何枚の百円玉が吞まれたことか…」
「ふふっ。なんか、虎ちゃんが百円でヒーヒー言ってるの面白い」
「そりゃ言うさ。俺は結構、庶民的だからね」
「えー?あっ、でも。プールも市営のに行ってたもんね?」
「そうそう。その頃、舞花達はハワイだよ?」
「うわっ。それ聞くと庶民的だ」
「でしょ?」
そうして2人で笑い合っていると、緊張気味だったお母さんも徐々に笑顔を見せ始めた。
うん。やはりこうやって、俺達の流れに巻き込んでしまうのが一番だ。こんな笑い話をする男に、そんな緊張しても仕方ありませんよ?って分かってもらう。
「でもね。その後に、上郷君達に鉢合わせしそうになっ…あっ」
「えっ?どうしたのよ?ジュン。ちゃんと逃げきれたの?」
「ええっと、逃げ切れはしたんだけど…」
自分から振っておいて、顔を真っ赤にするジュンさん。どうしていいか分からず、手元のチキンに視線を落としている。
そうすると、話の続きが気になるお母さんは、俺に視線を向けて来る。
「どうなったの?虎二君」
「ええっと、ですね…」
俺が言い淀むと、お母さんは更に前のめりになって俺に迫って来る。そこに、先ほどまでの緊張は欠片もない。
くそぉ…。こうなるなら、最初の緊張を少しくらい残しておけばよかった。今更、金持ちバリアを張っても、もう内側に入られてるから意味がない。
「その、ジュンさんを隠す為に、こう、抱き合う形になりまして…」
「それって、壁ドンじゃない!うわぁ、大胆」
「す、済みません…」
「謝る必要ないわ。それで?そこで終わりじゃないんでしょ?壁ドンして、あごクイして?」
「してない!それは流石にしてませんよ、お母さん!」
「でも、キスしたんじゃない?」
「ぐっ…それは…してません、よ?」
「あら?随分と濁したわね。ホントはブチュッとしたんじゃないの?ほら、ほら。白状なさい」
「虎ちゃん、ごめん。あ、あたし、トイレ行ってくる!」
お母さんの猛攻に、何故かジュンさんが先に音を上げて、バタバタとリビングを出て行ってしまった。
それを見て、お母さんはクスクスと笑う。
でも、笑い終えると真剣な顔で俺を見た。
「ねぇ、虎二君。本当にあの子で良いの?」
何が良いのか?それは明白だ。
俺は大きく頷く。
「はい。勿論です」
「うん。君ならそう言ってくれると思ったわ。でも、貴方なら多くの子からアプローチされるんじゃない?家柄も良いし、貴方自身の性格も良い。きっと君なら、引く手数多だと思うわ。それでも…」
「それでも、ジュンさんには敵いませんよ」
俺はお母さんの言葉に、自分の想いを重ねていた。彼女を真っすぐに見詰めて、小さく笑う。
「彼女は…貴女の娘さんは素晴らしい人です。きっとそれは、数多の星の中でも一等星の様に輝いています。ですから、僕はジュンさんが良いのです」
「うっ…うぅ…」
お母さんが泣き出してしまった。しかも、俺の手を掴んで来るから、ハンカチも渡せない。
お母さんはそのまま、俺に頭を下げて来た。
「ジュンを、末永くよろしくお願いします…」
「いや、お母さん!それは早過ぎますよ!」
なんか、結婚を許してもらったみたいじゃないか。まだ付き合ってもないんですよ?
俺が慌てていると、リビングのドアが開いた。
「ごめーん、2人とも。もう話はおわっ…って、なんでママ、虎ちゃんの手握って泣いてるの!?」
ジュンさんが目を白黒させる。
さて、どう説明した物かと、俺も頭を悩ませた。




