68話〜うぉっしゃ、来たぞ!〜
「ジュンさん。映画の前に、ちょっとショッピングでもして行かない?」
俺が変な事を言ったから、ジュンさんが緊張してしまった。その緊張を解そうと、俺はモール内のテナントを見て回ることを提案した。
「う、うん。良いよ。虎ちゃん、何か欲しい物あるの?」
「いや、ただの冷やかしだ」
「あっ、悪いんだぁ~」
ジュンさんはそう言って、クスッと笑ってくれた。
よしよし。いつもの彼女に戻って来たぞ。
「では先ずは…そこのアクセサリーショップでも見てみようか?」
「虎ちゃん、アクセに興味あるの?」
「それ程ないけど…後学の為にね」
「んふふ。そう言うことにしとこっか」
嬉しそうに笑うジュンさん。
これは、彼女が好きそうだから選んだって事がバレていそうだな。
流石はジュンさんだ。
そうは気付きながらも、俺は構わず店内に入って、色とりどりの装飾品を眺める。
思った通り、ジュンさんは興味津々でそれらを手に取り、熱心な視線を送っていた。
「へぇ、凄い。こんな組み合わせもあるんだ…」
うん?組み合わせ?
なんか、俺と目線が違うな。これは…。
「もしかしてジュンさん、アクセ作りもするの?」
「えっとぉ…うん。ちょっとだけ、指輪とかの簡単なハンドメイドを偶に、ね」
「おおっ、凄いな」
なんと、ジュンさんは職人さんだったのか。道理で、作品を見る目が違う訳だ。
「キレー…」
その中でも、特に熱のこもった視線を送る品があった。月の形をしたネックレスで、俺でも素晴らしい品だと分かるレベル。
なので、俺はこっそりそれを購入し、店を出た所でジュンさんにプレゼントした。
「ジュンさん、これを受け取ってくれないだろうか?」
「ええっ!これ、さっきの奴じゃん。良いの?あたし、誕生日もまだだよ?」
「良いんだ。これは、今日の記念と思って受け取って欲しい」
「ありがとう!虎ちゃん」
戸惑いながらも、凄く嬉しそうに受け取ってくれるジュンさん。
そこまで良い反応を見せてくれると、俺も買って良かったと思える。
満足した俺を、ジュンさんが上目遣いで見上げる。
「こんなに良い物貰っちゃったら、何かお返しをしないとだね」
「もう充分に貰ったよ」
「えっ?」
不思議そうに見返してくるジュンさん。
ここで、「君の笑顔だ」なんてキザな言葉を吐いたら、引かれてしまうのだろうな。
だったら、
「では一つ、教えてくれないかな?」
「うん。良いよ。何を教えれば良いの?」
「君の誕生日を教えて欲しい」
俺がそう言うと、ジュンさんは頬をぷっくり膨らませる。
ええ?聞いちゃ不味かったか?
「もうっ、虎ちゃん。それじゃまた、あたしばっか得しちゃうじゃん」
「そんなことはない。それが今、俺が一番欲しい情報だからさ」
「もぉ~。それじゃ、虎ちゃんの誕生日を教えてくれたら、あたしのも教えてあげる」
ふむ。ジュンさんから何か貰えると、期待して良いのかな?
そんな風に、お互いの誕生日を教え合うと、ジュンさんが「ふふっ」と笑った。
何かな?
「結局、冷やかしにならかなったね?」
「おっと、忘れていたよ」
結局、お金を落とす良客になっていた。
「それだけ良いお店だったって事さ」
「虎ちゃんが優しいって事でもあるんじゃない?」
むっ。それは…どうだろうな?優しいと言うより、ジュンさんが相手だと甘くなってしまう俺の問題な気もする。
…惚れた弱みと言う奴か。
「あっ、そろそろ映画の時間じゃない?」
「うん?ああ、そうだね。もう行こうか」
「うん!行こ、行こ!」
だが、そのお陰でジュンさんが元気になった。それなら、弱くなるのも良い事だ。
俺は安堵して、ジュンさんと一緒に映画館へ向かうのだった。
〈◆〉
「なかなか、面白い映画だったな」
「う、うん。そうだね」
暗い映画館を出た所で、虎ちゃんがあたしに笑いかける。それを見て、あたしはつい、どもりながら答えてしまった。
本当に、凄く面白い映画だった。あたしも声を出して笑っちゃったし、感動して涙が落ちそうになった。
でも今は、そんな感情を全て上塗りするくらい、心臓がドキドキしている。終盤に結構ハラハラする場面になって、あたしはつい彼の手を握ってしまった。それに、彼はただ静かにその手を握り返してくれた。
もうその時点で、あたしの心臓は別の意味のドキドキが止まらなくなっていた。
でもそれは序の口だった。そのシーンが流れた直ぐ後で、主人公とヒロインがキスをするシーンになったのだ。
そんなの場面を、虎ちゃんと手をガッツリ繋いでいる状態で見たもんだから、もうあたしの頭の中は大変なことになった。
目の前で繰り広げられているピンク色の主人公とヒロインが、いつの間にか虎ちゃんとあたしに置き換わってしまい、あたしの頭の中で勝手に続きを上映し始めてしまったのだ。
そんな事を考えながら見ていたから、今でもその余韻が残ってしまっている。隣に立つ彼に視線が向けられない。
こんな事じゃダメだ。こんな態度を取ってたら、また虎ちゃんを心配させちゃう。あたしがバスで変な態度を取っちゃったから、彼はアクセサリーショップに寄ってくれたんだろうし…。
このままだと次は、彼が何を買い出すか分からない。最悪、グランドピアノとか注文し始めるかも。
あたしは気分転換できる物はないかと、周囲を見回す。すると、映画館の向こう側で楽しそうな音と光を放つ空間が目に入った。
あたしはそこを、指さす。
「あっ。ねぇ、虎ちゃん。あっち、ちょっと寄って行かない?」
「うん?ゲームセンターか」
そう、ゲームセンター。
気分を変えるなら良い場所だと思うし、何より、男の子はゲームが好きだって聞いたことがある。
虎ちゃんも偶に、アニメとかゲームのセリフを言っていたりするから、彼の為にも良いかな?って思って提案した。
「どうかな?」
「良いね。久々に、ちょっとやっていこうか」
あれ?虎ちゃんはやったことあるの?勝手なイメージだけど、虎ちゃんってあんまり、こういう一般庶民の遊びを知らなさそうと思ったんだけど…。
あっ、でも、バスの乗り方も知っていたし、案外庶民的なこともしているのかも。
「うん?これは、ちょっと難しいな」
そう思ったけど、ユーフォーキャッチャーで苦戦する虎ちゃんを見ていると、そうでもなかったと思い直す。
「確実に胴体を掴んだと思ったが、何故か持ち上がらないなぁ。思ったよりもこのアーム、弱いのか?」
あたしが、欲しいなぁって見ていた縫いぐるみに目を付けて、彼はアームを操作する。結構マジになっているみたいで、真剣な目で独り言を呟いていた。
この手のクレーンが信用ならないのは、ゲーセン来たことある高校生なら殆どの人が知っていること。でも虎ちゃんは、今それが分かったみたいな反応をする。だから、その理不尽さに眉を寄せている。
あたしはそれを見て、また心がトキめいてしまう。真剣な彼の横顔が魅力的なのもそうなんだけど、何よりあたしの為に頑張ってくれているって言うのが堪らない。こんな目で、ずっとあたしを見ていて欲しいなんて思っちゃってる。
でも、そんなのダメだよ。虎ちゃんは真剣だけど、悩んじゃっているもの。
少しでも彼の、役に立たないと。
「虎ちゃん。こういう時は、アームで掴もうとするんじゃなくて、引っ掛けると良いんだよ?」
「なぬ?その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「良いよぉ。教えたげるね」
あたしは持っている知識を総動員して、虎ちゃんにアドバイスをする。少しでも彼が楽になる様に、一緒になって対策を考える。
そうだよ。真剣な虎ちゃんも好きだけど、あたしは虎ちゃんの笑顔も好き。彼と一緒に笑い合えるなら、そっちの方が良いもん。
「ってな感じ。どうかな?」
「うん。聞いてたら出来そうな気がしてきた。気持ちだけかもしれんがね」
「大丈夫だよ。虎ちゃんなら出来る」
「ありがとう。なら、早速やってみるよ」
虎ちゃんは楽しそうに、クレーンを操作し始めた。
う~ん。やっぱり虎ちゃんは可愛いなぁ。とっても素直で、あたしなんかの言う事に反応してくれて、真面目に取り組んでくれる。
真剣な虎ちゃんも、可愛い虎ちゃんも好き。ってか、そのギャップが堪らない。彼の事がもっと好きになっちゃう。
「うぉっしゃ、来たぞ!」
「えっ?」
あっ、しまった。ついつい彼の横顔ばかりに集中しちゃって、ケースの中を全く見ていなかった。
「あっ、凄い!ちゃんと釣れてる!」
あたしが提案した通り、虎ちゃんは縫いぐるみのタグをアームの先端に引っ掛けて、上手に吊り上げていた。
「良いぞ!来い、来い!」
縫いぐるみを揺らしながら落ち口へと近づくアームに、虎ちゃんは興奮気味に発破をかける。ギュッと拳を握る姿は、少年の様に輝いていた。
あ~、可愛いぃ…。ホント、抱きしめたくなる可愛さだよ、虎ちゃん。
「よしっ。取れたぞ!ジュンさん」
落ち口から縫いぐるみを取り出した彼は、「ほら」と嬉しそうな笑顔と共に、縫いぐるみをあたしに向ける。
あたしはそれを見て、一瞬血迷いそうになった。縫いぐるみじゃなくて、虎ちゃんを抱きしめたい!って気持ちが暴走しそうになった。
でも、寸前のところで理性が勝って、虎ちゃんから貰った縫いぐるみを抱きしめるだけで我慢した。
「ありがとう、虎ちゃん。凄く嬉しい」
「そりゃ、俺のセリフだ。ジュンさんのアドバイスで、こいつの技能が上がったんだからね」
虎ちゃんはそう言って、ケースを撫でる。
それを見て、あたしは笑ってしまった。虎ちゃんが、ゲームの技能すら努力で上げようとしてるから。
「うん?」
楽しいひと時。でも急に、虎ちゃんの目が冷たくなる。その目で、くるっと後ろを振り返った。
急変した彼にビックリしたあたしは、ただ彼の視線を追う。
すると、
「ゲーセンやりたーい!」
「待つんだ、コハル!」
「おーい!俺を置いてくなー!」
聞き覚えがありまくる声が聞こえた。
ヤバッ!上郷君達だ!
「こっちだ、ジュンさん」
あたしが体を強張らせていると、虎ちゃんがあたしの手を取って、ゲーセンの奥へと誘う。そこには、プリクラの機器が置かれていた。
あっ、あの中に入れば…。
そう安堵しかけた時、タイミング悪く機器の中にカップルらしき人達が入ってしまった。
えっ、うそ。
「くっ」
虎ちゃんも悔しそうに口を歪め、他に何処か隠れられそうなところはないかと周囲をキョロキョロする。
でも、無い。個室型のゲームは誰かが使っているし、空いてるのはオープンなゲームばかり。しかも、上郷君達の声がどんどん近づいている。
ど、ど、ど、どうしよう!?
「済まない、ジュンさん」
「えっ?」
驚く間もなく、あたしの目の前に虎ちゃんが立つ。急に彼が接近してくるもんだから、あたしは驚いて一歩後ろに下がってしまった。途端、背中に壁が当たる。
いつもなら、こんな反応をしてしまえば傷ついて引いてしまう彼。でも今日は、凄く積極的だった。あたしを逃がさないとばかりに、彼も一歩近付いて来る。壁に手を着いて、更に顔を近づけて来る。
こ、これって…壁ドンってやつ!?
「と、虎ちゃ…」
「しっ、静かに」
彼はそう言って、更に顔を近づけて来る。彼のまつげが一本一本見えるくらいに近い距離。彼の体温が伝わって来るくらいの急接近。いつも甘い言葉を紡ぐ唇は、ちょっと口を突き出せばキスを奪える距離だった。
あの映画の、ラブシーンの様に…。
こ、こ、こんなの、静かになんて出来ないよ!あたしの心臓の音、うるさ過ぎて聞こえちゃう!
虎ちゃんに、気付かれちゃうよ。
「ジュンさん」
「とら、ちゃん…」
あたしは目を瞑る。それでも、彼の姿が頭の中で鮮明に思い描かれる。
その彼の唇に、あたしも…。




