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六角氏軍記~戦国乱世を生き抜きたい~  作者: タスマニア


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婚礼

戦国時代の女性の名前は一部の例を除きわからないので、便宜的に照と置きました。よろしくお願いいたします

 1556年4月 朽木 近衛稙家


 重要な時に持病であった中風がこのところ悪化しておる。片側の手足のしびれは収まらず、ろれつが回らなくなることも多々ある。しかし、心残りであった末娘をやっと六角のもとに嫁がせることができる。これで、足利・六角・朝倉の三者が我が近衛家の姫たちで繋がることとなる。これで我が家は公方とそれを支える有力大名の鎹となる。



 「前嗣、前嗣。御貝桶・御厨子黒棚・担い唐櫃・長櫃・長持・御屏風筥・行器、外居はしかと揃えてあるな。」



 「どれもこれも最高級品を仕立てております。父上。お体に障りますゆえどうかご安静に。ことの差配はおまかせくださいませ。」



 器量人な息子を持てたことの喜びよ。此度の婚儀、皮肉なことに六角からの援助によって何とか体裁を整えることができた。持参金すら援助金で賄ったのだ。



 先に挙げた道具たちは、嫁入り道具の基本である。



 御貝桶。これには古来より伝わる遊び、貝合わせで使う蛤貝はまぐりが入っておる。その中には一年を表す360個の貝が、松竹鶴亀の絵や金箔で美しく彩色され、左右をそれぞれ分けて2つの亀甲型の箱に収められてある。貝の殻というのは、もともと一つだったものしか合わないので、夫婦和合の象徴のようなものなのだ。



 御厨子黒棚というのは、厨子棚と黒棚という二つの棚のことだ。御厨子とは美しく装飾された三段の棚で、中段と下段に両開きの扉がついておる。黒棚は、黒漆を塗った三段または四段の棚で書物や女性の手回りの品を載せておくものだ。



 担い唐櫃。これは文字通り中国から渡来した、長方形の4から6本の脚の付いた、箱状の入れ物だ。。長方形といっても、大きさは様々で正方形に近いものもある。蓋もついており、施錠できるので、貴重品を入れるのに使われることが多い。これに紐がつき、そこに棒を通して運べるようになったものを「担い唐櫃」と呼ぶ。今回の嫁入り道具の唐櫃は、狩野松栄によって装飾されておる。



 長櫃元は長唐櫃と言いたが、室町時代には脚が無くなり、和風の長櫃になったのじゃ。蓋はついており、棒を棒を通して運べるようになっておる。中には衣類や化粧道具、硯などの文房具などの手回品などを入れるのだ。



 長持。これは印籠蓋のついた長方形の箱だ。おおよそ三尺以上の長さがあり、幅や高さは二尺ほどある。そして担い金具が付き、そこに棒を通して二人以上の人足が運ぶのだ。四隅には金具がついており、金属製の錠前などもついておる。こいつにも衣類の他、夜具や調度を入れるのだ。女子の衣服は大量にある故、多くの入れ物が必要なのじゃ。



 御屏風筥。屏風とは間仕切に欠かせぬ家具である。此度用意したのは、先ほども出てきた名高き狩野派の棟梁狩野松栄渾身の一品。亡くなられた土岐殿の鷹の絵を受け継いだ婿殿なら喜んでくれるであろう。これを霧の箱に収めるのだ。



 行器。これはもともと巫女や神人が村々を周り、通過儀式を行うために持ち歩いた箱であった。時が経ちこの戦乱の世に入ると政敵の首を入れる首桶、お菓子や食べ物を運ぶ美しい器、それから婚礼の時には相手への進物を入れる器に使われるようになった。我らは公家故、首桶なんぞには使わぬ。その中にはこの稙家自ら収めた弁当が入っておる。



 「御父上、武家の方に嫁ぐのは恐ろしゅうございます。」



 別れの挨拶に呼び寄せた、照はそう言って珠のような涙を流して泣き出してしもうた。



 「これもお家のため、受け入れるのだ。」



 「やめんか前嗣。夜中、厠に行けずに泣きわめき儂をたたき起こしたのは誰であったかの。照はここまで我慢しておったのだ。少し泣いたぐらいで責めるでない。」



 照の涙を懐紙で拭う。せっかくの化粧が少し崩れてしまった。目を赤く腫らした照を抱き寄せる。思えば将軍に付き従い、子供たちとはなかなか遊んでやれなかった。それなのに皆、父と慕ってくれて照は儂の前で涙を見せてくれた。これを誰が責めようか。



 「其方の相手は、東海道一の器量人。そして我ら公家と同じく風流を解し、和歌を好まれるお方。粗野な者では決してない。お前をないがしろにすることはないだろう。いや、この父がないがしろにさせることは許さぬ。安心して嫁ぐがよい。」



 六角との関係悪化をも恐れないような発言に異議を唱えんとする、前嗣を制す。無論本当に関係を断ち切ることはせぬしできぬ。されどこればかりは、本心である。末娘ということもありよくかわいがってやった。いまでも、手放すことは惜しい気持ちなのだ。



 「もう、この身は病魔・寄る年波に蝕まれておる。老いてからは感情を制御できなくなりつつある。我ら公家は武力を持たぬ故、相伝の芸事をもって大名間を冷徹な目をもって渡り歩かなければならん。なのに娘可愛さに不用意な発言をしてしまった。」



 化粧直しのために、前嗣が照を連れて部屋から出て行った後に独り言ちる。己の老いを感じる日々である。後を濁す前にそれそれ隠居を考えねばならんな。

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>長櫃元は長唐櫃と言いましたが、室町時代には脚が無くなり、和風の長櫃になりました。蓋はついており、棒を棒を通して運べるようになっています。中には衣類や化粧道具、硯などの文房具などの手回品などを入れるの…
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