★先を読む者たち
ラファールは後ろを振り返ることなく、ただひたすら走った。向かう先はすでに決まっている。
クロードの屋敷だ。幸いまだクロードの屋敷はローザには見つかっていないようだ。今クロードに知らせに行ってクロードの手を借りれば、ローザに対抗する手を打てるかもしれない。
風の魔法を使うことなくラファールは走り続ける。広い通りは避け、細い脇道を右へ左へと曲がり遠回りをしながらクロードの屋敷がある森を目指す。魔法を使うと、魔力を感知できるローザに居場所を知られてしまう。
(あの聖女様は俺を追ってきている。このまま聖女様の気を引ければ、俺がガラスを割って逃げたことで、父が俺の身に何かあったと気づき手を打ってくれるはずだ)
この地で生まれこの地で育った。地の利はラファールにある。真っ向勝負で王族付魔法剣士のローザに勝てるとは思わないが、地の利を利用すればローザから逃げ切れる自信はある。
クロードの屋敷を知らないローザがラファールを追わずに森へと向かうことは考えにくい。仮にラファールに見向きもせずに森へと向かったとしても、クロードならローザから何か身を守る術や対抗する術を持っているであろう。
(今一番危険なのは俺自身だ。いくらあの聖女様とはいえ、いきなり民たちを殺しはしないであろう。もしそんなことをすれば激怒するのは俺だけじゃない、父たちカルマが黙ってはいない)
ラファールは今己が逃げることしかできないことを悔いてはいない。逃げることが必ずしも悪いわけではない。逃げることで次の手に繋げられるのなら、逃げる己を恥じる必要はない。
***
ローザを出迎えた老人はガラスが割れる音と、割れた窓からラファールが出ていきそのあとをローザが追う姿を見て、急ぎこの邸の主の元へ向かった。緊急時にノックは不要だと言われていたため、ノックもせずに扉を開けた。
「当主様、聖女様が動いたようです」
「やはりラファールはクロード様を匿っていたようだな」
カルマの当主であり、この地ズマーニャの領主は椅子から立ち上がり老人に命じた。
「兵を集めてズマーニャの外れにある森に向かわせろ。いくら王族付魔法剣士といえどもこの地で勝手な真似は認めない。私は、聖女様がウォレス家の生き残りを探しこの地を捜索することは認めた。だが勝手な殺生は認めていない、そうだろう?」
「そうですな」
領主を幼い頃から知る老人は領主の強かさに感服する。王の勅命で動いているとはいえ、王都以外での殺生はその地を治める領主が認めない限りできないことになっている。この決まりは遥か昔から続くもの、そしてこの決まりがあったからこそこの国は内乱が少なかった。
「では、私は先に兵を集めて森へ向かいます」
老人は一礼し部屋を出ていく。
「クロード様がこの地にいることがバレなければ良かったのだがな」
領主は引き出しから一通の手紙を取り出した。その送り主は、ロベール・ウォレス。クロードの兄だ。この手紙はウォレス家が襲われる一週間前、まだロベールが生存していた頃に送られてきたものだ。
その中には、もし自分の身に何かあれば弟のクロードだけでも逃がすということ。クロードが逃げる先は、ウォレス家の隠れ家があるこのズマーニャであること。自分たちを襲うのはおそらくローザ・カッツェであること。ローザはいずれウォレス家の生き残りに気づき追ってくるということ。そして、頭に血が上ったローザは領主の許可なく王の勅命のみで生き残りであるクロードを殺そうとするであろうということ。
これらのことがこの手紙には書かれていた。この手紙が入っていた封筒の中には、この手紙以外にももう一つ入っていたものがある。封筒だ。そして、手紙の最後にはもし自分が亡くなりクロードに会うことがあればこの封筒をクロードに渡してほしいと書かれていた。クロード宛の封筒は未だに開けていない。
「ついにこれを渡す日が来たのか。……何故ロベール様はここまで先を読んでいながら死を避けなかったのか、避ける術がなかったようには思えないんだがな」
領主は顎に手を当て少し考え込むが、今はそれどころではないと思い直し部屋を出ていった。




