☆揺さぶる彼女と逃げる彼
張り詰めた空気の中で、ローザはじっとラファールを見つめる。
さして動揺している素振りもなく、かと言って何もなかったという表情でもないラファールに、ローザは更に揺さぶりをかけた。
「領主様――貴方のお父様とお話をさせて頂いた後、私、森へ行きましたの」
「森へ?」
「えぇ。昨晩尋常では無い魔力を感じましたので、何があったのか調べる為に……」
ローザはそう言うと、すっかり冷めてしまった紅茶を口に含んだ。
もはや心地よい香りも甘みも無くなったソレは、口の中に渋みだけを残した。
しかし、ローザは何もなかったかのような表情を浮かべ、ラファールを見る。
ほんの僅かに動いた視線に、ローザは魔力残滓の一つがラファールのものであることを確信した。
「……ラファール様、どうかお話して下さいませんか? 既に、森に残された魔力残滓を調べて、貴方があの晩あの森にいた事はわかっていますの。私がここに来た理由をお忘れにはなられてはいないでしょう?」
ローザはそう言うと、そっとレイピアの柄に触れた。
「……あの晩、賊が出たので退治する為に森へ……」
「賊? 街では誰一人そんな話をしていませんでしたわ」
「……このような場所に来る賊は、何を目的にしているかはわかりません。民達が不安がらぬようにすぐ対応しているので、街では……」
「その賊……私が追っている人間の関係者ではありませんの?」
声を低くし、ラファールを見つめる瞳に力を込めるローザ。
その姿は、獲物をいたぶる猫のようだ。
ローザは何も言わないラファールに、柔らかな笑みを浮かべると静かに口を開いた。
「この街は素敵な場所ですわね。ねぇ、ラファール様……この街を真っ赤な薔薇のように染めたくなければ、お話下さい。貴方の知っている全てを」
ふふっと笑うローザの瞳は冷たく、ただラファールを映している。
その姿に『聖女』と呼ばれる彼女の姿は無い。
「一体……何をなさるおつもりですか」
ゆっくりと冷静に……ローザが何を言ってきても動じないといった表情でラファールはそう告げる。
そんなラファールに、ローザは特に何も言わずただレイピアの柄を握ってみせた。
ラファールの表情が変わり、張り詰めていた空気が不穏なモノへと変わっていく。
「……此処で剣を抜けば、貴女は今の権威を失うことになりますよ? 聖女様」
「あら、随分と怖い事をいいますのね。ラファール様」
真剣な表情で告げるラファールに、ローザはにこりと微笑む。
「そういえば……ご存知でして? ラファール様」
「何を……でしょうか?」
「目撃者が居なければ、権威を失うことなど無いのですよ」
無邪気に笑うローザ。
ソレを見たラファールは、ゾクリと肌が粟立ち、背に冷たいモノが走るのを感じた。
「ご安心下さいね? 貴方と領主様だけでなく……きちんと他の方々も同じ場所へお連れ致しますから」
ゆっくりと立ち上がり、慣れた手付きでレイピアを抜いたローザ。
ラファールもソレに合わせて立ち上がると、ローザと距離を取る為に窓の外へと身を躍らせた。
ガラスが割れる音がし、使用人達が駆けつけてくる足音が響く。
ローザはちらりと扉を見ると、ラファールの後を追って屋敷の外へと出るのだった。




