☆流れ始める不穏な空気
歩みを進めるローザの目に映るのは、辺境の地としか言えないこの街で日々を過ごす人々の姿。
王都に住むもの以上に幸せそうに笑う者や楽しげに会話をする者達の姿に、ローザは僅かに苛立ちを感じた。
まるで、自分が仕える王よりも、ここにいる領主達の方が有能なだと言われている気がしてならないのだ。
心の奥底がジリジリと焼かれているような感覚を味わいながら、ローザは領主邸へと急ぐ。
「どなたかいらっしゃいますか?」
先ほど訪れた領主邸の扉を再び叩きながら、ローザはそう声を上げた。
少しの間をおいて、扉が開き見慣れた老人が顔を見せた。
「聖女様……一体どうなされたのですか?」
「少々確認したいことがありまして、ラファール様とお話がしたいのです。いらっしゃいまして?」
ローザの言葉に、老人は「ラファール様に……」と小さく呟くと、近くに居たメイド達に確認をする。
しかし、誰一人としてラファールの姿を見たという者はいない。
全員が首を横に振る姿を見ながら、ローザは出直すべきかを考え始める。
「聖女様、宜しければ中でお待ち下さい。ラファール様ならばきっと、すぐにお戻りになられるでしょう」
「ですが……お邪魔ではありませんの?」
「とんでもない! 我らの英雄である聖女様をそのように考える者など当屋敷にはおりません」
断言する老人に、ローザは小さく微笑むと促されるまま屋敷の中へと入った。
以前通された応接室でラファールが来るまで待つように言われたローザは、あの時と同じように革張りの応接セットの一つに座る。
紅茶を運んできたメイドへ軽く会釈を返すと、ラファールの帰りを静かに待った。
***
トントントン
「はい」
「聖女様、ラファール様がお帰りになられました」
「……そうですか。では、こちらに呼んでいただけますか?」
「畏まりました」
控えめなノックオンの後、老人からそう告げられたローザは、小さく息を吐くと扉を見つめた。
トントントン
少しの間を置き、先程よりはいくらか力強いノック音が部屋に響いた。
「どうぞ」
ローザが入室の許可を出すと、ガチャリと音を立て扉が開かれた。
「聖女様。お待たせして申し訳ありません」
軽く頭を下げ、入室してきたラファールにローザは形だけの笑みを返す。
シンとした空間に、ピリッとした空気が流れ始めるが、二人はなにもないかのように向かい合って座る。
「突然、申し訳ありません」
ペコリと頭を下げるローザに、ラファールは「いえ……」と短く返し、黙りこむ。
その目は突然のローザの来訪の意味を探るかのように揺れ動いている。
そのことに気づいたローザは口元に小さな笑みを貼り付けると口を開いた。
「お伺いしたいことが出来ましたの」
「私に……ですか?」
「えぇ」
「何か街の事でしたら、父に……」
「いえ、私が聞きたいのは、昨日の夜。街外れの森で何があったかということですわ」
キラリとローザの瞳が光る。
ラファールは一瞬眉を動かしたが、すぐに無表情に戻りローザを見る。
あの時とは違う沈黙が二人を包み、空気が更に張り詰めていくのだった。




