★植え付けられた恐怖心
ユリアを彼女の部屋へと送った後、クロードは自室に戻り、彼女を襲った相手について考えていた。椅子があるのに椅子に座らず、立ったまま扉に寄りかかった。
ユリアを襲った男性――街でぶつかった男性をクロードはどこかで見た気がする。だが、どこで見たのかが思い出せない。
「ウォレスを狙う男か……」
ポツリと呟かれた言葉は静かな部屋に響く。
逃れられない運命だとは分かっている。そろそろ決断しなければいけないのかもしれない。一体どこでどのようにクロードのことを知ったかは分からないが、すでに正体がばれて……いや居場所がばれてしまった以上、この先、今までどおりとはいかないであろう。ウォレスを狙う男性はいずれローザにクロードの居場所を教えるだろう。
「ユリアと離れるしか……ない、のか」
このままユリアを連れていれば、確実に彼女を巻き込んでしまうだろう。いや、すでに巻き込まれている、襲われたのだから。今、離れれば彼女を危険から遠ざけられる。すでに襲われて目をつけられていたとしても、彼女はウォレスのことすら知らない。それなら、クロードとは無関係の人間だと思わせることができるだろう。
そもそも自分がユリアから離れるなんてことできない、できるわけがないがクロードは心の中で呟いた。
クロードは唇を噛みしめ、大切な人――ユリア一人さえも守れない己の弱さを、ユリアを守れないのに彼女を己から離すことさえできない己の心の弱さを、ひたすら嘆いた。
どれほど嘆こうと過去は変えられない。先を考えなければいけないと頭では分かっているのに、心が先を見据えることを恐れている。逃れられない運命であるなら戦う決意をすればいい、頭ではそう分かっている。分かっていても、心が恐れを抱く。
「……戦わないと、戦わないと」
そう何度も口に出して自分自身に言い聞かせても、決して恐怖は消えない。崩れ落ちるように床に座り込んだ。
「戦って勝てばいいんだ……簡単なこと……」
恐怖を打ち消そうと楽観的な考えを口にしても、結局恐怖は消えない。クロードの中にはすでに恐怖が染み付いてしまっているのだ。クロードが戦わなければいけないと考えている人物の実力は嫌というほど知っている。そして、自分との実力の差も。
「……オレに勝てるわけがない。ロベールでさえ、あいつには勝てなかったのに! ロベールより弱いオレが戦ったところで……勝ち目なんてない」
悲痛な声でクロードは叫ぶ。脳裏にあの惨劇が蘇る。敬愛する兄が亡くなった日――全てを失ったあの日が。クロードの身体は無意識に震え出す。思考が全て恐怖で埋め尽くされる。
この時のクロードは冷静さを失っていた。冷静な彼であれば、おそらく気付けただろう。クロードの部屋の扉の前で、彼の独り言を聞いていた人物がいたことに。




