↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】月曜日、私はわたしと入れかわる  作者: 泉華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/10

第九話 どうして、自分のせいだと思ってるの?


『ななみちゃん。朝だよ』


目を開けると、ころちゃんの前足が、額から離れるところだった。


「おはよう」


『おはよう』


「帰ってきた?」


ころちゃんに聞きながら、机を見る。

絵があった。


私は息を吐いた。

昨日、あっちのママに見せた絵は、箱に戻してきた。

こっちには、こっちの絵が残っている。


『一文、読む?』


私はうなずいて、天井を見上げた。


〈どうして、自分のせいだと思ってるの?〉


しばらく、意味が分からなかった。


自分の、せい。

私のこと?


「……どうしてって」


声に出すと、胸の奥がどきどきした。


「私が言ったからだよ。嫌いって」


ころちゃんは、枕の横で座っていた。

私は文字を見たまま、続けた。


「それで、ママが泣いてたんだもん。だから、私のせいでしょう」


返事の代わりに、尻尾の先が少し揺れた。


「……ねえ。この私、なんで知ってるの?」


ころちゃんへ顔を向けた。


「私、誰にも話してない。こっちに来た私にも、話せないでしょう?」


『うん。ななみちゃんが書いた一文を読むのも、帰ってからだよ』


昨日、私が書いたのは、絵を見てほしかったという言葉だ。

それは今ごろ、向こうの私が読んでいる。

この一文は、その返事じゃない。


じゃあ、どうして。


体を起こしたとき、机の手紙が目に入った。

そういえば、私、裏返したはずなのに。

書きかけの手紙は、表を向いていた。


ママへ。

あのとき、ママを泣かせたのは私です。


「……あ」


私はベッドから足を下ろした。

あそこに置いたまま、眠ったんだった。


もう一人の私は、この部屋で目を覚ました。

あの絵と、書きかけの言葉を、見たのかもしれない。


「読んだのかな」


つぶやいたけれど、ころちゃんは何も言わなかった。


     *

ころちゃんと、文字が消えてから、私は絵と書きかけの手紙を眺めていた。


どうして、自分のせいだと思ってるの。


だって、私が言ったんだから。

私のせいで、泣いてたんだよ、そう思うじゃない。


私は手紙を絵の下へしまった。

まだ捨てたくなかったけれど、ずっと見ているのも苦しくて。


「ななちゃーん。ごはんよ」


「はーい」


返事をしてから、部屋を出た。


テーブルでは、はるくんがジャムを塗っていた。

パンの真ん中に、赤い山ができている。


「それ、ちょっと多くない?」


「おいしいよ」


「落ちるよ」


言い終わる前に、山の端がたらっと垂れた。

私は思わずお皿を寄せた。


「ほらー」


ママがふきんを持ってきた。


「お皿の上で食べようね」


いつもの朝だ。

いつものママが、いつものはるくんの手を拭いている。


「ななちゃん」


私が牛乳を飲んでいると、ママが呼んだ。


「なに?」


「昨日の絵、またお部屋に持っていった?」


「……うん」


「あれを見ると、ママもいろいろ思い出すの。久しぶりに見せてくれて、うれしかったよ」


昨日、こっちにきた私が見せたんだ。

私はコップを置いた。


「昨日、私、何て聞いたっけ?」


ママが、少し首をかしげた。


「絵のこと? 覚えてるって聞いたでしょう。それから、ママが泣いたのは、私が悪かったからって」


胸がどきんとした。


「……そうだった」


「ママ、ななちゃんがわるかったなんて思ってないよって言ったけれど。ななちゃん、まだなにか気にしてる?」


はるくんがパンをかじる音がした。

私はそちらを見た。


「今日、帰ってからでもいい?」


言えた。

きっかけは、つくれた。


「話したいこと、ある」


ママはふきんを畳んで、私を見た。


「うん。帰ってから、聞かせて」


私はうなずいた。

まだ謝れていないけれど、すこしスッキリして、朝ごはんが食べやすくなった。


     *


学校へ行く道で、私はいつもより静かだったのだと思う。

かえちゃんは、どうやら私の様子を気にしてくれている。


「ななみ、眠い?」


「ううん。ちょっと考え事」


「そうなんだ」


かえちゃんはそれ以上、聞かなかった。


あっちの私も、昨日の朝、あの紙を見たのかな。

五歳のときの自分が覚えていることは、なにかがちがうのかも、そう思ったのかな。

それで、ママに聞いてみたのかな。


分からないことは、まだある。

でも、ママとお話しをしていたんだということは、わかった。

それを聞いて、私にあの一文を残したんだ。


学校では、算数の問題を一つ、読み間違えた。

かえちゃんに教えてもらって、消しゴムで消した。


「あ。ほんとだ。ここ、足すんじゃないのか」


「うん。私も最初、そう思った」


私は数字を書き直した。

間違えたところは、消せる。

言った言葉は、消しゴムでは消せない。


でも、かえちゃんとは、仲直りができたんだ、だから、大丈夫。


私は消しゴムを筆箱へ戻した。


     *


帰りの支度をしていると、かえちゃんが言った。


「今日、花作りに行ってもいい?」


家の庭に貼る、紙の花のことだ。

私はランドセルの口を閉じかけて、止めた。


「……今日、ママと話す約束したんだ。明日でもいい?」


「いいよ。じゃあ、明日」


「ごめんね」


「何が?」


かえちゃんが笑った。


「明日、ピンクの紙持ってくる。ななみ、黄色ね」


「うん」


約束していなかったら、言わないと分からない。

約束していても、変えたいときは、言ってみていいんだよね。


私はランドセルを背負った。

当たり前みたいなことを、今、練習している気がした。


     *


「ただいま」


家に入ると、ママが台所から顔を出した。


「おかえり」


私は絵をとりに、部屋へ向かった。

書きかけの紙も一緒に持つ。

ーーリビングへ入る前に、紙だけは半分に折った。見えないように。


「ママ、今、いい?」


「うん。座ろうか」


ママは火を止めた。はるくんはリビングの端で、積み木を並べていた。

私はママの隣に座り、絵をテーブルへ置いた。


「昨日も、これ、見たんだよね」


「うん」


「もう一回、聞いてもいい?」


「いいよ」


私は折り目を指で押さえた。


「この日の夜、ママ、泣いてたでしょう」


ママが目を見開いて、私を見た。


「……見てたの?」


私はうなずいた。


「パパと、リビングで。これ、持ってた」


ママは絵に目を落とした。

少し間があいた。


聞かなければよかったかな。

思いかけたとき、ママが口を開いた。


「あの日、はるくんが寝てから、ななちゃんのところへ行ったの。絵を抱っこして、眠ってたの。」


私は、黙って聞いた。


「それで、初めてちゃんと見たの。ママとはるくんを、一生懸命描いてくれたんだなって」


「……うん」


「うれしかった。でも、ななちゃんが、見て見てって何度も言ってくれたのに、ママは怒っちゃったでしょう」


ママの指が、紙のしわに触れた。


「パパが帰ってきて、その話をしたら、涙が出ちゃったの」


私は顔を上げた。


「私が嫌いって言ったから、泣いたんじゃないの?」


「それも、悲しかったよ。でもね、それだけじゃなかったのよ」


ママはゆっくり話してくれる。


「どうして、あんなに強く言っちゃったんだろうって。まだ五歳のななちゃんに、待ってって、何度も言って。やっと絵を見たときには、ななちゃんが泣きながら眠っててね。とっても、かわいそうなことをしてしまったなって。」


私は、あの夜を思い出した。

パパの手。明かり。絵を持ったママ。


見たところは、同じだ。

でも、聞いていなかった言葉があった。


「ママも、あの日のこと、すごく覚えてるよ」


ママが言った。


私は、膝の上で半分に折った紙を握りしめた。

あのとき、ママを泣かせたのは私です。

その一行だけでは、書けていなかったことがある。


私は紙をテーブルの端へ置いた。

代わりに、ママの顔をまっすぐ見た。


「私ね」


言葉が、今度は喉まで出てきた。


お読みいただきありがとうございます。

次回、最終話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。