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脳筋詐欺にご注意ください  作者: tky@複数作品連載中


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第8話:調理実習と生化学の奇跡

家庭科の授業で班ごとの調理実習が行われていた。


力也のいる班はくじ引きの結果により小鳥遊や委員長の鈴木と同じグループになっていた。


実習室の調理台には買い出しで調達した食材が並べられている。


「中山くん、どうしてこんなに鶏胸肉とブロッコリーばかり買ってきたのよ」


鈴木が銀縁メガネを押し上げながら不満げな声を上げた。


「決まっているだろう、俺の大胸筋がこの食材を激しく求めて脈打ったからだ」


「ハンバーグを作る予定だったのにこれじゃただの減量食じゃない」


「鈴木、君はインスリンの分泌メカニズムと糖化リスクを甘く見ているな」


力也は真剣な表情でブロッコリーを指差した。


「精製された白砂糖や過剰な脂質は血糖値を急上昇させインスリンの過剰分泌を招き脂肪細胞の肥大化を引き起こす、これは筋肉にとって死を意味するのだ」


「だ、だからって……」


(くくく、ただの栄養学の基礎知識だが筋肉のポエムで包めば真面目な委員長殿には狂気の理論にしか聞こえないだろうな)


力也は内心でニヤリと笑いながら調理包丁を手に取った。


「安心しろ、俺の筋肉が導き出した究極のレシピで最高の味を約束しよう」


「力也くんがそこまで言うなら僕は信じます!」


小鳥遊が目を輝かせて力也を応援した。


調理が始まると力也の動きは神がかり的なものだった。


(肉のタンパク質と糖分が加熱によって褐色物質を生み出すメイラード反応、その最適な温度帯は百五十五度だ)


力也の脳内で瞬時に完璧な生化学の計算が行われる。


(さらにアミノ酸スコアを百に近づけるための食材の組み合わせ、酵素によるタンパク質の分解スピード、全てを逆算して火入れを行う)


フライパンから香ばしい匂いが立ち上り実習室全体に食欲をそそる香りが広がった。


完成した料理は見た目こそ質素な鶏肉料理だったが一口食べた瞬間に班員たちの動きが止まった。


「な、なにこれ……すごく美味しいわ……」


鈴木が目を丸くして箸を見つめた。


「パサパサになりがちな鶏胸肉が信じられないくらい柔らかくて旨味が凝縮されている、どうしてこんなことができるのよ」


「美味しいです!僕いくらでも食べられます!」


そこへ家庭科の女性教師が巡回にやってきて力也の班の料理を試食した。


「これは驚いたわ、完璧な温度管理によるメイラード反応のコントロール、そして食材の酵素を利用した見事な調理法ね」


教師は興奮気味に力也を絶賛した。


「高校生でここまで生化学的なアプローチで料理を完成させるなんて素晴らしいわ」


「生化学ではありませんよ先生」


力也は箸を置き爽やかな脳筋スマイルを浮かべた。


「俺の上腕二頭筋が熱したフライパンの上でタンパク質と対話した結果です」


「えっ?」


「筋肉同士の語り合いに小細工は不要、ただ筋肉が求めるがままに火を通しただけのことです」


家庭科教師は完璧な理論に基づく料理を筋肉の直感だと断言され虚無の表情で固まった。


「まただわ、完璧な料理なのに言っている理屈が完全に破綻しているわ……」


鈴木はまたしても狂気と正論の板挟みになり頭を抱えてフリーズした。


(あっはっは、いいぞ!生化学の奇跡を大胸筋の勘で片付けられる気分はどうだ)


力也は混乱するクラスメイトたちを前に内心で快哉を叫んでいた。


放課後になり力也は一人で学生寮への帰路についていた。


(今日も最高のエンターテインメントだったな、あの委員長のバグった顔は何度見ても飽きない)


上機嫌で歩いていると路地の角からふわりと甘い香水が漂ってきた。


「奇遇だね、力也くん」


そこに立っていたのは同じ寮に住む神崎凛だった。


「神崎か、君も今帰りか」


「うん、さっきの調理実習のことなんだけど」


凛は楽しそうに微笑みながら力也の隣に並んで歩き始めた。


「メイラード反応や酵素の働きを筋肉の対話だなんて言い換えるのはすごく面白いね」


力也の歩みが一瞬だけ遅れた。


(むっ、こいつ、また俺の言葉の裏にあるロジックを突いてきやがったか)


「何のことかな、俺の筋肉が完璧な火加減を教えてくれただけだ」


「ふふっ、相変わらず嘘が下手だね」


凛は力也の肩に軽く触れるように距離を詰めた。


「先生が褒めてた時、力也くんの目線はフライパンの温度じゃなくて時計の秒針に向いてたよ、完璧に時間を計算してたんでしょ」


力也は小さく息を呑んだ。


(身体の挙動から俺の思考を完璧にトレースしているだと、相変わらず鋭すぎる観察眼だ)


「あんな風に先生や委員長さんを煙に巻くなんて、力也くんって本当に意地悪だよね」


凛は上目遣いで力也の顔を覗き込んだ。


「今度は私にも、筋肉じゃなくて頭で計算した特別に美味しい料理を作ってくれないかな」


凛は小悪魔的なウインクを残し足早に先へと歩いていった。


力也は夕日に照らされる彼女の背中を見つめながら口角を吊り上げた。


(俺の生化学的な計算を秒針を見る視線から見破るとは大した奴だ、だがこのスリルも悪くない)


力也のイタズラに満ちた高校生活はさらに予測不能な方向へと加速していく。

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