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脳筋詐欺にご注意ください  作者: tky@複数作品連載中


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第3話:柔道部の洗礼と物理法則

放課後のチャイムが鳴り響いた。


力也はスポーツ推薦の条件である柔道部の道場へと足を運んでいた。


道場の中では三年生の主将である轟大吾をはじめとする上級生たちが待ち構えていた。


轟は入学式の日に校門で力也の覇気にビビって道を譲ってしまった先輩の一人である。


今日こそは先輩としての威厳を示し新入生をシメてやろうと必死に虚勢を張っていた。


「お、おう新入生、俺が柔道というものを厳しく教えてやるから覚悟しろよ」


轟は引き攣った笑顔を隠しつつ野太い声で威嚇した。


力也は表情一つ変えずに道着へ着替え始めた。


(くくく、あの時のビビり先輩か。足が震えているのを隠し切れていないぞ)


力也は内心で邪悪な笑みを浮かべた。


(威厳を取り戻そうと必死なようだが、物理学の圧倒的な力を前にどこまで正気を保てるかな)


「先輩、厳しい指導は大歓迎です。俺の大胸筋も闘争を求めて激しく脈打っていますから」


力也が爽やかに微笑むと上級生たちはなぜか一歩後ずさった。


準備体操を終え早速轟との乱取り稽古が始まった。


「行くぞ新入生、手加減はしねえからな」


轟が巨体を揺らして力也の胸倉を掴みにきた。


体重百キロを超える轟の突進は常人ならば受け止めるだけで精一杯だろう。


しかし力也の脳内では瞬時に高度な物理計算が行われていた。


(轟先輩の重心位置、踏み込みのベクトル、床との摩擦係数、全てが手に取るように分かる)


力也は轟の力を力で押し返すような真似はしなかった。


轟が引こうとした瞬間にテコの原理を応用しわずかな力で支点をずらした。


同時に作用点へ最適な角度でベクトルを働かせる。


「なっ、うおおおっ」


轟の巨体がまるで羽毛のように軽々と宙を舞い畳に叩きつけられた。


ドォォォンという轟音が道場に響き渡った。


「い、今何が起きたんだ」


「あいつ、力ずくで投げたわけじゃないぞ」


周囲の上級生たちがざわつき始めた。


轟は訳が分からないという表情でフラフラと立ち上がった。


「くそっ、もう一丁だ」


轟は再び力也に挑みかかった。


しかし結果は同じだった。


力也は最小限の動きで力積をコントロールし慣性の法則を利用して轟を投げ飛ばし続けた。


何度やっても轟は力也の体に触れることすらできず畳の味を確かめることになった。


他の上級生たちも次々と挑みかかったが全員が同じように宙を舞った。


十分後、道場には息も絶え絶えに倒れ伏す上級生たちの姿があった。


轟は肩で息をしながら力也を見上げた。


「お前……一体どんな高度な技を使ったんだ……」


力也は乱れ一つない道着の襟を正し筋肉バカのフリを全開にした。


「技など使っていませんよ先輩」


力也は真っ直ぐな瞳で轟を見つめた。


「ただ、先輩たちの広背筋が隙だらけだと泣き叫んでいたので、俺の上腕二頭筋が優しく撫でて慰めてあげただけです」


「はあ?」


「筋肉同士の対話に小細工は不要です。先輩たちの筋肉はまだ成長過程にある、それだけのことです」


高度な物理計算を完全に大胸筋の直感へとすり替える力也の狂気に轟たちは恐怖で顔を引き攣らせた。


(あっはっは。テコの原理とベクトル計算の結晶を筋肉のポエムで片付けられる気分はどうだ)


力也は内心で大爆笑していた。


轟たちは力也の底知れぬ実力と理解不能な思考回路を前に完全に戦意を喪失した。


「お、お前はバケモンか……いや、俺たちの負けだ。お前を次期主将として推薦させてもらう」


「主将ですか。大胸筋が責任の重さに喜んで震えていますよ」


こうして力也は入部初日にして柔道部の先輩たちに理不尽なトラウマを植え付けた。


部活を終え寮へと続く夕暮れの道を力也は一人で歩いていた。


(今日はいいデータが取れたな。人体の重心移動における最適解を実践できた)


上機嫌な力也の背後から聞き覚えのある涼やかな声が響いた。


「見事な投げ技だったね、力也くん」


振り返るとそこには同じ寮に住む神崎凛が立っていた。


「神崎か。柔道部の見学でもしていたのか」


「たまたま通りかかっただけだよ」


凛はふわりと微笑みながら力也の隣に並んで歩き始めた。


「それにしても力也くんって本当に意地悪だね。あんなに涼しい顔で相手の力を利用して投げていたのに、広背筋が泣いていたなんて嘘つくんだもん」


力也の歩みが一瞬だけピタリと止まった。


(むっ、こいつ。俺が力任せに投げていないことを見抜いたのか)


力也は動揺を隠し普段の熱苦しいトーンで返した。


「何のことかな。俺はただ筋肉の導きに従って動いただけだ」


「ふふっ、そういうことにしておいてあげる」


凛は力也の逞しい二の腕を指先でツンと突いた。


「でも、力也くんの筋肉、全然力んでなかったし汗もかいてなかったよ。本当は頭脳労働の成果なんでしょ」


力也は目を細めた。


(ただの女子高生にしては観察眼が鋭すぎる。俺の身体的な反応の矛盾から嘘を的確に突いてきやがる)


「あんな巨漢の先輩を頭脳で手玉に取るなんて、すごく面白かったよ。また見させてね」


凛はイタズラっぽくウインクをすると力也を置いて先へと足早に去っていった。


力也は夕日に照らされる彼女の背中を見つめながら口角を吊り上げた。


(俺の筋肉のポエムの矛盾を突いてくるとは大した奴だ。だが、この知的なスリル、ますます面白くなってきたじゃないか)


力也のイタズラに満ちた高校生活はさらに加速していく。

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