第26話:合宿2日目!ビーチバレーと日焼け止めのマウント
合宿2日目の午前。
抜けるような夏の青空の下、白鳥家所有のプライベートビーチには、本格的なビーチバレーのネットが張られていた。
「さあ野郎ども! ビーチバレーの時間だ!」
力也が、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びながら、ビーチボールを片手に雄叫びを上げた。
その鍛え抜かれた肉体には、うっすらと汗が浮かび、ギリシャ彫刻のような陰影を作り出している。
「いいか! 砂浜という不安定な足場での跳躍は、下半身のスタビライザー筋群を極限まで酷使する! さらに、空中のボールを捉えるための体幹の捻りは、腹斜筋への最高のアプローチとなる! 今日は筋肉の限界を超えていくぞ!!」
「おおおおっ!! さすが力也くん、遊びの中にも常にトレーニングを見出している!」
「俺たちも負けられないぜ、小鳥遊!」
小鳥遊と星野が、力也の暑苦しい演説に感涙しながらウォーミングアップを始めた。
その一方で、パラソルの下で日差しを避けているインテリ組は、冷ややかな視線を送っていた。
「……ふん。筋肉、筋肉と、相変わらず暑苦しい男だ。だが、盤上のゲーム(チェス)ではあいつの異常な直感に敗れたが、このビーチバレーは純粋な物理演算と空間認識能力がモノを言うスポーツだ」
御子柴が、銀縁眼鏡をスッと押し上げる。
「ああ。風速、ボールの初速と放物線の軌道計算……僕たちの優秀な頭脳をもってすれば、あんな筋肉バカを砂浜に這いつくばらせることなど容易い」
結城も不敵な笑みを浮かべ、準備運動代わりに手首を回した。
今回のチーム分けは、以下の通り。
【力也&凛ペア】
【御子柴&くるみペア】
【結城&鈴木ペア】
【小鳥遊&星野ペア】
総当たり戦の結果、決勝戦へと駒を進めたのは、順当に勝ち上がった【力也&凛ペア】と、知性をフル回転させて勝ち上がってきた【御子柴&くるみペア】だった。
***
「さあ力也様! わたくしの愛のレシーブ、受け止めてみてくださいませ!」
ネット越しに、くるみが気合十分で構えている。
彼女が身につけているのは、昨日全員の度肝を抜いたあの真紅の過激なマイクロビキニだ。動くたびに危うい色気を振り撒き、味方であるはずの御子柴の視線すらも強烈に惑わせている。
対する力也の隣には、黒の大胆なビキニ姿の凛が立っていた。
しかし、力也の視線は、ネット越しのくるみの姿に完全に釘付けになっていた。
『な、なんだあの水着は……! 昨日は凛に視界を塞がれたせいで直視していなかったが、改めて見ると布面積の計算式が完全に破綻している! 動くたびに発生する布の張力の限界値と、重力加速度の相関関係が……いや、それ以前に目のやり場が……!』
力也の脳内スーパーコンピュータが、思春期の男子としての正常な反応と物理演算の狭間で激しいエラーを起こす。頬を少し赤くし、慌てて視線を泳がせていると――。
スッ。
突然、力也の視界を遮るように、凛が一歩前へ出た。
「……力也くん」
凛の声は、周囲の気温が5度ほど下がったかのように冷ややかだった。涼しげな瞳の奥で、チリチリとした黒い炎が揺らめいている。
「随分と、熱心に白鳥さんのこと観察してるのね。……そんなにあの水着が気になる?」
「ち、違うぞ凛! 俺はただ、あの布の構造力学的な脆さを分析していただけで……っ!」
「言い訳は無用。……いい? もしあのペアに負けたら、力也くんのプロテイン、全部小麦粉にすり替えるから」
「ヒィッ!?」
「絶対に、完膚なきまでに叩き潰してね」
凛の有無を言わさぬプレッシャーに、力也は「お、おう! 任せておけ! 俺の全身の筋線維が勝利を渇望しているからな!」と冷や汗を流しながら宣言した。
『ふむ……。現在の風向は南南東、風速はおよそ $4\mathrm{m/s}$ 。
砂浜の摩擦係数と、踏み込み時のエネルギーロスの比率を計算し……さらに、マグヌス効果によるボールの軌道変化を予測する。
完璧だ。この空間のすべてのパラメーターは、すでに俺の脳内にインプットされている』
力也のスーパーコンピュータが、恐怖によってさらに研ぎ澄まされ、完全にコートを支配した。
「いくぞ! 御子柴!」
力也がサーブを打つ。
一見すると力任せの豪快なサーブだが、ボールは不自然なほどに急激なカーブを描き、御子柴とくるみのちょうど中間地点の、絶妙にレシーブしづらい位置へと落下した。
「なっ……!? なんだあの不規則な軌道は!」
御子柴が慌てて飛び込むが、手が届かない。
「ハッハッハ! 見たか! 今のは俺の上腕三頭筋がボールに込めた『筋肉の回転』だ! 空気抵抗すらも大胸筋の圧力でねじ伏せる!」
「ば、バカな……! あんな重力に逆らうような軌道、物理的におかしい!」
その後も、力也の独壇場だった。
くるみが「えいっ!」と可愛らしく打ち上げたボールを、御子柴が『風速と落下地点から逆算した最適なトス』で上げる。
しかし、力也は御子柴の計算の遥か上を行っていた。
『踏み込み位置の砂の密度を最適化し、足裏全体で地面反力を最大まで吸収……そして、跳ぶ!』
ダンッ!!
砂を爆発させるような強烈な踏み込みと共に、力也の巨体が空高く舞い上がった。
「うそ……っ!? あんな不安定な砂浜で、どうしてあんなに高く跳べるのよ!?」
敵ペアである結城と共に観戦していた鈴木が、信じられないというように目を見開く。
空中で弓なりに反った力也の体が、ボールを捉える。
『ボールの芯、わずか数ミリ下を叩く! 運動エネルギーの $95\%$ を直進方向に変換しつつ、微細なトップスピンをかける!』
「くらえ! 広背筋・エクスプロージョン・スパイク!!」
ドバァァァンッ!!
力也の手から放たれたボールは、まるで砲弾のような速度でネットを越え、御子柴の足元の砂浜を深くえぐって弾け飛んだ。
「ひっ……!」
御子柴は一歩も動けず、ただ砂煙を上げるボールの落下地点を呆然と見つめるしかなかった。
「……ゲームセット。私のカウント通りね」
凛が、ネット際で涼しい顔で宣言した。
彼女は力也の動きに合わせて絶妙なカバーリングを見せていたが、実のところ、力也がすべてを完璧に計算して動くため、ほとんど汗もかいていなかった。
「勝者、中山力也・神崎凛ペア!」
「よっしゃああっ! 見たか、これが筋肉の勝利だ!!」
力也が両腕を突き上げて筋肉を誇示すると、小鳥遊と星野が「最高っす力也くん!!」と歓声を上げた。
一方の御子柴は、膝から崩れ落ち、砂浜に両手をついていた。
「あり得ない……。あの男のスパイク、風の抵抗係数まで完全に計算されていた……。またしても……またしても僕は、あの筋肉の皮を被った悪魔に知性で敗れたのか……っ!」
「御子柴くん、しっかりして! まだ頭脳戦で負けたと決まったわけじゃないよ!」
結城が必死に慰めるが、御子柴の魂は半分抜けかかっていた。
***
白熱のビーチバレー対決が終わり、一行はパラソルの下で休憩を取っていた。
「力也様ぁっ!」
くるみが、冷えたスポーツドリンクと、可愛らしいフリルのついたタオルを持って力也へと駆け寄ろうとした。
「あの芸術的なスパイク、最高でしたわ! さあ、わたくしがその逞しい筋肉の汗を優しく拭って差し上げ――」
くるみが距離を詰めようとした、まさにその時だった。
「力也くん」
ふわりと、ココナッツとシャンプーの甘い香りが漂った。
くるみよりも一瞬早く、黒いビキニ姿の凛が力也の背後に回り込み、その広い背中にピタリと身を寄せたのだ。
「え?」
「り、凛?」
力也が驚いて振り返ろうとするが、凛は背中から力也にピタリと密着したまま、ある行動に出た。
彼女は、自分の首の後ろで結ばれていた黒いビキニの紐に手をかけると――スルリと、それを解いてしまったのだ。
「なっ……!?」
当然、ビキニのトップは前からの支えを失い、背中が完全に露わになる。前側は力也の背中に押し付けられているため見えないが、後ろから見れば極めて無防備で過激な状態だ。
周囲にいる全員――小鳥遊も星野も、結城たちも、そして駆け寄ろうとしていたくるみも、凛の予想外すぎる大胆な行動に完全に釘付けになった。
「ねえ。……背中、日焼け止め塗ってくれない?」
凛は、自分の持っていた日焼け止めのボトルを、力也の肩越しにスッと差し出した。
「おま……っ! 凛、お前紐を……! なにして……っ!」
力也の心臓が、本日最大級の警鐘を鳴らした。
「さっき、試合前に白鳥さんのことじっと見てたでしょ?」
凛は、背後から力也の耳元に唇を寄せ、周囲には聞こえないギリギリの音量で、甘く、そして独占欲にまみれた声で囁いた。
「……罰として。力也くんは私の肌だけ見て、ちゃんとお世話してよね」
「っ……!!」
「紫外線が強いから。……力也くん、得意でしょ? そういう計算」
凛は、熱を帯びた吐息を力也の首筋に吹きかけながら、とろけるような、それでいて圧倒的な勝者としての声で続ける。
「ケミカルな成分の浸透圧まで、完璧に計算して……私の肌の隅々まで、丁寧にすり込んでね?」
『!! な、なんだこの要求は!? 紫外線吸収剤の真皮層への浸透圧……いや、そんな理論的な問題じゃない!
この、周囲の視線が集中している状況下で、自ら水着の紐を解くという過激すぎる手段を用いてまで、白鳥くるみへの絶対的な「正妻マウント」を取ろうとしているのか!?』
力也の脳内スーパーコンピュータが、凛の小悪魔的な意図を完全に解析し、同時に熱暴走を起こし始めた。
背中に当たる、凛の柔らかな感触。そして、微かな吐息。
「ほら。早くしないと、焼けちゃう。……それとも、前向いた方がいい?」
「お、おう……。そ、そうだな! 皮膚がんのリスクを低減し、筋膜へのダメージを防ぐためには、適切な紫外線対策が必要不可欠だ! お、俺の指先の筋肉で、完璧な均一コーティングを施してやる!」
力也は真っ赤な顔をして、前を向かせることだけは断固阻止すべく、震える手で日焼け止めのボトルを受け取った。
「キーッ……!!!」
その光景を目の前で見せつけられたくるみは、持っていたフリルのタオルを両手でギリギリと引き裂かんばかりに引っ張った。
「またしても……! またしてもあの女狐!! なんという破廉恥な方法で力也様の意識を独占していますの!? 許せませんわ!!」
くるみが砂浜をバシバシと叩いて悔しがっていると、その後ろで、御子柴が血涙を流しながら天を仰いでいた。
「ああ……くるみのあんな際どい水着姿を差し置いて、神崎さんのあんな姿まで……! 中山力也め……っ! けしからん! 実にけしからんぞ!!」
(お前は一体何に怒ってるんだよ……)と、結城と鈴木が内心で同時にツッコミを入れる。
夏の太陽が照りつける砂浜。
力也は、共犯者からの絶対的な「正妻マウント」の要求に従い、周囲からの嫉妬と羨望の視線を一身に浴びながら、冷や汗を流して日焼け止めを塗るという、過酷なミッションに挑むのだった。




