第13話:球技大会と流体力学のスマッシュ
初夏の陽射しが照りつける体育館でクラス対抗の球技大会が開催されていた。
一年A組の出場種目はバレーボールであり力也は当然のようにレギュラーとしてコートに立っていた。
試合は終盤に差し掛かり相手クラスの猛攻によってA組は数点のビハインドを背負っていた。
「どんまいです力也くん、次で取り返しましょう」
小鳥遊が汗を拭いながら声をかけてきた。
(くくく、真面目にスポーツを楽しむ高校生たちには悪いがそろそろ物理学の暴力でゲームを支配させてもらおうか)
力也はサーブ権を握りエンドラインの後方へと歩み出た。
ホイッスルが鳴り響き力也はボールを高く放り投げた。
(ボールの重心を正確に打ち抜き無回転状態を作り出す、そこにカルマン渦が発生し不規則な軌道を生むのだ)
力也は流体力学に基づく完璧な計算のもと掌の芯でボールを叩いた。
放たれたボールはネットスレスレを通過し相手コートで急激にブレながら落下した。
レシーバーが一歩も動けないままサービスエースが決まる。
「な、なんだ今のサーブ……ボールが空中でブレて消えたぞ」
相手チームがどよめく中力也の無回転サーブによる連続得点が始まった。
あっという間に同点に追いつき今度はA組の攻撃のターンとなった。
セッターから力也の元へ高いトスが上がる。
(今度は強い順回転だ、ボールの上下で空気の流れに速度差を生じさせマグヌス効果によって急激な下降軌道を描かせる)
力也は高く跳躍し空中で完璧なフォームからスパイクを打ち込んだ。
ボールは相手ブロッカーの指先を抜けアウトになるかと思われた軌道から急激に落ちてコートの奥深くに突き刺さった。
ホイッスルが鳴り一年A組の逆転勝利が決定した。
「力也くん凄いです、あんな魔球みたいなサーブとスパイクどうやって打ってるんですか」
歓喜に沸くクラスメイトたちの中で小鳥遊が目を輝かせて力也に駆け寄った。
「簡単なことだ、俺の大胸筋が持つ豊潤な弾力を指先を通じてボールに転写しただけだ」
力也は息一つ乱さずに爽やかな脳筋スマイルを浮かべた。
応援席で見ていた鈴木が銀縁メガネを押し上げながらコートへ降りてきた。
「中山くん、ボールが空中で不規則にブレたり急落下したりしたのは明らかに空気抵抗の偏りよ、筋肉の弾力なんて一切関係ないわ」
「鈴木、君は筋肉の微細なコントロールを甘く見ているな」
力也は真剣な表情で鈴木を見下ろした。
「俺の指先の屈筋群がボールと接触する瞬間に、筋肉自らが最も美しい回転を求めて完璧な収縮速度と角度を導き出したのだ」
「しゅ、収縮速度……?」
「筋肉の直感による躍動が、結果的にボールの周囲に理想的な気流の渦を生み出したにすぎない」
鈴木は力也の主張を聞き完全に脳の処理が停止した。
「筋肉の直感だと言い張るくせに、やってることは流体力学のマグヌス効果を完璧に再現しているなんて、私の理解を超えているわ……」
鈴木は頭を抱えてフラフラと応援席へ戻っていった。
(あっはっは、いいぞ委員長殿、出鱈目な筋肉理論なのに結果が物理的に完璧という矛盾で今日も見事にバグっているな)
試合が終わり力也は人混みを避けて体育館の裏手にある水道へと向かった。
顔を洗い流して冷たい水で首筋を冷やしていると背後から微かに甘い香水が漂ってきた。
「お疲れ様力也くん、すごくかっこよかったよ」
振り返るとそこに神崎凛が立っており清潔なタオルを差し出してきた。
「神崎か、筋肉の躍動に見惚れたか」
力也はタオルを受け取りつついつも通りの熱苦しいトーンで返した。
「ふふっ、ボールを打つ直前、相手のコートじゃなくて天井の空調の風向きを確認してたよね」
凛は力也の隣に並び楽しそうに微笑んだ。
「あんなに風の影響を計算して相手のコートにボールを落とすなんて、本当に意地悪だよね」
力也はタオルで顔を拭く手を一瞬だけ止めた。
(むっ、こいつ、俺の僅かな視線の動きから環境要因の計算を読み取りやがったか)
「俺の筋肉が反射的に風の抵抗を感じ取っただけだ」
力也は動揺を隠し腕を組んで見せた。
「そういうことにしておいてあげる」
凛は少しだけ背伸びをして力也の耳元に顔を近づけた。
「ねえ、筋肉の直感なんて言って委員長さんを困らせてたけど、本当は私の前で頭の良さを見せつけたかったんじゃないの」
力也は凛の挑発的な言葉と近すぎる距離に僅かに心拍数を上げた。
「……自惚れるなよ、俺の筋肉は常に全人類に向けてアピールしている」
「じゃあ、そういうことにしておくね」
凛は小悪魔的なウインクを残し足早に体育館の方へと戻っていった。
力也は彼女の残した香りを嗅ぎながら邪悪な笑みを噛み殺した。
(俺の視線から計算の根拠を看破するとはな、相変わらず恐ろしい女だ)
力也は心地よい疲労感と知的なスリルを存分に味わいながら次の試合へ向けて歩き出した。




