第11話:ゲーマー星野の深夜の怪談と電磁気学
深夜の秀英学園学生寮。
力也は質の高い睡眠による成長ホルモンの分泌を促すため深い眠りについていた。
突然ドアを激しく叩く音が響き渡り力也は目を覚ました。
(くっ、筋肉の超回復という神聖な儀式を邪魔する命知らずは誰だ)
力也は不機嫌な顔でベッドから起き上がりドアを開けた。
「り、力也くん、助けてよ、僕の部屋に幽霊が出たんだ」
そこに立っていたのは隣の部屋に住む一年生の星野海斗だった。
星野は重度のゲーマーであり常に画面の青白い光を浴びているため顔色が悪いが今は恐怖でさらに青ざめていた。
「星野か、俺の広背筋が怒りで震えているのが見えないのか」
「ご、ごめん、でもラップ音が鳴ってパソコンのモニターも勝手に点滅するんだ、絶対にポルターガイストだよ」
星野は涙目で力也の逞しい腕にしがみついた。
(幽霊だと、非科学的な妄想で俺の睡眠を妨害した罪は重いぞ)
力也は内心で舌打ちをしながらも星野の部屋へと足を踏み入れた。
星野の部屋は複数のモニターやゲーム機が所狭しと並べられタコ足配線が這い回っていた。
ピシッ、パキッという奇妙な音が壁や天井から不規則に鳴り響いている。
さらにメインモニターの画面が一瞬だけノイズまみれになって明滅した。
「ひぃっ、また鳴った、ほらモニターもおかしいよ」
星野は力也の背中に隠れてガタガタと震え出した。
(くくく、なるほどな、ただの物理現象の詰め合わせじゃないか)
力也は室内の温度と配線の状況を一瞬で把握し脳内で完璧な計算式を組み上げた。
「星野、君の恐怖は筋肉への理解が足りないことから来ている」
「えっ、筋肉と幽霊に何の関係があるの」
「このピシッという音は建物の筋肉がストレッチをしている音だ」
力也は壁を軽く叩いてみせた。
「日中に温められた建材が夜間の気温低下によって収縮する際に生じる熱膨張係数の違いによる摩擦音、俗に言う家鳴りというやつだ」
「ね、熱膨張係数……」
「さらにこのモニターの異常だが、君の部屋の劣悪なタコ足配線が原因だ」
力也は床を這う無数のケーブルを指差した。
「古い配線に過剰な電流が流れることで強力な電磁場が発生している、それがモニターの基板に電磁誘導を引き起こし一時的な誤作動を生じさせているのだ」
星野はポカンと口を開けて力也を見上げた。
「建材の収縮と電磁波……じゃあ幽霊じゃないの」
「当然だ、俺の大胸筋がオカルトなど存在しないと力強く断言している」
力也は力こぶを作り爽やかな脳筋スマイルを浮かべた。
「電磁気学的なノイズは筋肉の電気信号をも乱す可能性がある、今すぐこの貧弱な配線を整理して良質な睡眠をとるんだな」
「う、うん、分かったよ力也くん、なんかよく分からないけど物理的な現象だって聞いて安心したよ」
星野は力也の完璧な物理学の解説と意味不明な筋肉理論の板挟みになりながらもすっかり怯えをなくしていた。
(あっはっは、チョロい奴だ、完璧な論理を筋肉のオブラートで包み込んでやれば簡単にバグるな)
力也は星野の恐怖を論理と狂気で上書きできたことに満足し自分の部屋へと戻った。
翌朝の食堂で力也がプロテインを飲んでいると神崎凛が向かいの席に座ってきた。
「おはよう力也くん、昨日の夜、星野くんの部屋で何かあったの」
凛はトーストをかじりながら楽しそうに微笑んだ。
「何のことかな、俺の筋肉が迷える子羊を導いてやっただけだ」
「ふふっ、星野くん、力也くんが熱膨張と電磁誘導について凄く詳しいって感動してたよ」
凛は身を乗り出し声を潜めて囁いた。
「あんなにたくさんのゲーミング機材がある中で瞬時に配線の負荷と電磁場の乱れを見抜くなんて、力也くんって本当に意地悪で頭がいいよね」
力也はプロテインを飲み込む手を一瞬だけ止めた。
(こいつ、星野の雑な説明から俺の思考のプロセスを完璧に逆算しやがったな)
「俺の脳細胞という名の筋肉が反射的に危険を察知しただけだ」
「そういうことにしておいてあげる」
凛は小悪魔的なウインクを残し自分の席へと戻っていった。
(ただの怪談騒ぎの解決すらこの女の前では隙にならないとはな、だがこのヒリヒリする知恵比べ、悪くない)
力也は空になったシェイカーを置き楽しげに口角を吊り上げた。




