007
『アスクノーツ生のみならず、現場で戦う騎士たちは、多くが動物をモチーフとした鎧に変形させているな。まぁ動物が悪いとは言わないよ。動物だって優れたところはある。でもな、それだけじゃいけないんだ。俺がお前にくれてやるのは、新次元の鎧だ。だから、しっかりとお前に覚えてもらう必要がある。時間もない。突貫作業でいくぞ』
とはいえ、作業は困難を極めた。
僕の言葉を聞いて、身の上話に共感し、そしてなによりあれはエー先輩が僕に憑依して実行してしまったことだが、ジェイスを殴って宣戦布告したことについては涙を流すどころか惜しみない拍手と咆哮が鳴り止まなかった職人たちとカイドウ親方。
「俺ぁ前から権力を鼻にかけて威張り散らす上流階級のクソどもが気に入らなくて、まぁぶっちゃけ滅んじまえって思ってたわけよお! それがなんだ? お前、ウルスラ家の三男をぶん殴って御前試合の相手に指名しろって命令するとか………最高すぎるだろっ! 偉い! お前は偉い! 俺ら貧民たちの総意を述べるどころか、マジでぶん殴るたぁ恐れ入るぜえ!」
カイドウ親方なんて、泣きながら爆笑してたくらいだ。
それで惜しみない協力を申し出てくれて、最初の依頼である鉄を手にする───と思いきや、実はそうではなく、職人たちから借りた工具などを使って、僕はお人形を作らされていた。『いくらなんでも心得のない奴を鉄火場にぶち込むわけないだろ。死ぬぞお前』だってさ。それはそれで安心したのだけど。だからって、意味不明な人形を作らされる意味がわからない。
サイズは僕の顔くらいのもので、先ほどから延々と廃材を切り取っては削り、貼り付ける───という気が遠くなりそうな作業を、日が暮れるまで続けさせられている。
『鋼鉄騎士の授業は、俺にとっても興味がある内容ばかりだった。お前、どれくらい理解できた?』
「えっと………その。すみません。さっぱりでした」
『ん。それでもいいよ。お前は他と比べてスタートが遅かったんだ。仕方ない。俺は差別しないし馬鹿にしないよ。しっかりと教えてやるからな。まずは今日と昨日のことだ。
鉄片を削り出している僕に、エー先輩は優しく語りかける。創造する時は厳しいくせに。人格が変わるタイプなのか。
『その歴史とかは省略する。簡単に言えば、鋼鉄騎士ってのは象形文字みたいなもんだな』
「しょー、けい?」
『あー、悪い。この世界にはそういうの無かったな。象形文字っていうのは、ものの形を象って作られた文字のことさ。前世の前世では普通に使われてた。ものの形が徐々に変化していって、最終的に文字として扱われるんだ。神鋼もそう。使い手のイメージを象って変形する。じゃあ、なんで動物がモデルな騎士が多いと思う?』
「え、っと………可愛い、から?」
『なかにはいるだろうけど、全員とは言い難いだろ? お前だったら、なにを想像する?』
授業を教えてくれる教師よりもわかりやすい。教師たちは全員ペースが早い上に呪文みたいだった。エー先輩は僕に合わせてくれるから、わかりやすいのか。
「………蛙とかですかね」
『なんで?』
「おいしいですよ? 畑でよく取れる主食です。お肉って貴重ですから」
『………それ、間違っても学園で言うなよ? これ以上評価が下がるどころじゃないからな? 気の弱そうな上流階級っぽい女の子がいたから、ぶっ倒れられるぞ』
蛙肉のどこがいけないのだろう。隣町に出た時、父さんに「みんなには秘密だぞ」と鶏肉を焼いた串を買ってもらったけど、蛙肉の食感はそれに似ているのに。泥臭ささえ抜けば、この学園で流行るのではないかと思っていた。
あの食堂で無料で振る舞われる食事は、僕にとってはどれも異次元で、水だって豊富という信じられない環境だ。きっと蛙肉だっておいしく調理してくれるだろうに。
『とにかくだ。そういう食欲を抜きにして、動物ってのは人間より強いからな。強靭な筋肉の他にも爪や牙を備えている。家紋に取り入れている名家もあるだろ。神の使いと信じている国もあるくらいだ。そういうのから力を借りたいと思ってるんだよ』
「じゃあ、エー先輩は、僕はなんのイメージを持つべきだと思うんですか?」
『ん? 今作ってる、それ』
「こ、これ!?」
びっくりした。
とにかく厳しく指導されて作らされている人形が、まさか僕の鎧だなんて。
「………所々、歪んでますけど」
『そんなのあとでいくらでも調整できる。いいか? お前はとにかく意識して作るんだ。どんなパーツだろうと集中しろ。どんな動きをするのか、どんな能力があるのかって考えろ。意味不明だろうけど、これをやるのとやらないのとでは、大違いだ』
「は、はぁ」
とにかく「なぜ?」と思うことばかりだ。
イメージどおりに象られるのなら、わざわざこんなことをする必要がないのに。
『今日の授業の最後で興味深いこと言ってたしなぁ。多分これ、使えると思う。ジェイスに勝てると思うぞ』
「えっ!?」
低く笑うエー先輩は、とても悪い顔をしていたけど、召喚して3日が過ぎれば慣れてしまったもので。
それから語る内容というのが、僕はもちろん誰も予想しないだろうものだった。
1週間というのは予想以上に早く過ぎるものだった。初めて知った。
これまで僕の7日間と言うのは、なんら変わり映えのない日々で、毎日仕事に明け暮れるばかりだったから、心に余裕がなかったのかもしれない。
いや違う。今は昔以上に余裕がない。
すべてエー先輩のせいだ。
僕は先週、全校生徒がいる前で同学年の主席に喧嘩を売って宣戦布告した───のはエー先輩だけど、結果的に僕がしたことになっているというか、もうそれしかない。
1日1日を大切に過ごす。あと5日、あと4日と刻々と、冷徹に時間は過ぎていく。予め余命宣告を受けているようなものだから、あとどれくらい生きられるのかを神に感謝して過ごし───ていたらエー先輩にバレて叱られた。
『やれることはやったし、問題ない。早くあのガキ大将を片付けてきな』
だってさ。ひとの気も知らないで。
でも、あれから毎日エー先輩の指導を受けた。初日と比較すれば、かなりできることや選択肢が見えてきた。
それでも疑問は絶えない。特にエー先輩に思い切って打ち明けた時なんて不安が増すばかりだった。
「僕、今まで喧嘩とかしたことないんです!」
『あ、そうなの? じゃあジェイスをお前の実家の畑とかにある鳥避けの人形とでも思って殴ってきな』
だってさ。本当にもう、ひとの気も知らないで。
故郷に同年代の子供はいるが、みんな等しく貧乏で、喧嘩をしている暇があるなら家業の手伝いをする。だから争いごとなんて、まったくの無縁の生活だったのだ。
そんな僕を無情にも歓声が出迎える。
御前試合の登録は、ジェイスが僕を指定した。登録には特に入念に確認を取っていたと噂になるくらい。
僕は逃げることもできず、時間になれば大人たちに捕まって、アスクノーツ学園の由緒と伝統のある闘技場へと連行された。
職員たちがなにを言っているかわからなかったが、エー先輩が聞いてくれている。あとで聞けばいい。呆然としながら時間を待っていたら、すぐに入場しろと命令が下る。
この日のために貸し出される鎧を装着するためのインナースーツに袖を通し、嫌だとも言えないまま、僕は流作業のごとくポイと闘技場へ放り出されるのだった。
観衆の声援が痛い。砂が敷き詰められた地面。そこに立つ僕の正面には、まさに待ちきれないといった顔をした、猛牛同然のジェイスがニタニタしながら処刑執行人のごとく待ち構えているのだった。
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