006
夜更けのことだった。
アスクノーツ学園は全寮制で、生徒は宿舎で寝泊まりする規則となっている。
しかし預かる子供は貴族や王族、他国から留学した特待生枠の高貴な身分の子孫がいるため、宿舎にはそういった上流階級の子息、令嬢を世話する付き人のための部屋も用意されていた。
決して狭くはないが広くもない。付き人同士が交流することはまずない。大人から子供までいる。大人ならまだしも、子供なら主人が望めば一応生徒として扱い、制服を支給することができた。
部屋は防音性に富み、魔法道具を使えば主人の親などと通信することができる。その日の行動の報告などが義務付けられている王族の子孫は、こうして知らぬ間に付き人に日々の生活を報告されるのを、そこまで気持ちよく思うはずがなかった。
さて、その日に通信を取っていたのはカディアンという付き人で、連絡先はグフマスタス・ウルスラ。つまりジェイスの父親にして、ウルスラ家の当主である。カディアンはジェイスの世話人としてグフマスタスに派遣された。いつでも見張れるようにと生徒として登録する徹底ぶりである。
『………ジェイスめ。普段から血の気が多くて困ったが、まさか貧民出身の虫ケラを、あろうことか御前試合の相手に指定してしまうとは。まったく………困ったものだ』
グフマスタスは頭を抱える思いをねじ伏せ、一通り悪態ついたあと、カディアンを睨みつけた。
「申し訳ありません。私が側にいながら、ジェイス様を阻止できませんでした」
『腕っ節では貴様程度、抑止にもならんだろうよ。そこは期待しておらん』
「は………」
カディアンは能面のような無表情を浮かべ、頭を下げる。
壁に投影される、いかにも成金といった風貌のグフマスタスは、数秒黙したあとに決定を下す。
『取るべき手段はひとつ』
「はっ。早急にエール・ノアを脅迫するか、クランド学園長に退学処分を要請します」
『馬鹿者が。それはあとででいい。こちらから私兵を送り込む。貴様は我が従僕をクランドにも知られぬよう受け入れ、御前試合まで厳重に隠しておけ』
「当主様直近の? ノーディアス様ですか?」
『そうだ。ジェイスにもしなにかあってみろ。………ウルスラ家の恥となる』
「………は」
グフマスタスはいつもそうだ。教育に関心がない。家の発展による栄光を重視するあまり、妻は早くに逃げ、長男と次男は見事なグフマスタスのコピーとなった。
一方でジェイスはグフマスタスに反発するので手を焼いていた。これでも早くから社交界デビューさせてしまったので、今さらジェイスがいなかったことにはできない。長男と次男にように学園に入学させたはいいものの、秀でた成績をするがスキルスコアで負けた。
グフマスタスは早々にジェイスに見切りをつけていたのだ。どうにかして家名に汚辱を塗り付けるような真似はせず、卒業させたら適当に鋼鉄騎士にして、どこかに送り飛ばすつもりでいた。
『まさか入学した翌日にそんなことになっていようとはな』
「ですが当主様。お言葉を返すようですが、相手は初心者。鋼鉄騎士になるべく幼少の頃より訓練されていたわけではありません。そんな虫ケラにジェイス様が負けるとは到底───」
『仮に負けたとしたら?』
「───え」
『負けたとしたら? 貴様の称する虫ケラに、ジェイスが負けたとしたら。差などどうでもいい。結果がすべてだ。仮にジェイスが虫ケラに敗北すれば、我がウルスラ家が、いや私がここまで苦労して積み上げた栄光が一瞬で水の泡と化す! その時、貴様責任が取れるのであろうな?』
「………申し訳ありません。失念しておりました」
『妄想でものを言うな馬鹿め。だから貴様はダメなのだ。これだから妻に似て………ハァ。呆れさせてくれるなよ?』
「申し訳ありません」
なんとも高圧的な物言いに、カディアンは萎縮する。昔からグフマスタスという男が苦手な印象。そして当主と使用人という立場上、反論は許されない。どれだけ理不尽を突きつけられても、カディアンにその権利はないのだ。
『御前試合でジェイスが負けるようなことがあれば………構わん。事故を装って貧身共々………殺せ』
「し、しかしっ」
『おい。私に意見するのか?』
「………いえ。………承知しました」
『それでよい』
カディアンはジェイスの使用人だ。あれで信頼はできる男なのだろう。ともに殺せと冷酷に告げたグフマスタスの判断に愕然としていた。
ジェイスがウルスラ家を毛嫌いする理由はここにあるのだろう。そして奇しくも、皮肉にも似たもの親子であった。自分の尊厳のためなら、簡単に家族を差し出せるところが。
『よいな。失敗は許されんぞ』
「は。承知しました」
『ノーディアスも慎重に隠せ。あれは使える男だ。そのスキルは手元に置いておきたい。もし仮に失敗しようものなら、貴様が盾になってでも守り退路を確保せよ』
「………は」
カディアンが返答をする前に、グフマスタスは通信を切断する。横柄な男だと知っているのだろう。カディアンは壁に投影された映像が暗転しても憤慨することなく、しばらく呆然としていた。
───というところを目撃した悪魔が、ニヤァと笑う。
『ふーん? ウルスラ家ってそういうことしちゃうんだ? へー、なぁんか胡散臭ぇところがあるなぁって思って、気になって覗いてみたらこれだよ。なかなか面白ぇことしてくれるじゃないの。それってつまり、アレだよなぁ? ガキの喧嘩に親がしゃしゃり出てくるって? 上等じゃねぇか』
それは悪魔にとっても嬉しい誤算だった。
壁ににょきりと上半身を生やして笑うも、当然カディアンにはなにも聞こえない。
カディアンには同情するが、ウルスラ家に所属しているなら敵だ。
『いやぁ、この体になると諜報活動も便利だねえ。普段こんなことやらないから、どんなもんかって試しに外に出てみたけど、こりゃあなかなか。今後も継続してヤバそうな奴の部屋でも覗いていきますかね。ヘッヘッヘ』
笑いながら去る悪魔。
カディアンもジェイスも、なんならエールも、これから発生するであろう波乱もことは、なにも知らない。
「エー先輩。昨日の晩はどこを散策したんですか?」
『コラ。喋っててもいいけど手を止めるな。んな大したところじゃねぇよ。女子生徒の風呂場を堪能しただけだ』
「ちょっ………湯浴みを覗き見たってことですか!?」
『馬鹿。声がデケェよ。俺は周囲から認識されないからいいとして、お前の声は丸聞こえなんだから。そういうの周りに女子がいたら印象を悪くするだけだから気をつけるんだな』
「あ、は、はい。………じゃなくて!」
なんでこう………エー先輩は自由人なんだろう。
そりゃあ幽霊みたいなものだから、覗かれた女子だって気付くはずないけど。
だからって、覗き行為そのものが許されるはずないのに。
僕はカイドウさんの工房に訪れていた。通うことを許された翌日も足を運ぶと、昨日と変わって職人のおじさんたちが快く出迎えてくれた。顔が怖いだけで、みんなとてもいいひとたちだった。
工房の片隅の広場にて。僕は廃材を使ってエー先輩の課題に取り組んでいた。
それは幼い子供なら誰でも覚えのある遊びみたいな行為だった。僕の場合は泥で遊んだ。でもこれは、それよりもっと細かいし難しい。
「これ………なんの意味があるんです?」
『鋼鉄騎士の授業で習ったろ。神樹グラディオスから切り取られる鋼、通称神鋼にイメージを送ると鎧みたく変形するって。だから、これからお前にその具体を刷り込んでやろうと思ってな。………ディテールが甘い! やり直せ!』
「しかもすごいスパルタ………」
僕は今、エー先輩の指導によって、廃材で変な形状をした人形を作らされていた。
ブクマありがとうございます!
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




