005
訪れたのは鉄火場だった。工廠には30人ほどがいて、高温で溶かした鉄を加工している。
こんな場所に来たのは初めてで、緊張する反面、興奮していると気付くのに時間がかかった。
ところがそんな感情を自覚するのと同時に、やはりというか、部外者が無許可で侵入したのだから、職人たちが蜂起したように立ち上がり、僕を睨みつけながら包囲する。
「なんだお前………薄汚ぇ格好しやがて。ここは物乞いが来るところじゃねぇんだよ」
「奴隷市から脱走したってか? 残念だが、ここには奴隷を匿うほど余裕のある奴はいねぇぜ」
「失せろガキ。働きたいってんなら別だがな!」
なんて怖いひとたちなのだろう。
故郷の隣町にも、こんな大人はいたけど接点などなかった。父さんの教えで近づかなかったし、直視しなかった。視線が合えば因縁を付けられる。無力な僕ではどうすることもできず、捕まって殺されるか、奴隷としてどこか遠い場所に売られるかのどちらかだと言っていた。
それなのにエー先輩は、わざわざ僕をこんな魔窟に放り投げて、なにをしようと言うのだろう。
『まぁそう慌てるなって。ビビッてもいいし顔に出してもいい。でも、無口にだけは絶対になるなよ? 全部俺に任せておけ。俺の考えが正しけりゃ、きっと道は拓ける。………よし。十分にひとが集まったな。もういいだろう。俺が言ったこと、大声で叫んでみな』
それならジェイスにやったみたいに、エー先輩がやればいいのに。と思ったのだが、エー先輩にはエー先輩なりの考えがあるのだろう。きっとエー先輩ではなく、僕がやった方が効率的………とか?
「ぁ、あ………あの!」
「あ?」
可能な限り大声を出してみる。理由はすぐわかった。
この工廠は雑音が多いし、それこそ騒音のような音が鳴りまくっている。小声ではなにも聞こえないし、ここに勤務する大人たちを苛立たせるだけだ。
今こそと勇気を奮い立たせ、眉根を寄せる男たち全員に聞こえますようにと願って、エー先輩の言葉を伝えた。
「お、親方に会わせてください! 僕はエール・ノア! アスクノーツ学園の生徒です! 本日は、親方含め皆さんにお願いがあって参りました!!」
「小汚えなりしてる分際でアスクノーツ生だぁ? ………いや、マジかよ」
エー先輩に促され、ボロ切れ同然の衣服に縫い付けるわけにもいかない校章を差し出した。エー先輩が言うには突きつけろ、だったけど、今の僕にそこまでできる勇気はなかった。
「アスクノーツ生のエール・ノア、ね。………どこかで聞いた名前だな。んで? おやっさんになんの用だ? まさか学園長は、お前みたいな小僧を使いに出すのか?」
「あ、いえ。それは………えっと、僕個人の依頼というか、お願いがあります!」
「なんだよ」
「鉄を、僕にも加工できる鉄を買わせてください!」
「はぁ? なに言ってんだテメェ。アスクノーツ生って言えば、鋼鉄騎士だろうが。確かに俺らの工房にゃ、神樹グラディオスから採取する鋼をメインに取り扱ってるが、加工前のは学生が触れるわけねぇだろうが」
僕だってなにを言わされてるのか、よくわかってない。
神樹グラディオス。アスクノーツ学園だけでなく、王都にもいくつかある巨大樹だ。僕が知っている木とは違って、普通の木ではない。実をつけない代わりに、一定の期間でどこかが肥大化し、それを切り取ると大きな鉄の塊となる。鋼鉄騎士はそれを纏うことで戦力を得る。最初の鋼鉄騎士の授業で習った。
でも、加工前のものに触ってはいけないというルールは初めて知った。
「おう、なにしてる馬鹿息子ども。なんの騒ぎだ………あん?」
『へへ………おやっさんそっくりだなぁ』
工房の奥から一際野太い声が響く。のっしのっしと歩いてきた割には低身長。それにしては横に広い。ドワーフみたいだった。多分、大勢から頭を下げられているので、このひとが親方なのだろう。
それにしても、エー先輩は親方を見て、なぜ喜んでいるのだろう?
「ああ、おやっさん。アスクノーツ生が鉄を買わせてくれって来てましてね」
「鉄だぁ? ハッ、見たところ農民の出ってところだろうが、なおのことお断りだね。ここにゃあ神樹に携わりてぇとか、職人になりてぇって目標を持って弟子入りする奴が、数年の修行を積んでやっと鉄に触ることを許されるんだ。お前みてぇなガキに誰がおいそれと触らせるかよ」
まぁ、そうだよな。職人にとっては聖域みたいな職場だ。半端どころか、そういう職を志してもいない僕が来ていい場所ではない。
それでもエー先輩は、僕に囁く。
「ま………待ってください! 話だけでも!」
「断る。仕事に支障が出らぁな」
「御前試合に出ることになりました! 相手はジェイス・ウルスラ。ウルスラ家の三男にして、学年主席です! 仰るとおり僕は農民の出ですけど、どうしても彼に勝ちたいんです!」
「………チッ。そういうことかよ。来な。話くらいは聞いてやらぁ」
いったい、これはどういう心変わりだろう。あれだけ僕を鬱陶しそうにしながら門前払いしようとしたドワーフが、急に受け入れてしまった。
エー先輩を一瞬だけ見る。なんだか懐かしそうに笑っていた。
工房の奥にある暑苦しくて男臭のする休憩所にて。
なんだかんだ言って、なぜか大勢が休憩所に押しかけた。とはいえ全員が収容できるほどのスペースはなかったらしく、多くが廊下にはみ出して僕と親方の会話に耳を傾けていた。
僕はエー先輩のアドバイスどおりに言葉を選んだ。なぜこうなってしまったのか。その経緯を。ジェイスに至っては「女を脅して侍らせるクズ野郎」というエー先輩の率直な意見を聞かせると、親方や職人たちは「うんうん」と感慨深そうに何度も首肯していた。
で、話も終盤に差し掛かった頃、全員に涙が浮かんだのだった。
「───と、まぁ。こんな感じになります」
「そうかそうか。辛かったなぁ、テメェもよぉ」
「あ、いえ。あの、まぁ………はい」
同情した末に、全員が号泣している。いったい、これはどういうことだろうと、そっちの方が気になってしまい、まともな返答ができなかった。
「お前も貧身出身だったかぁ。それなのにスキルスコアだけが異常で、アスクノーツに入学を許されたと。たはぁ………数奇な運命だねぇ」
親方の言葉に職人たちが首肯する。そしてまた号泣した。
「あ、あの。なんでそんなに泣いているんですか?」
「これが泣かずにいられるかよ! ここにいる奴ら、全員が貧身出身よぉ! この俺もな!」
「え、そうなんですか!?」
「おうよ。かくいう俺もテメェと同じで、クランド………学園長とは繋がりがあってな。昔は勉強を教えてもらったし、今ではこうして仕事をもらってらぁ。まぁ、見合う成果は出せるようになったんだがなぁ! それになにも悲しいことだけじゃねぇ。英雄のシドウ、ありゃあ俺の倅よぉ! クランドの娘のレイシアと密かに交際してたんだが、英雄になって初めて婚姻できたってなぁ! それまで世間が許さなかったみてぇだしなぁ! 貴族連中が特にうるさくて、俺ぁ何度ぶっ殺してやろうかと思ったらくらいよぉ!」
「シドウ様のご家族だったんですか!?」
初めて知った。まさかこんなところに英雄様の生家があったなんて。
エー先輩を一瞥してみる。してやったりという顔をしていた。
『いやなに、昨日の晩の散策でな。ここらの工房をちょいと覗いてみれば、知った顔がいるじゃねぇか。これもなにかの運命ってな。お前と引き合わせてコネを作らせてもらった。けどおやっさんとのコネは大事だぞ。お前にくれてやる俺の技術のすべてがここにあると断言してもいい』
とは言ってはいるけどなぁ………。
ブクマ、評価ありがとうございます!
ここにきて愛用していたノートPCが完全にぶっ壊れるとかいうアクシデントに見回れ、今はiPadをポチポチやっています。ペースダウンが痛いです。
次回は夜に更新します!
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




