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004

「ハァ………」


『19回目のため息だな。なんだ、恋煩いか? 安心しろ。俺、そういうのも得意だから。さ、言ってみ? 誰に惚れた?』


「エー先輩………それ、本気で言ってます?」


『ん………ごめん。本気じゃあ、ないなあ』


「じゃあ、なんで僕がこんなに落ち込んでるのか、わかりますよね?」


『………ジェイスの件と、お前の授業に対する理解度かな』


「………当たりです」


 どちらも言い当てられてしまった。


 そう。ジェイスの件もそうだけど、僕は初めて臨んだ授業に、まったくついていけなかった。


 そもそも僕には学がない。読み書きは隣町に住んでいた、兄や姉と思う複数の懇意にしてくれるひとたちに習って習得したけど、アスクノーツ学園で最初からそれをやる………なんて都合のいいことはなかった。


 ここに通う生徒たちは幼少の頃から読み書きだけでなく計算まで習得して、さらに練度を高めてから高度な授業に挑んでいる。


 対する僕は、出身地である遠い故郷に学舎などなかったし、実家には本すらなかった。幼い弟や妹は計算どころか読み書きすらわからないと思う。両親だって、まともにできないだろう。それでよく売り上げが足りないことがあった。計算ができないから、誤魔化されたのだ。


 僕は二桁の計算ならできるけど、三桁以上は習っていない。だから授業についていけない。


「どうすればいいんだか………このままじゃ、御前試合が始まる前に退学だって………」


『いや、そりゃ早すぎだろ。御前試合後になんらかのペーパーテストがあるはずだ。それにギリギリで合格する点数を取りさえすれば在校できるだろうし、一度や二度との試験でゼロ点だったからって、いきなり退学にはならねぇよ。安心しな』


「他人事だからエー先輩はそんなに気楽でいられるんだ」


 僕はつい、拗ねてしまい、心にもない発言をしてしまった。


 故郷ではそれで仲がこじれてしまったひとがいる。あっ、と思って振り返り───目を丸くした。


『気楽なんかじゃねぇよ。お前がここでなにかを成さなけりゃ、俺がここになんで来たのかも知ることもできない。まぁ安心しな。授業は俺も聞いてた。あのくらいなら理解できる。計算もな。だから俺が教えてやるよ』


 エー先輩はまったく怒っていなかった。大人みたい、いや故郷の村の大人以上の対応だった。


 それどころか、拗ねた僕を宥めて、歩み寄ってくれる。勉強を無償で教えてくれるひとなんて、隣町のあのひとたちみたいだ。


『これでも前世の前世………最初の人生な。お前が通ってる学校よりも、上の学校に通ってたんだぜ? 計算は得意じゃなかったけど、最初の転生してからできるようになったし。授業内容もあらかた理解した。お前が試験に合格できるよう教えてやる。だからもう拗ねるなって。な?』


 なんなんだろう。このひとは。


 温かみがあった。


「本当に………教えてもらえるんですか?」


『ああ。全教科任せておけ。俺も一緒に勉強し直すから。いやぁ、また学校に通えると思ったらワクワクするな。最初の転生で失ったものだから、なんだか懐かしいよ』


 僕とエー先輩は笑顔を浮かべた。僕はこの特徴が掴めなかったスキルスコアで学園のトップを狙えそうな気がしてきた。まだエー先輩の全貌は掴めてはいないけど、このひとになら任せられると思ったんだ。


 けど、それですべてが解決したわけではない。


「………ハァ」


『20回目。あー………お前にとっちゃ根本的な問題があったわな』


 忘れてはならない、ジェイスとの決闘。来週という短すぎる期間で、僕は死を覚悟しなければならないのだ。


「………エー先輩のせいだ」


『そう拗ねるなって。俺はな、なにも勝算がない戦いをする主義じゃない。ちゃんと相手を選んだつもりだぜ?』


「学年主席を相手にするんですよ!?」


 これまで住んでいた世界とは違う。まるで異世界のような学園のなかに放り込まれた虫ケラ。それが僕だ。


 同じ教室にいても、平民出身であっても才能があれば入学を許されるという制度を超越し、貧民出身の僕がここにいること自体が間違いのように思えたのに。僕からすれば平民出身であっても平伏しなければならないというのに、エー先輩はさらに上の、頂点を相手に喧嘩を売ってしまった。


 きっと両親が聞けば「私たちが代わりに死ぬので息子を許してください」と懇願しに行く事態となりかねない。


『お前、鋼鉄騎士になりたいんだろ? 学年主席がなんだよ。所詮は坊主じゃねぇか。ピッカピカの1年生のお山の大将相手にビビッてちゃ、なにも始まらないぞ』


「エー先輩の感性は、どこかおかしいですよ!」


『お、よくわかったな。前世では狂人って呼ばれてたんだ。やること成すこと全部が頭おかしいってな。そりゃあ周りからなかなか理解は得られなかったけど、それでも成果を出し続けたよ。ジェイスとの喧嘩も任せておきな。お前には俺のと(・)っ(・)て(・)お(・)き(・)をくれてやる』


 まったく意味がわからなかった。


 これについては信用に足る要素がない。未だ半信半疑。


 そんな僕の感情を読み取ったのか、エー先輩は『鋼鉄騎士も授業でやってたからな。大体理解………まぁ、魔法とかは省略して。それでもお前が勝てる見込みはあるから全部任せな。続きはまた明日』と言って抜け出してしまった。勉強を教えてくれるわけではないのかと脱力し、その日は眠ってしまった。






 次の日の放課後。


 僕はルンルンと胸どころか全身をプカプカと浮かばせるエー先輩に案内され、初めてペンタリブル湖に浮かぶ学園の外に単独で出歩いた。最初はドルテ司祭様が用意してくれた馬車に乗ってきたから、初めて見る背の高い建造物に興奮して、土地勘を得るどころではなかった。


 そんなエー先輩が案内してくれたのは、学園の裏だった。


『昨日の散策は、前半は街を。後半は例によって職員室を探検したんだ。お前にとってはいいところもあったよ。今からそこに連れて行ってやる。校章は持ってるな?』


「あ、はい。一応」


 昨日の最初の授業で、生徒全員に校章が配られた。制服に縫い付けるタイプだ。


 高貴な身分の生徒は付き人にそれを預け、仕立ててもらう。平民は自分で縫い付ける。僕のような平民は着る制服もないので持ち歩くしかない。なんて見窄らしいんだと嘆いていたら、エー先輩は『なんか紋所みたいじゃん。問われたら、これが目に入らぬかっ。って感じで見せてやりな』とどこまでもポジティブな意見をくれたが。わけがわからないし、なんか恥ずかしい。


「あの、薄暗くなってきましたけど」


『学園の裏だしな。この都市の中央にあるアスクノーツ学園は、最大規模の建造物にして一番背が高い。で、その裏にあるってことは必然的に陽光が遮られて影になる時間帯が多い。立地としては最悪で、その分賃貸としても安価だろうさ。でも学園のすぐ裏にあるから、治安は良さそうだ。お前はどこか抜けてるところがあるから、学園から離れたところにある、こういう暗くてジメジメとした場所には来るなよ? なんか昨日、そういう場所で変な取り引きしてる奴らを見かけた。まぁお貴族様たちが通う高貴な場所だろうし? 家業とかも影響が出て、犯罪行為の暗躍や、裏取引なんかをする連中もいるんだろうさ。お前がそんなところに行けば、秒で死ぬかもな………っと、着いたぞ』


 怖いことを言うひとだ。と青褪めると、外出して10分で目的地に着く。


「なんですか、ここ? ………暑いんですけど」


『なかなか興味深いぞ。鉄を溶かして、その鉄を加工してるんだと。色々苦労してるみたいだしさ。とりあえず話だけでもしてみな? 大丈夫だって。俺に任せておけよ』


 なにが大丈夫なのかはわからなかったけど、僕はエー先輩に手招きされるまま、そのとにかく蒸し暑い場所に入るのだった。


ブクマありがとうございます!

前作は、アニメの世界にエースが転生して改善をするという内容でした。しかし今回は沿える原作アニメというものがない、まったくのオリジナル展開。畑が違うのにエースはなにをするのでしょうね。


作者からのお願いです。

この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!

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