003
「なんでお前みたいな貧民と、高貴な俺とが戦わないといけないんだぁ? お前、御前試合の意味わかってねぇだろ。新入生の代表が、その戦いを学園の大人や先輩、神に捧げるって意味だぜ? 新入生のトップである俺が選出されるのは当然として、なんで最下位みたいな底辺が選ばれると思ったんだ? 自意識過剰すぎて面白えなお前! ハハハ、ヒャハハハハハ! こりゃあ愉快だぜ。笑わせてもらった礼だ。今なら許してやるから尻尾巻いて逃げな」
まるでクズみたいな笑い方をするが、言っていることは正しいのだろう。
この学園には国の上流階級の子供たちが大勢いる。実力もある程度なら金で買えるってか。で、持たざるエールが底辺にいるのは当然で、戦えば結果などわかり切っている。わざわざ御前試合を公開処刑にするまでもないという、ジェイスなりの配慮とか? お優しいこと。
面白い。それならそのメッキ、剥がしてみようか。
「お前は貧民と馬鹿にする相手に負けるのが、怖いんだな」
「………は?」
「学年主席だなんて素敵な称号をもらってウキウキしてたのに、ド底辺野郎にぶちのめされて、さらにその下まで急降下する。そりゃあ怖いよな。その日から女を侍らせるどころか、表を歩けなくなるかもしれないもんな」
「なに言ってんだ? お前」
「さっきから言い訳ばかりがご立派な、板切れみてぇなプライドしてる主席様へ、賛辞を述べてるんだ。お貴族様のご子息とあろう者が、その程度もわからないか? さぞかしご実家の当主様も満足してることだろうよ」
「テメェ………言っていいことと、悪いことがあるぞ。家のことはいい。だが俺への侮辱は許さねぇ」
いいぞぉ。乗ってきた。一見、理性があると思えたが、小僧なんてこんなものだ。
シルバーのウルフカットの長身なガキ。それがジェイスの印象。実家も権力があるから鼻にかけるタイプってことか。なんて扱いやすいカモだろう。やっと椅子から立ち、俺を睥睨する。小僧でも学年主席。迫力だけはある。
ハーモンの方がまだマシ………いや、初期のハーモンと同等くらいか。俺がいた「天破のグラディオス」の世界には、比較すればジェイスなんて赤子どころか虫ケラにも思えるくらい怖い奴もいる。俺はそういう環境に慣れすぎて、もう小僧の凄み程度、なんとも思えなくなるどころか、可愛げのあるところを探すようになっていた。
大聖堂を思わせる食堂は広く騒然としていたが、エールがババァに絡まれた時から全生徒が面白半分で聞き耳を立てていたし、俺がジェイスに喧嘩を売ると完全に注目の的となった。
やってることは完全にヤベェ奴のそれだけど、エールを最短で強者にするという目標を完遂するためだ。ジェイスには踏み台になってもらおう。可哀想だけど、平民の女子に実家と親の権力を振り翳し、まるで自分の権力であると誇示するために道具のごとく侍らせるようなクズだ。どうなろうが知ったことじゃない。ビーツ臭がするのも気に入らないし。
「どうやらマジで死にてえみたいだな」
「それはどうだろうな。あっ、お前足元見ろ! 虫踏んでるぞ!」
「ぅあっ!? いやなにも踏んでブゥグッ!?」
隙を見せる方が悪いんだ。
やっぱりボンボンだから、虫を踏むのも嫌がるよね。どれだけ怒っていても、それだけは気にならないはずがない。
てなわけで、ジェイスが前屈みになった時、胸倉を掴んで引き寄せた。注意を逸らしたのも油断したのもジェイスのミス。簡単に傾倒し、俺たちの顔の距離が近くなったところで、渾身の頭突きを鼻の下にぶちかます。
鈍い音がする。周囲が騒然となる。まさか平民以下の貧民出身のド底辺が、上流階級の息子に危害を加えるだなど誰が予想していただろうか。
ジェイスを放してやると、簡単に床に座り込む。鼻と口を真っ赤染めていた。鼻血が出て止まらなくなったらしい。もうこうなったら、ジェイスは俺───ではなくエールのことしか頭にないだろう。それでいい。
「テメェ………!!」
「この喧嘩、買ってくれるか? 御前試合でさ」
「………いいぜ。決定だ。どこの誰だろうがぶち壊す! 誰に喧嘩売ったのか、1週間後に教えてやるよ!」
「そいつは楽しみだ。ありがとよ」
いやぁ、いい仕事したね。
憤慨するジェイスは、俺が背を向けた途端に襲い掛かると思ったが───案外理性が残ってたのな。御前試合で殺すと誓ったからには、やり返さないらしい。案外、しっかりしてるのかも。ハーモンに少し似てきたかな。ちょっとだけ好きになれそうだ。
俺はエールに体をすぐには返さなかった。まだやることがあった。
カウンターから身を乗り出してキッチンを覗き込む。炊事士たちが呆然として俺を見ていた。あの騒ぎを無視できるはずがない。
「おう、ババァ。俺が御前試合に出るってことは、ここの生徒だって証明できたよな? 奴隷じゃないって、理解できたよな? じゃあ、やることやってもらおうか」
炊事士たちのボスたるババァに声をかけると、ビクッと肩を震わせ、逃げたいのだろうが大勢が証人になってしまったためそれもできず。震えながら、笑顔を強引に顔に貼り付けて歩み寄った。うわぁ、なんて醜いのだろう。
「も、申し訳、ありませ───」
「ああ、違う違う。謝罪はいらないよ。あんただって貧民のガキに頭下げたくないだろ? そういうのは配慮するよ」
「え、い、いいのかい?」
「もちろん。時間の無駄だ」
「あっ、あ、ありがと───」
「でも罰は執行な? 確か自分で言ったもんな? 俺がここの生徒だって証明できたら、あんたは確か………そう。ペンタリブル湖を一周するんだっけ?」
「………っへ?」
「気候は温かくなってきたけど、水温はまだ冷たいだろうし………気を付けて遠泳してくれな?」
そう。忘れちゃいけないのが、エールを差別してくれたババァへのお礼。
賭けには勝った。ジェイスがエールを学園の生徒として認め、御前試合の相手に指名した時に。
それと同時に、ババァの約束、と言っても身から出た錆なんだけど、それを実行する時が来たわけで。
俺はババァに満面の笑みを浮かべトーンを低くして裁判官が放つ判決のように言い放つ。
「もう出た方がいい。日が暮れると水温が低くなって………危ないかもな。俺はいつまでも見てるぞ? 本当に一周したかしないかもわかる。日暮れ前に断念してもいいけど、明日また最初からやらせるからな?」
「ひっ、いぎ………く、くそぉぉおおおおおお!!」
元気なおばちゃんだね。変な声をあげながらキッチンから飛び出して行った。
今朝、エールが起床する前に、日の出とともに上空からペンタリブル湖を見たけど相当広かった。多分一周するのは無理だろう。見ている、わかるなんてのは嘘だ。それくらい言っておかないと、エールがまた同じ目に遭うかもしれないからな。
ババァが猛然と去ったあと、俺は食事を取るためのプレートを手にして、エールが食べるだろう分だけ乗せて外に出た。テラス席はまだ空いている。そこならエールにすぐにちょっかいを出す相手もいないだろう。
入学した翌日から、僕の学園生活はドン底の絶望一色に染まったと言えた。
エー先輩はなにを考えてあんなことをしたのだろう。まさかジェイスに喧嘩を売るとは思っていなかった。
ジェイスは王都でも有権者のひとり、ウルスラ家の三男だ。長男と次男もアスクノーツ学園を主席で卒業し、騎士として勤務している。騎士を輩出する名家と言えた。ウルスラ家こそ小規模でありながら、家のなかは軍事国家そのものだと噂を聞いたことがある。
その三男に、あろうことか喧嘩を売ってしまい、1週間後の御前試合で殺すとまで言われた。
これに絶望しないのであれば、それはとんでもなく図太い神経の持ち主だといえる。エー先輩みたいに。
たくさんのブクマ、たくさんの評価、リアクションありがとうございます!
次回は19時頃に更新します。エー先輩の本領発揮です。剣と魔法の世界でなにするんでしょうねこのひと。
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