012
エール・ノアではない別の誰かの記憶は、それは壮絶なものだった。
重傷を負った記憶が流れると、覚えているだけの痛みまで私の体にフィードバックする。これで悶えないはずがない。
全身を炎に包まれる環境で動けていたのも不思議だが、なによりこの男、死にかけすぎている。
傷を負う前はこの男の負の感情が流れ込んできた。逆にこちらの精神が崩壊しかけた。
私のなかに流れる情報は濁流と言えた。堰き止められた大河が決壊し、下流にあるものすべてを破壊する勢いで、私の頭のなかに制御を失って注入されていく。
私は当主の命令で各地に飛び、そこで任務を行った。アスクノーツ学園は初めてだったが、巨大湖ペンタリブルの周辺で行ったことならある。世界各地を巡ったが、この男の記憶には、どこにも私が知る場所はなかった。
多くの建物が木材でできているわけではないのか。あれは鉄か? どれも背が高く、さらに高い上空には半円形の半透明の膜が張られていた。
そして空を飛ぶ船? ………そこから飛び出る巨人?
意味不明だ。なんなのだ、この文明は。私の能力は本人の記憶のみを忠実に再現する。妄想まで読み取っていてはきりがない。
なら、この男の記憶は本物………!?
「が、あがっ………銀色の化け物………来るな………来るなぁああああ!」
「その化け物、足は何本だ?」
「4本………2本………いや、3本もいて………」
「よかった。ちゃんと見れてるな。そいつらはアンノウン。俺が戦ってた敵だ。順番に言えば………Aタイプ。雑魚だな。Bタイプはわんさか出てくる雑魚。Cタイプはデカいけど、終盤になれば雑魚だったな。序盤は結構苦戦したんだけど。もう苦労せず一撃で倒せるようになった」
こいつは、なにを言っているんだ?
私さえ知らないこの怪物が、人間の何倍も巨大な化け物が、雑魚………!?
「ひ、ひぎ………大きな………大きな、ドラゴンの顔………」
「マジか。ここってドラゴンいるんだ。へぇ、そりゃ会ってみたいな。そいつはEタイプ。なかなか強かったが、もう勝てない相手じゃない」
「嫌だ………嫌だ! やめろ! やめてくれ!」
「なんだよ。お前が最後まで見せろって言ったんだろ? じゃ、最後な。とっておきを見せてやる。これを見て耐えられたら大したもんだ。クックック」
私の能力を逆に支配して、遊び始めただと!?
私の知らないことばかりを流すこの男が、記憶の映像を早送りする。
私は───信じられないものを、見た。
「ひっ………ぃ………」
今のは私の声だろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
なんだこれは。
大きい………とにかく巨大だ。こんなもの見たことがない。実在するというのか!?
巨大湖ペンタリブルに浮かぶ巨大学園街の中央に君臨するアスクノーツ。その学園の中央には神樹グラディオスがあり、その威容は一般人に公開されておらず、とにかく背の高い建物を建てて覆い隠しているという。
私が見上げる建造物がそれだ。闘技場からも見上げれば見ることができる。王都の巨城にも匹敵する高度であった。
しかし、この男の記憶が定か───なのだろうが、最後に見せたその巨人は、アスクノーツ学園の神樹グラディオスよりも、王都の巨城よりも、遥かに高い。
人間など塵にも等しい。建造物と巨人を比較すれば、建物の高さは人間で言えば脛の辺り程度。先程の空を飛ぶ鉄の船と、色違いの鉄の船が合わさり、巨人となったというのか?
「その全長は500メートルにも及ぶ。グラディランド。俺が作った」
「あ………が………」
「お前がどこの誰かは知らないけど、これを見て………ああ、やっぱり耐えられなかったか」
「ばけ、も、の………っ」
「やっぱそうなのかね。狂人だけじゃ物足りなかったか」
エールのなかにいる男は笑いながら私を手放す。
震え、失禁し、混濁としながら暗転する意識のなかで。
私はスケールでこの男に負けたのだと、悟った───。
今朝の御前試合に乱入した男と、ウルスラ家との繋がりがあるとジェイスが公言したからか、聴取は深夜にも及んだ。
僕は───厳密にはエー先輩だけど、事件の首謀者を阻止したから表彰されると思いきや、なんとその暗殺者との繋がりがあるのでは、と教員が述べたから、この時間になるまで拘束されてしまった。
ジェイスが自分の家と癒着していると言っているのだから、僕には当然繋がりなどないはずなのにね。
強面の大人という、僕がもっとも苦手な人種が脅迫紛いな尋問を開始すると、聞いていたエー先輩は邪悪な笑みへと変貌し、『こいつ頭悪いな。代わりなエール。このコンプライアンス皆無のクソ野郎を、泣くまで論破してやる』と交代の打診をする。
でもそれだけは慎んで辞退した。
例え相手が本物の暗殺者だったとしても笑って挑発し、殴らずに戦いを終わらせるという僕の圧倒的上位互換的存在たるエー先輩のことだ。有言実行する。絶対に。泣くまで反論し続けるだろう。殴り合いになったら負けるかも………いや、エー先輩は無傷で終わらせない。強面教官にしばらく経たないと消えない傷をつけそう。
とにかく僕が、なにを言われても頑として「いいえ」と言い続ければ済むのだ。それくらいは僕にもわかる。
日を跨がずに解放され、1年生の寮の自室───物置部屋だったところに帰ると、疲れてなにもできずに寝床いしていた薄い布を敷いただけの石畳にうつ伏せになる。
『せめて風呂入って来い』
「う………」
『体力と根性だけはある方だけど、尋問されたことないから精神的に疲れたってか。まぁいいだろ。代わりな。俺が風呂に入れてやる』
その方法があったか。とハッとする。
エーに体を貸すのはこれで3回目になる。頭を空っぽにするのも慣れたものだ。
この方法は結局、僕の体力を使っているので、エー先輩の憑依が解かれて意識が肉体のコントロールを取り戻した際には、また疲れを感じることになるのだけど、平民のために解放されている大浴場でお湯を使えるというアスクノーツ生限定の超絶な贅沢を堪能できるのなら、そのリスクも呑み込める。これまで僕の実家では、濁った水に麻布をつけて体を拭くのが普通だった。むしろそれができない日だって多かったくらいだ。
体を清潔に保つなんていう習慣がなかったので、大浴場の使い方を知らなかった。エー先輩が教えてくれなければ、足を運んですぐに恥をかいていたかもしれない。
「じゃあ、頼みます」
『あいよ』
頭のなかに青空を思い浮かべると、エー先輩が僕のなかに入ってくる。肉体を共有しているが、それ以降のコントロールはできない状態だ。返答もできない。
「さて、と………ふむ。肉体の疲労とは別に、感じたことのない疲労があるな。気怠さに似て………ああ、これが魔力切れってやつか。ノーディアスと戦ってる時もすごかったけど、今の方が酷いな。アドレナリンが分泌してないから、余計に体を動かし辛いってわけだ。………でも安心しなエール。このくらいなら動けるよ。脳内チップのキャパシティ50パーセントくらい使っちまったくらいの疲労なら、倒れもしなかったからな」
エー先輩はなにを言っているのだろう。ノウナイチップ………?
「俺にとっても久々の風呂かぁ。元日本支部跡地の富士ドックを出て、宇宙を進んで最終決戦。二度目の転生してから1週間。うわぁ。かなり経つなぁ。でも俄然楽しみになってきた。本物の異世界の風呂は、どんなもんなのかねぇ………ん?」
エー先輩、かなり喜んでる。僕でさえ倒れ込むくらい疲れてたのに、なんで動けるんだろう?
しかもまた意味不明なことを言っているし。モトニホン………なんだっけ? ウチュウ?
と、そこでエー先輩は、隣の物置部屋でなにかが動いていることに気付いた。
部屋を出て、隣を覗き込む。
「あれ? お前………」
「………どうも」
そこにいたのは、ジェイスの従者という、確か………カディアンという少年だった。
たくさんのブクマ、たくさんの評価、たくさんのリアクションありがとうございます!
さてさて。先日の夜に更新できなかった理由について、思い当たる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
小説家になろうサイト様の二段階認証に、見事に弾かれまして。19時になる前に開いてみればびっくり。そういうシステムになったのね。そりゃ仕方ないね。とメールを送ってみてさらにびっくり。コードが届いたのは2時間後という………
まぁそれは仕方ないですよね。大勢の利用者さんがいらっしゃいますもん。というわけで先日の夜は執筆できまでんでした。さらにノートパソコンもぶっ壊れ、現在使っているiPadも年代ものなのでメモ帳で書き溜めするとラグが酷く………申し訳ありませんが、まったく書き溜められておりません。ですので本日は夜にもう1回、明日は意気込んでおりましたが1回か2回が限度かと思われます。日曜日は用事が入るかもしれません。何卒ご了承くださいませ。
作者からのお願いです。
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