009
『ほら、お前もとっとと直しな。次が来るぞ』
「くっ───!」
タキオンの右腕が光る。砕けた装甲が元通りとなった。
「ははっ。やっぱ直せるか。そうでなくちゃな! 一発で死なれちゃつまらねぇ。精々、俺に何回も殴られてボロカスになってから死ねや!」
「だから………死にたくないんだってば!」
「おいおいおい! 弱気に戻ってんじゃねぇよ! 殺し甲斐がねぇだろ!」
なんて勝手な暴挙。だからこういう人種は嫌いなんだ。怖いし。話が通じないし。
それでもジェイスの拳打のすべてに拳打で応える。
タイガーアビスとタキオンの破片が、そこらに散らばっては修復を繰り返す過程で消滅していった。
これが鋼鉄騎士同士の戦い。なんて迫力。模擬戦は授業中に数回しか見たことがないけど、選手として出場するのと観戦するために外から見るのとでは段違いだ。
先程から胸の鼓動が激しい。
こんなに興奮するのは初めてだった。ペンタリブル湖に浮かぶこの学園街に来た時よりも胸が弾む。
ジェイスは笑っていた。凶悪な笑みが、次第に没頭する楽しさに変わってきたかのような印象。
けど───
「ゼッ、は………」
あれから5分ほどが経過した。
猛攻に対する迎撃に徹した結果、これはおそらく未だ例にない結果となっていると予想される。
なぜなら、あれだけ悲鳴と怒号で渦巻いていた闘技場が、シンと静まり返っていたからだ。
生徒や教員、学園の関係者、外来の観客。そのすべてが言葉を失い、肩で息をするように上下させている───ジェイスを見下ろしていた。
「嘘だ………クソ………なにが、どうなって………なんで、俺と同じペースで鎧を修復してるはずのテメェが、まったく消耗せず………平然としてられるんだよ………」
ジェイスは恨めしげに僕を見上げて、怨嗟のように不平を述べる。
上級生に自分をアピールするため、あるいは神に捧げるためのこの試合。結果など最初から知れていたはずだった。誰もがジェイスの勝利を疑わなかった。
でもそれは違った。
超圧倒的優位なはずだったジェイスは床に片膝を突き、立ち上がれないほど消耗していた。
対する僕は秒殺されても誰も不思議がらないくらいの弱者。貧身という立場から教員からも差別を受け、あるいはウルスラ家に媚を売るために鋼鉄騎士の講義は見学同然にするくらい露骨に避けられていたのに、この結果。
みんな驚いていた。開いた口が塞がっていない。
「おい………答えろよ貧民! こりゃあいったい、どういう仕組みだ!」
さらに喚くジェイス。
これには審判を務める教員も、さすがに僕に疑いの眼差しを向けてきた。
『頃合い………かな。いいぞ、エール。教えてやれ。教えたところで、どうせ真似できるはずがないんだ』
エー先輩は悪い笑みを浮かべながら許可を出す。
「え、ええと………これはなんの難しいことも、ズルもしていなくて………」
「はあっ!? じゃあなんだよこの差は! なんで初心者のお前に、俺が止められるばかりか………いつのまに逆転してやがった!」
「だ、だから………授業でもやってたでしょ? 鋼鉄騎士の鎧は、損傷を受けたら修復することができる。じゃあ、その修復するエネルギー? っていうのはどこからくるの?」
「そりゃ………鎧を使う奴の魔力だろ」
「うん。そう。でもジェイス、さっきからどう見ても、修復する時って全身の鎧を丸ごと交換するみたく修復してなかった?」
「なんだよ。文句あんのかよ。そっちのが早いし、なにより腕の装甲だの一々気にしてられねぇだろ。第一、俺らはそうやって教わってきただろうが。たった1秒の判断が戦況を決めるって時に、細かく損傷箇所を理解して修復するなんざ自殺行為だぜ………」
「自殺行為ね。うん。確かに。でもそれってさ………消費する魔力、すっごく無駄にしてない?」
「………は?」
あ………あれ?
僕、なにかおかしいことを言ってしまったのだろうか?
なんだか上級生どころか、教員まで、全員がジェイスと同じ顔をしているような?
「消費する魔力が無駄、って………おいテメェ。それじゃなにか? テメェ………俺との殴り合いの最中でも、砕けた腕だけを修復したってことか?」
「う、うん。そうだよ。だってそれって普通、なんじゃないの? 全身丸ごとより、腕一本分の修復だから消費する魔力だって少な───」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ! そんなの、やろうと思っても、どれだけ集中してもできることじゃねぇ! そんなことができるのは、鎧を自分で設計したっていう………英雄くらいだぞ!!」
「───え?」
耳を疑った。
僕がやっていることが、英雄と同じこと?
いや、そんなまさか。
『やっぱりな。授業中、教員がそんなこと言ってたんだよ。いいか、エール。この学園に入学した生徒ってな、みんな最初から自分の鎧を持ってねぇんだとよ。上流階級の子供であれば、著名な専属のデザイナーが作ったワンオフをイメージに刻みつける。あとは学園がすでに保管している高性能な鎧とかな。じゃあ、お前はなんなのか、わかるか?』
「………あ」
してやったり。という顔をしているエー先輩に言われて、改めて思い出す。
僕が御前試合で出した、このタキオンというエー先輩がデザインした鎧を見せた時、ジェイスだけでなく、生徒たちのほとんどが驚愕した。審判を務める教員でさえ。あの時の同情の念は、オリジナルの鎧を持っている僕が潰されてしまうことを憂いたのか。
僕の鎧はジェイスのタイガーアビスと比較しても、微塵も動物などをモチーフにしていない。だからジェイスは狼狽した。見たことがないと言った。当然だ。これはエー先輩のアイデアだから。
『俺がお前にタキオンをいちから作らせた理由は、これだよ。ジェイスがさっき言ったように、教員も説明してたじゃねぇか。英雄が部分修復を可能にするのは、才能なんかもそうなんだろうけど、デザイナー、つまり第三者に頼らず自分で製造したことにあるって。でも鎧をデザインするのって相当難しいんだろうな。俺は前世ではこの機体………あ、いや鎧の整備をしてたから、隅々まで知ってた。お前にはタキオンの関節から指先まで、どんな動きをするのか理解させながら作らせたから、部分修復ができるようになったんだろうよ。………でも、高度な技術には変わりねぇ。お前の才能だよ。やったじゃねぇかエール。お前、ジェイス本人に1発もぶち込まないで、完封しちまったぜ? これも戦略のひとつだ。お前は立派に、真っ向からぶつかって勝ったんだ。胸を張れ』
僕には才能があった。そんなの初めて知った。
これまで異常な数値のスキルスコアだけが特徴で、その他がドン底だった。絶望の日々を過ごすことになると思ったその日から、希望に変わった。
そうだ。………多分これは、エー先輩のお陰だ。
本当にすごいのは僕なんかじゃない。
エー先輩だ。
この異常なまでの観察眼。考察力。適応力。それらがすべて揃ったエー先輩が、一番すごい。
「………ジェイス・ウルスラ。立てるか?」
「………クソォッ!!」
「………承知した。ジェイス・ウルスラ、魔力切れにより戦闘継続不可能! よって、勝者エール・ノア!」
審判がジェイスの状態を確認して告げる。
驚いたことに、ジェイスは言い訳をしなかった。悪態こそついたものの、きっと「まだ俺は負けてない」だとか「あいつがせこい手を使ったからだ」と言い訳を並べると思っていたのに。なんていう潔さだろう。
ジェイスは怖いひとだけど、でも………エー先輩が言うように、なんだか少しだけ好感を持てた。
そして審判の判決により、闘技場が振動するほどの歓声が上がる。
僕はその空気の振動に、圧倒されるばかりだった。
「わ、わぁ」
なんだか立っていられない。
これまで僕を差別していた大勢が、僕の評価を改めて認めてくれた。
なんて………なんて心地よいのだろう。
鳥肌が止まらない。でも、それに応えて手を振る………というのは少しだけ違う気がした。
僕は未だ立ち上がれない、ジェイスのところに向かう。
「あ、あの………ジェイス」
「………んだよ。ああ、勝利した時の条件か。いいぜ。退学なり奴隷なり、縛って晒すなり好きにしろよタコ」
ジェイスは敗北を受け入れていたが、どこか自棄になっていた。
上流階級のひとって、プライドが高いだけだと思っていたのだけど、やっぱりジェイスは違う。
「ふふ………」
「あ? なに笑って………」
「ジェイス。僕の望みはひとつだけ。僕と………と、友達になってください!」
「は、はぁっ!? お、おまっ………なにほざいて………これ、決闘だろ? 決闘に勝利したなら、普通相手をこき下ろしたり、屈辱を与えるなりしてだなぁ!」
「え、そうなの? ごめん。僕、田舎出身だから。都会のルールとか疎くて。だから、色々教えてくれると嬉しいな。その上で対等の友達になってくれたら………うん。もっと嬉しい」
「………チッ。調子狂うぜ。まぁいい。それがお前の望みなら、いいぜ。なってやろうじゃねぇか。殴り合ったしな。お前はセコかったが、卑怯じゃなかった。才能もあった。なら、今日から俺らはダチだな」
「うん。よろしく、ジェイ───ッ!!」
その時だ。エー先輩がニヤニヤしながら僕たちを見下ろすなかで、急に闘技場の入場門が爆発した。
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