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光を背負った王――戦場から始まる、王になるまでの物語  作者: RE:ANNE
第12章 光を編む日々

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第83話 〜届かない光〜



 ラクトゥでのサリムとの会談と、その夜のハンサン密議から一週間が過ぎた。


 前日にフーガも戻り、エルドウルフの執務室には五人の腹心が揃っていた。


 午前最後の小会議も、終わりに近づいている。

 窓から差す強い夏の日差しを、薄いカーテンが遮っていた。開いた窓から風が通るたび、卓上の書類の端が揺れる。


 部屋の中央に置かれた長卓の奥に、エルドウルフが座っていた。その近くにはアンリとルーソル、向かい側にはフーガ。エランとゴディエの前には、確認を終えた書類が重ねられている。


 扉脇にはアストロフが控えていた。


 エルドウルフが手元の書類を閉じる。

 その動きの途中で、わずかに呼吸が止まった。


 フーガが眉を寄せる。


「まだ痛むのか」


「何が」


「肋(あばら)だ。医師は何と言っていた」


 エルドウルフは脇腹へ触れかけた手を、何事もなかったように卓へ戻した。


「一本、傷めているらしい」


「やっぱりか」


 アンリが呆れたように息を吐いた。


「姫さまに治してもらえばいいじゃないか」


「いや」


 エルドウルフは淡々と答えた。


「俺を治すことはできないそうだ」


 誰も、すぐには言葉を返さなかった。


「……できない?」


 アンリの声から、軽さが消える。


 ゴディエはエルドウルフを見ていたが、やがて目を伏せた。


「……命の受け渡しが、不可逆だからだな」


 口にしてしまえば、筋は通っていた。

 それで納得できる話ではなかった。


「どういうことだ?」


「エルドウルフから姫さまへ渡ったマナは、エルドウルフへは戻せない。もし戻せるなら、姫さまは受け取ったマナでこいつを治し、こいつはまた姫さまへマナを与えられる」


 エランの表情が変わった。


「二人の間だけで、命が循環してしまうのですね」


「ああ」


 エルドウルフは事もなげに頷いた。


「俺がいる限り、フィーラは幾人でも治し、何人でも死者まで戻せることになる。二人だけで、世界の命を補えてしまう」


 短く息を吐く。


「そんな理(ことわり)が成り立つはずがない。考えれば分かるだろ」


「分かるか!」


 フーガが勢いよく立ち上がった。

 背後へ押しやった椅子を蹴り飛ばし、長卓を回り込む。

 木の脚が床を激しく擦り、背後で倒れる。


 アストロフの手が、佩剣の柄へかかった。


「フーガ殿」


 低い声が警告する。


 だが、フーガは止まらず、エルドウルフへ詰め寄った。


「そんな重要な事実、早く言えよ!」


 アストロフが壁際を離れる。

 その前に、アンリが立ち上がった。


 伸びた腕を横から取り、勢いに沿って向きを変える。

 フーガの手は、エルドウルフの襟を掴む寸前で空を切った。


 アンリは、よろめいたフーガの肩を押さえた。


「怪我が治るまで待て」


「治ったらいいんだな」


「そうは言ってない」


 フーガが腕を振りほどこうとする。

 アンリはその動きに合わせて立つ位置を変え、エルドウルフとの間を空けなかった。


 アストロフは主君の斜め前で足を止めた。

 剣は抜かず、フーガを見据えている。


 エランは書類を揃えかけ、手を止めた。


「エルドウルフを実際に殴れば、さすがに監獄ですよ」


「一発で済ませる」


「回数の問題ではありません」


 誰も笑わなかった。


 エルドウルフは座ったまま、卓の端から一枚の紙を取り、アンリの前へ滑らせた。


「アンリ。今朝、紋章官から届いた」


 アンリは紙を一瞥し、エルドウルフの顔へ視線を戻した。


「……今、その話をするのか」


「後は任せたぞ」


 アンリは何か言いかけ、結局、息を吐いた。


「……おう。預かる」


 エルドウルフは立ち上がった。


「待て。話は終わってないぞ」


 フーガがまた前へ出ようとする。

 アンリが肩を押さえる手に、力を込めた。


「ルーソル、行くぞ」


 ルーソルはすぐには答えなかった。

 立ち上がる時に脇腹を庇ったエルドウルフを、見ていた。


「ああ」


 書類を取り、隣へ並ぶ。


 商会との打ち合わせは、別室で予定されていた。

 エルドウルフは振り返らず、ルーソルとともに執務室を出ていく。


 アストロフも二人のあとに続いた。


 扉が閉じる。

 アンリは、それを確かめてから手を離した。


 しばらく、誰も口を開かなかった。


「……あいつは、初めから姫さまに治してもらうつもりなんてなかった」


 ゴディエが、閉じた扉を見たまま言う。


「ええ。私たちだけが、勝手に期待していたのですね」


 エランは揃えかけた書類を、卓へ置いた。


 フィーラがいれば、最悪の傷も取り返せるのではないか。

 誰も口にはしなかった。

 だが、あの力を目にしてから、心のどこかでそう思っていた。


 エルドウルフだけは、違った。


 神が降りる前も、降りた後も。

 彼は変わらず、自分の命を一つの駒として盤の上へ置いている。


「次も、あいつは一人で行く」


 アンリが低く言った。


「自分が一番早いと判断すればな」


 ゴディエは扉から目を戻した。


「次は、俺たちを使うほうが早いところまで、先に持っていく」


「止めるためではありません。あの子が一人で危険を引き受ける以外の選択を、現実のものにするためです」


 エランの言葉に、フーガは短く息を吐いた。


「……分かってる」


 蹴り倒した椅子を起こし、乱暴に腰を下ろす。


 やがて、ゴディエが卓に残された紙を引き寄せた。


「……紋章は」


 薄青の方眼紙には、正確な線で新しいエンブレムが描かれている。


 有翼の白い獅子が二頭。

 交差した剣と戦斧。

 若い蔦。

 そしてスクロールに記された『クワルノー』の文字。


「……ほう。悪くない」


「……ずいぶん王道だな」


 フーガは腕を組んだまま言った。

 目は図案へ向いているが、声にはまだ苛立ちが残っている。


 エランも図案を覗き込んだ。


「分かりやすくていい。神獣、武、繁栄。エルドウルフらしいですね」


「旗にも城壁にも使うことになるんだ。変に凝られても困る」


 アンリは紙の向きを整えた。


「原図は俺が預かる。紋章官に正確な写しを作らせよう」


「一枚は、うちへ届けてください。ジュリアたちが、姫さまの刺繍を手伝うことになっています」

 

 エランが言った。


「ああ。写しができ次第、届けさせる」


 話がまとまっても、フーガの眉間から皺は消えなかった。

 もう一度、エルドウルフが出ていった扉を見る。


「……怪我が治ったら、だからな」


「何の確認ですか」


「独り言だ」




更新 月曜日/木曜日 20:00


X更新情報/活動報告など発信してます

たまにイラストも

https://x.com/REANNEcreative

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