第81話 家族日和
「……あり得なくはないが」
ゴディエはようやく口を開いた。
「君はやはり、小説の読みすぎだな、アレクシア」
アレクシアが肩をすくめる。
「まあ、つまらない人。ストラス夫人なら、きっともっと話を広げてくださるのに」
「ストラス夫人を基準にするな」
ゴディエは呆れたようにパンを皿へ戻した。
「君は君で十分よく喋る」
マルグリットがすかさず笑顔で言った。
「では私は大変よく喋ることになりますね」
「自覚があるなら結構」
ゴディエは間髪入れずに返した。
食卓にまた笑い声が上がる。
その和んだ空気の中で、ゴディエは咳払いをした。
「実は、明日は休みになった」
息子たちが揃って動きを止める。
「えっ」
「ほんとに?」
「本当だ。明日は休め、と。今後も月に一度は休むことになった」
ジルが椅子の上で跳ねそうになる。
「じゃあ一緒に行ける!?
森!? 馬!? 川!?」
アルノーはもう少し現実的だった。
「父上、明日はどこへ行くの? 狩り? 釣り? それとも城下?」
アレクシアが、わざとらしく考えるふりをする。
「そうですわね。久しぶりですし、息子たちを連れて狩りにでも行かれては? 父親業を思い出すには、ちょうどよろしいでしょう」
ゴディエは妻を見た。
聡明で、口が回り、しかも少し意地が悪い。
ミレーヌ第二王妃の侍女だったのも、よく分かる気がした。
「いや」
ゴディエは言った。
「明日は、一番大切な人のために使う」
食卓が一瞬だけ止まる。
アレクシアが目を瞬いた。
そして、息子たちの顔がゆっくりとにやける。
「母上だ」
「母上だ!」
「父上、でーと!」
「母上とおでかけ!」
「こら」
少しだけ声を低くしたが、耳が熱いのは自覚していた。
アレクシアはナプキンを整えながら、わずかに視線を伏せる。
「……では、ありがたく使われてさしあげます。どうぞ明日は、私を楽しませてくださいませ」
マルグリットが満面の笑みを浮かべた。
「まあ、素敵! では、奥様のお召し物を五案ほどご用意いたしますね」
「最初から五案なのか……」
ゴディエは額を押さえた。
アルノーが父を見て笑う。
「じゃあ、僕たちは今度でいいよ」
「うん」
ジルも素直に頷いた。
「父上、これから月に一回はお休みなんでしょう?」
「ああ。そのはずだ」
「じゃあ次は僕たちね」
「森に行こう!」
「釣りも!」
「一日で全部は無理だ」
「じゃあ二回に分ければいいよ」
アルノーがもっともらしく言った。
ゴディエは少しだけ笑う。
「そうだな」
「だから明日は母上の日」
ジルが満足そうに頷いた。
「父上、ちゃんとえすこーとするんだよ」
「誰に教わった、その言葉は」
「ストラス夫人!」
ゴディエは天井を見た。
「それから父上」
アルノーが急に真面目な顔になる。
「明日は、お髭を剃った方がいいよ」
「……髭?」
「うん」
ジルも勢いよく頷いた。
「ちゃんと!」
ゴディエは思わず顎に手をやった。
伸ばしているつもりはない。
ただ、このところ帰宅が遅く、朝も早い。
以前より手入れが雑になっている自覚は、多少あった。
「そこまで酷いか」
「少しお疲れに見えますわねえ」
マルグリッドが待ってましたとばかりに口を挟む。
「お髭をきちんと剃られて、今夜しっかりお休みになれば、きっと年齢相応に戻られますよ」
「戻る?」
ゴディエが眉を寄せる。
「俺はいくつに見えている」
マルグリッドが一瞬だけ黙った。
アレクシアがナプキンで口元を隠す。
「言わない方がよろしいのでは?」
「そういう言い方をされると余計に気になる」
「父上、たまにおじさんみたいだよ」
ジルが無邪気に言った。
「ジル」
アルノーがたしなめる。
「三十歳くらいって言わないと」
「二十八だぞ」
ゴディエは額を押さえた。
食卓にまた笑いが広がる。
壁際では、ベルトまで肩を揺らしている。
「……分かった」
ゴディエは諦めたように言った。
「髭は剃る。寝る。これでいいだろう」
「お召し物は私にお任せくださいませ」
マルグリッドがすかさず言う。
「五案ほど――」
「二案にしろ」
「四案で」
「交渉するな」
アレクシアがとうとう声を上げて笑った。
息子たちもつられて笑う。
――悪くない。
国の歴史も、神の伝承も、大きな話はいくらでもある。
けれど、守りたいものは、案外こういう食卓なのかもしれない。
ゴディエは、しばらく手をつけていなかったワインの杯を取った。
ひと口飲む。
明日は休む。
髭も剃る。
王太子の命令だから。
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