↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を背負った王――戦場から始まる、王になるまでの物語  作者: RE:ANNE
第一章 神が降りた戦場

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/84

第7話 〜虚飾の食卓〜



 本館中央部の貴賓室には、ハンサン王セドリクと宰相、軍部の要人たちが揃っていた。


 城内でも大人数を迎えるための部屋らしく、天井は高い。壁際には燭台が並び、その中央に十数人がゆったりと座れる長卓が据えられている。


 正面奥には王の席。

 その左右へ宰相、軍務を預かる役人、将校たちが並んでいた。


 向かい側には、すでにシュバリエ側の席も用意されている。

 王太子の席を中央に、エラン、ゴディエ、アンリ、ルーソル、フーガ。さらに今回の戦に同行した将校たちの椅子が続いていた。


 銀器は曇りひとつなく磨かれ、卓には肉料理や果実が並ぶ。

 香辛料と焼き物の匂いが、戦後とは思えないほど濃く満ちていた。


 扉が開く。


 先に入ったのは、アストロフとオリビエだった。

 佩刀は預けている。

 それでも二人は、護衛としての役目を崩さず、室内を確認して左右へ分かれる。


 その後ろから、エルドウルフが現れた。


 白金の髪。

 まだ若い顔立ち。


 その傍らには、群青の髪の少女がいる。


 さらに後ろから、五人の腹心とシュバリエ軍の将校たちが続いた。

 

 エルドウルフはフェギスノーラの肩へ手を添え、歩みを合わせていた。

 支えているようにも、ただ自分のそばから離さないようにしているようにも見える。


 亡国の姫――そう紹介されている少女。


 王太子妃ではない。

 捕虜でもない。

 単なる客人とも違う。


 ハンサン側の誰も、まだ彼女をどう扱うべきか決めかねていた。


 エルドウルフは、その空気を気にする様子もなく一礼する。


「本日は、終戦の確認と今後の協議のため、席を設けていただき感謝する」


 形式通りの挨拶だった。


 セドリクもまた、友好国の王太子を迎える王として頷く。


「いやいや。こちらこそ、王太子殿には大いに助けられた」


 杯を置き、改めてエルドウルフを見る。


「戦場では鬼神のごとく戦ったと聞いておったが……ずいぶんと若いな」


 白金の髪と整った顔立ちを眺め、満足そうに笑う。


「それに、顔もよく整っている。血にまみれて馬上にいるより、こうして王族らしい衣を着ている方が似合うではないか」


 卓の周囲に、短い沈黙が落ちた。


 宰相は何も言わない。

 将校たちも、王の言葉を拾おうとはしなかった。


 シュバリエ側では、フーガの眉がぴくりと動いた。

 壁際に控えるアストロフも、わずかに口元を引き締める。


 どちらも何も言わなかった。

 だが、アンリには分かっていた。

 二人とも、同じところで腹を立てている。

 

 セドリクは気にした様子もなく、むしろ褒め言葉を与えたつもりでいるらしい。


 エルドウルフは、わずかに頭を下げた。


「光栄です」


 セドリクは満足げに笑う。


「はは。若い英雄というのも悪くない」

 そして、卓へ手を向けた。


「さあ、掛けてくれ。同盟国の王太子殿に、失礼があってはならん」


 給仕たちが動き始める。


 エルドウルフは席に着き、フェギスノーラをすぐ隣へ座らせた。

 外套を整え、肩へ軽く手を添える。


 それから先は、ほとんど口を開かなかった。


 セドリクの話を遮らない。

 室内へ視線を巡らせることもない。


 ハンサン王は、満足そうに椅子へ深く身を沈めた。


「いやはや、こうして同盟国の英雄を迎えられるとはな。我がハンサン王国としても、実に誇らしい限りだ」


 そう言いながら、自らの袖口へ目を落とした。


 濃紺の生地には金糸で細かな幾何学模様が縫い込まれ、袖口には淡く光を返す宝石が並んでいる。


「この衣も、今朝仕立てさせたばかりでな。北方産の生糸に、我が国伝統の刺繍を重ねたものだ」


 腕をわずかに広げる。


「北方の山地で育てた蚕の糸は丈夫で、染めの乗りもいい。戦があろうと、文化まで粗末にする国ではない」


 宰相が静かに視線を落とした。


 セドリクは気づいているのか、いないのか。

 そのまま貴賓室を見回す。


「部屋も悪くなかっただろう?」


「ええ」


 エルドウルフは短く答えた。


「同盟国の王太子を迎えるのだ。粗末な場で済ませれば、それは我が国の格を落とすことになる」


 セドリクは満足そうに頷いた。


「国というものは、力だけでは足りん。どう見せるかも重要だ」


 今度は卓上へ視線を移す。


「その果物も南方から届いたばかりだ。戦の最中でも交易を完全には止めなかった。北では手に入りにくい品でな」


 色鮮やかな果実を示し、杯を傾ける。


「街道が落ち着けば、さらに物が動く。同盟が続けば、南との商いも戻るだろう」


 エルドウルフは黙って聞いていた。

 並べられた料理のうち、口をつけているのは白インゲン豆の煮込みだけだった。


 匙を運ぶ。

 セドリクが話す。

 また一口食べる。


 視線を巡らせることも、話を遮ることもない。


 隣では、フェギスノーラも何も口にしていなかった。


「そうだ。馬といえば――」


 セドリクの声が少し変わった。

 先ほどまでより、わずかに具体性を帯びる。


「我が厩にも良い馬がいる。北方馬に南の系統を掛けたものだ。骨格が強く、長距離でも脚が落ちにくい」


 顎を撫でながら、続ける。


「見栄えだけの馬では困る。戦場へ出すなら、肺と脚、それに気性だ。騎手を選びすぎる馬も使いづらい」


 将校の列で、若い将軍ヘルドラ・サンドラ・シドーが、初めてわずかに顔を上げた。


 セドリクは気にせず話す。


「良い軍馬は、育てるだけでも何年もかかる。まして、鞍と隊列に慣れたものとなれば、金を積めばすぐ揃うというものでもない」


 そこでようやく、エルドウルフへ視線を向けた。


「今回の戦で、相当数が残ったそうだな」


 エルドウルフは匙を止めない。


「千頭近いと聞いている」


 セドリクが続ける。


「ミッドガロン軍が置いていった騎獣だ。負傷しているものもあるだろうが、使える個体も多いはずだ」


 白インゲン豆を一口。

 エルドウルフはまだ答えない。


「戦利品として整理するなら、当然、同盟軍双方に分配の話が出る」


 セドリクは笑った。


「我がハンサンにも、相応の取り分があって然るべきではないか?」


 その瞬間、卓の空気が変わった。

 宰相がほんのわずかに息を吸う。

 将校たちは何も言わない。


 エルドウルフは、白インゲン豆の皿へ匙を置いた。


 小さな音だった。

 それでも、妙によく響いた。


 顔を上げる。

 表情には、肯定も否定もない。

 ただ、次に誰が口を開くのかを待っていた。


 王の言葉が途切れたところで、宰相が静かに声を出す。


「軍馬につきましては、現在、戦場放棄物として一時保全しております」


 セドリクが眉を上げた。


「戦利品ではないのか?」


「現時点では、算定対象から外しております」


「なぜだ」


「負傷と衰弱の程度にばらつきがございます。疫病検査も済んでおりません。再調教の可否も含め、価値を定められる状態ではありませんので」


 セドリクは少し考えた。


「使える頭数は?」


「まだ確定しておりません」


「半分は残るか?」


「それも、今の段階では申し上げられません」


 宰相の答えに迷いはなかった。

 セドリクは杯を傾けながら、しばらく宰相を見た。


 問い詰めようと思えば、できる。


 だが、検査も査定も終わっていないものを、今ここで戦利品として数えろと言うほど愚かではないらしい。


「……まあよい」


 やがて視線を外した。


「使い物になるかも分からぬ馬を数えても仕方あるまい。整理が済んだら報告させろ」


「承知いたしました」


 宰相は頭を下げた。

 その横で、エルドウルフは再び匙を取った。


 何も言わなかった。


 軍馬が、戦利品の一覧から外(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)理(・)由(・)を知っていたからだ。


 セドリクは杯を置き、今度はエルドウルフの隣へ目を向けた。


「ところで、その娘は」


 フェギスノーラは顔を上げない。


「名は?」


 少女は答えない。


 セドリクの眉がわずかに動いた。


 エルドウルフが代わりに口を開く。


「身内も使用人も、戦で亡くしたそうです」


 少し置いて続ける。


「その後から、ほとんど話せなくなっています」


「……そうか」


 セドリクは、しばらく少女を眺めていた。


 見覚えはない。


 だが、平民には見えない。

 身につけているものも、立ち居振る舞いも、どこかの貴族か、その近縁だろう。


 こういう者が厄介なのだ。


 戦で家が潰れたのか。

 それとも、誰かが表に出さず囲っていたのか。

 外戚に連なる家なら、後になって身柄を巡って話が出ることもある。


 しかも、身内も使用人も死んでいる。

 本人は口を利かない。


 こちらで引き取れば、身元の確認から始めねばならない。

 保護するにしても、誰の名で置くかを決める必要がある。


 面倒な話だった。


 だが、その少女の肩には、同盟国の王太子の手が添えられている。


 離す気はないらしい。

 ならば、話は早い。


「そうか」


 セドリクは、先ほどまでより明らかに気楽な顔になった。


「こちらでは心当たりもない。王太子殿が保護するというなら、こちらから異を唱える理由もあるまい」


 むしろ、その方が都合がいい。


 身元不明の貴人を抱え込まずに済む。

 後からどこかの家が名乗り出たとしても、シュバリエ王太子の保護下にあると言えばよい。


「好きに――」


 そこまで言いかけ、言葉を改めた。


「いや。そちらで面倒を見てもらえるなら、助かる」


「承知しました」


 エルドウルフは短く答えた。

 セドリクはそれで、この話を終えた。

 

 

 しばらくして、エルドウルフが匙を置いた。


「陛下」


 それまでほとんど口を開かなかった王太子へ、卓上の視線が集まる。


「戦死者の算定を、確認させていただきたい」


 宰相がわずかに身を乗り出した。


「合同軍の損害は、王太子殿の参戦前までで二万四千。そこまでは双方の記録で一致しております」


「はい」


 エルドウルフは頷く。


「問題は、その後です」


 役人の一人が書類へ目を落とした。


「我が方の記録と照合しました」


 エルドウルフの声は変わらない。


「シュバリエ側を一とすれば、ハンサン側は四です」


 将校たちの表情が固まる。

 ヘルドラは何も言わず、手元の資料へ視線を落とした。

 宰相の目が、すぐに役人たちへ向いた。


「再計算を。参戦前後を分けて、三日以内に」


「承知しました」


 セドリクは、そのやり取りを黙って聞いていた。

 数字の精査そのものには、さほど関心がないらしい。


「それで」


 ようやく口を開く。


「兵の補充は、いつ終わる」


 軍務官が姿勢を正した。


「歩兵の徴募だけであれば、数か月で。ですが、騎兵、工兵、熟練兵まで含めますと――」


「どれほどだ」


「少なくとも一年は」


 セドリクの眉が寄る。


「長いな」


 それだけだった。


 死者の数よりも、失われた戦力が戻るまでの時間。

 王が気にしたのは、そちらだった。


 エルドウルフは何も言わない。


「もう一点、よろしいでしょうか」


「なんだ」


「北の砦、ガレオです」


 セドリクの視線が、隣の役人へ動く。


「修復と、防衛兵再配置の計画を確認したい」


 役人が書類を繰った。


「砦そのものの修繕は、一、二か月を見込んでおります。ただ、境界壁につきましては――」


「概算で結構です」


 エルドウルフが言う。


「完了予定と、兵の配置計画を」


 返答が遅れた。


「まだ、そこまでは……」


「では、併せてお願いします」


 声を荒らげることもない。


 エルドウルフはセドリクへ視線を向けた。


「境界の防衛は、同盟の要です」


 少しだけ言葉を切る。


「北(・)が疎かなら――南(・)も、同様でしょう」


 セドリクの指が、卓上で止まった。


 誰も、その意味を聞き返さなかった。


 南。

 その先にあるのは、シュバリエだ。


 エルドウルフは、それ以上何も言わない。


「……失礼」


 椅子から立ち上がる。


「本日、確認したかったのは以上です。詳細は、再計算と防衛計画を拝見してから改めて」


 フェギスノーラの肩へ手を添える。


 セドリクは数秒黙ったあと、頷いた。


「分かった。用意させよう」


「ありがとうございます」


 エルドウルフは一礼した。


 そのままフェギスノーラを伴い、貴賓室を出ていく。

 アストロフとオリビエ、アンリ、ルーソル、フーガがその後に続いた。


 エランとゴディエだけは席に残った。


 扉が閉じても、セドリクはしばらく動かなかった。

 やがて杯に残っていた酒を飲み干すと、何も言わずに席を立つ。


 国王が退席すると、会食の緊張もようやく解けはじめた。

 

 役人たちは卓上の資料をまとめ、将校たちも次々と席を立つ。椅子を引く音と、低い話し声が室内に戻ってきた。


 シュバリエ側では、エランとゴディエだけが席に残っていた。


 戦死者の再算定。

 軍馬の扱い。

 今後の文書に残す表現。


 双方の役人を交え、事後処理の確認を淡々と進めていく。


「エラン・ド・ストラス卿」


 背後から名を呼ばれ、エランは書類から顔を上げた。


 振り返った先に立っていたのは、ハンサン軍の若い将軍――ヘルドラ・サンドラ・シドー卿だった。

 

更新: 月曜日/木曜日 20:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。