↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光を背負った王――戦場から始まる、王になるまでの物語  作者: RE:ANNE
第九章 選ぶということーー王を選ぶ者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/83

第66話 〜修復という名の反逆〜


 リモージュ家は、シュバリエ王国でも指折りの古参家門である。


 西南辺境を預かり、王国の外縁を支えてきた辺境伯家。

 二代前には王家の傍系から姫を迎え、その血にも連なっている。


 だが、第一王妃の実家であるフリヒア家とは、ドランヴェール川を挟んで長く争ってきた。


 停戦も、条約も、婚姻もあった。

 それでも、領境に積もった恨みが消えたことはない。


 その二つの家の均衡を変えたのが、リモージュ家の嫡子フーガだった。


 若くして王都へ呼ばれ、エルドウルフの馬術と槍術の指南役となる。

 やがて王太子推挙の中核を担い、リモージュ家と王家を再び強く結びつけた。


 王太子の言葉を預かり、国境の外で交渉する。


 それを任せられる数少ない人間の一人が、フーガ・ド・リモージュだった。


◇◇

 

 シュバリエ王国ニカ領、ラクトゥ。


 北はハンサン、東はネルマ。

 二つの国境に挟まれたこの街は、古くから交易で栄えてきたニカ領の領都である。


 ガーネットとサファイアの産地としても名高く、ネルマを経由してミッドガロン人やセルリア人も往来する。

 多国籍の商人が集う、王国屈指の商業都市だった。


 街の東を流れる大河セシール。

 幅広く、中洲が多い。水路が複雑なため、大型船は通れない。

 ゆえに――橋が命綱だった。


 ネルマ側には長大で堅固な大橋。

 ハンサンとの国境は支流で隔てられ、渡し船が往来している。


 渡河地点が限られているため、国境警備は比較的容易だった。

 だが、多国籍の商人が絶えず行き交う街では、旅人が一人増えたところで目立たない。

 諜報活動にも、これ以上ないほど都合が良かった。


 リモージュ家とロワール家の諜者が、城下のどこかで何食わぬ顔をして暮らしている。

 そのこと自体は、公然の秘密だった。


 しかし、誰がそうなのかを知る者は少ない。


 その拠点の一つが、城下で食肉を扱うヴァルニエ商会である。

 表向きは一商会にすぎないが、その実、リモージュ家が裏で所有している。


 

 今夜、その屋敷に人が集まっていた。


 ハンサン側の商人に扮した一団、二十名。

 シュバリエ側の商人に扮した一団、二十名。

 そして、軽装の旅人が二人。


 屋敷の外周には十名。

 内部の要所には九名の警護が置かれている。


 広間へ入ったのは、二十三名だった。


 どちらの陣営も商人の装いをしている。

 だが、衣服の下に隠しきれない体格も、周囲へ向ける視線も、商いだけで生きてきた者のものではなかった。


 長机の南側には五脚。

 北側には八脚の椅子が並んでいる。


 南側の中央に座るのは、シュバリエ王国王太子エルドウルフ。


 その右隣には、フーガ・ド・リモージュ。

 さらに端の席に、リモージュ家の家臣が一人。


 エルドウルフの左隣には、バスティアン・モローが座っていた。

 表向きはヴァルニエ商会の支配人。実際にはフーガの直属として、ハンサン側との連絡を担ってきた男だ。


 その外側には、バスティアンを補佐してきたもう一人の家臣。


 商談を装い、名を変え、ハンサンの貴族と軍部の双方へ道をつないだのは、この三人だった。


 その背後、壁際には四人の兵士。

 さらに後ろには、フードを深く被った小柄な騎士が一人立っていた。


 北側。


 壁際に護衛騎士五名。

 長机には、ハンサン万騎長ヘルドラ、デスメット、ビエリー、カクタス。

 大貴族ミュラー、シムノン、ドグレル。


 そして、中央の一席に座る男が紹介された。


「ギルタン・エステス・ド・ハンサン殿下です。先王の御代、王太子であられた亡き第一王子の嫡子。現国王陛下の甥御にあたられます」


 現在の王位継承順位は第七位。

 現王の六人の王子に次ぐ順位だった。


 だが父が亡くなる以前、ギルタンは王太子の嫡子として、父のあとに王位を継ぐはずだった。


 父は王位に就くことなく世を去り、その弟が王座に就いた。

 ギルタンは直系となるはずだった場所から外れ、現王家の傍系へ置かれた。


 だからこそ、この場にいる貴族たちは彼を担ぐ。


 現王の甥だからではない。

 本来受け継がれるはずだった王統を、元へ戻すために。


 だが、その姿は、これから王座を奪おうとする密議の中心人物には見えなかった。


 白い顔。

 細い身体。

 卓上へ置かれた手には、剣を握り慣れた跡がない。


 フーガの視線が、一度だけギルタンの上を通った。

 何も言わず、すぐに広間全体へ戻る。


 ギルタンには、その短い視線さえ、自分を値踏みしているように思えた。

 

 ハンサン王都で動けば、王の目に触れる。

 地方で軍人と貴族が集まれば、それだけで反逆を疑われる。


 だが交易都市ラクトゥなら、国境を越えた一団も商談客で通すことができた。


 そして何より、彼らにはシュバリエの確約が必要だった。


 政変の間、背後から国境を侵さないこと。

 その隙にミッドガロンが侵攻した場合、同盟国としてハンサンを支えること。


 その二つについて、シュバリエ王太子の確約を得る。

 王太子の名代として席に着くのは、腹心フーガ・ド・リモージュ。

 ハンサン側はそう聞かされていた。


 だが今夜、長机の中央に座っているのは――王太子本人だった。


「ギルタン殿下、お初にお目にかかる。シュバリエ王国王太子、エルドウルフ=アンドレース・ド・シュバリエだ」


 エルドウルフは静かに名乗った。


「越境のうえの御足労に感謝する。今日は両国にとって、実りある評定にしよう」


 それだけだった。


 声を張ったわけでもない。

 威圧する言葉も、相手を試すような問いもない。


 それなのに、広間の重心が長机の南側へ移ったように感じられた。


 十歳以上も年下の王太子。

 神力を持つ、白金の英雄。


 ギルタンは内心でたじろいだ。


 ――噂は誇張ではなかった。


 春。

 ガレオ周辺での戦。


 この若者は最前線に立ち、剣を振るい、兵を率いた。


 対して自分は、王都にいた。


 招集されなかった。

 志願もしなかった。


 いや、できなかった。


 戦場に立ったことのない、亡き王太子の遺児。

 剣すら満足に握れぬ、王位継承第七位の王族。


 胸の奥に、鈍い熱が滲んだ。


 しかも、エルドウルフは第三王子として生まれた男だ。


 本来なら、王座から遠い場所にいたはずの王子。

 それが戦功を立て、神力を示し、兄たちを越えて王太子となった。


 自らの力で、王位へ続く道を切り開いたのだ。


 だが、王は剣の腕だけで決まるものではない。


 自分には血がある。

 本来なら王位を継ぐはずだった父の血が。


 この男が力によって王太子となったのなら、自分は正統な血によって、奪われた王統を取り戻す。


 それは、いかなる武勲にも劣らないはずだ。


 ギルタンは、そう自分に言い聞かせた。


 長机の向こうにある青い目は静かだった。

 軽蔑も、期待も読み取れない。


 だからこそ、落ち着かなかった。


 ――この男は、私をどう見ている?


 軽蔑か。

 無関心か。

 それとも――値踏みか。


 視線を合わせることが、ひどく難しかった。

 

 

 そのとき。

 机の向こう側で、淡々と前提が確認される。

 

 現ハンサン国王セドリク・エステス・ド・ハンサン。

 王妃。

 第一王子から第六王子までの直系血族。


――全員を排除する。


 事故でもなく、戦死でもない。

 毒、暗殺、内乱。手段は問わない。

 現王から続く直系を、一夜で断つ。


 それが、この場に集まった者たちの“前提”だった。


 ハンサンは長く軍事貴族の国だ。

 剣で領土を広げ、戦で家名を刻んできた。


 だが王は軍を縛った。

 財を吸い上げ、遠征を禁じ、剣を収めさせた。

 栄光は失われ、誇りは痩せ、領地は貧しくなった。

 武門の家々は、静かに、確実に衰えていった。


 だから――王を替える。


「反逆」ではない。

 彼らはそれを、王国を本来あるべき姿へ戻すための“修復”と呼んでいた。


 少なくともギルタンには、それが奪われた王統を取り戻すための決起に思えた。

 そう信じるに足る熱が、広間には満ちていた。


 

 春。ガレオ近郊でのミッドガロン戦。

 二万の兵が土に還った。


 アルマー渓谷以南の守備は薄い。

 補充も再編も、いまだ間に合っていない。


 今、背後からシュバリエに動かれれば――

 王都は守れない。


 機は熟している。

 遅れれば、二度と巡らない。

 だからこそ彼らはここにいる。


 ヘルドラが静かに立ち上がった。

 低く、よく通る声だった。


 春の戦で、ハンサンは二万の兵を失ったのだと、まず事実から置く。そのうえで、兵は王のために死んだのではない、ハンサンの誇りのために死んだのだと、言葉を重ねた。


 広間の空気が張る。


 いま王は剣を縛り、軍を削り、国境の守備線を後退させている。では自分たちは、誰のために血を流すのか。


 問いは広間の全員に向けられていたが、最後にはまっすぐギルタンへ落ちた。


 殿下が立たれぬなら、兵は二度と立たない。


 その一言に、将校たちが黙って頷く。


 続いたのは、怒声ではなく報告だった。


 春の戦では出陣命令が三日遅れたこと。

 三日あれば五千は救えたということ。

 昨年から六度にわたって軍備増強を進言してきたこと。

 それがすべて棚上げにされたこと。

 補給費は削られ、訓練日数も削られ、徴兵は延期されたままなのに、戦だけは必ず来ること。


 誰も声を荒らげない。

 けれど、ひとつひとつの事実が、刃のように机の上へ積み上がっていった。


 最後にデスメットが、ほとんど独り言のような小ささで言った。


 王は、何も決断なさらなかった、と。


 その静かな断定が、かえって広間を深く冷やした。


 ギルタンは何も言えなかった。

 

 沈黙が落ちた、そのときだった。


「ギルタン殿下」

 口を開いたのはフーガだった。


 いつもの軽い調子ではない。

 辺境伯家の嫡子としての、低い声だった。


「ここで黙るなら、兵はついて来ません」


 広間の空気がわずかに変わる。


「怖いのは分かる。だが、怖いまま立つ気があるのかどうかを、皆が見ている」


 ギルタンは顔を上げた。


 万騎長たちが見ている。

 自分を担ぐ貴族たちも、答えを待っている。


 そして長机の中央に座る若い王太子は、何も言わない。


 助け舟も出さない。

 軽蔑も、期待も見せない。


 ただ静かに、ギルタンが何を選ぶのかを見ていた。

 

 ◇◇

 

 長机の向こうでは、なおも議論が続いていた。


 責任の所在。

 王位継承の正当性。

 兵を動かす時期。

 現王家を排したあと、誰がどの地を押さえるのか。


 ヘルドラたちの怒りに、偽りはない。


 春の戦で失われた兵も。

 遅れた命令も。

 削られ続けた軍備も。


 すべて事実だった。


 ただし――その事実を誰が語り、どの言葉でギルタンへ突きつけ、最後に誰が決断を迫るのか。


 ここまでの流れはすべて、バスティアンとハンサン軍部が事前に組み上げた筋書きだった。


 ギルタンを担ぐ貴族たちは、自分たちこそがこの政変の主導者だと信じている。


 そして、そう信じてもらわなければならない。


 彼らには、正統性を掲げてもらう。

 王を見限り、自らの名で兵を動かしてもらう。


 現王権を覆す決起は、誰かに命じられて始めるものではない。


 王として担がれる者と、王を担ぐ者たち。

 その双方が、自らの意思で始めたと思わなければ意味がなかった。


 エルドウルフは黙ったまま、長机の中央に座っていた。


 彼が言葉を重ねる必要はない。


 シュバリエ王太子が、この場にいる。


フーガの口から伝えられるはずだった二つの確約は、王太子本人がこの席にいることで、そのまま彼自身の意思となる。


 その事実だけで、今夜の評定が持つ重みは変わっていた。


 そして何より――


 目の前に十八歳の王太子が座っているだけで、ギルタンは、自分も王となるに足る人間だと示さずにはいられなくなる。


 劣等感は、正統な血を持つという自負へ変わる。

 自負は、やがて虚勢を支える柱になる。

 最後には、自分こそが国を救わねばならないという使命へ姿を変える。


 あとは、彼自身が立ち上がればいい。


 バスティアンが粉骨砕身して整えた舞台だ。

 ヘルドラたちも、見事に役目を果たしている。


 マティスへ告げた言葉が、脳裏をよぎった。


 ――ハンサンを落とします。


 国境を越え、軍を差し向ける必要などない。

 ハンサンは、ハンサン人の手で落ちる。

 そして彼らは、それを王国を救うための決起だと信じるだろう。


 エルドウルフの中では、この会議はすでに終わっていた。

更新 月曜日/木曜日 20:00


X更新情報/活動報告など発信してます

たまにイラストも

https://x.com/REANNEcreative

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。