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光を背負った王――神力を宿す王太子エルドウルフの戦記  作者: RE:ANNE
第七章 同じ未来を見る

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第59話 〜受け継いだもの〜


西棟三階、ルーソルの私室では、晩餐会への支度が進められていた。


 磨かれた靴。

 整えられた上着。

 袖口に留める銀の飾り。


 従者が静かに衣装を整える横で、ルーソルは鏡の前に立っていた。

 淡い光を受けた亜麻色の髪が、いつもより少しだけ落ち着いて見える。


 その視線が、ふと鏡の端を外れた。


 チェストの上に、小さな肖像画が置かれている。


 淡い金の髪。

 やわらかな微笑み。

 けれど目だけは、まっすぐで強い。


 第二王妃ミレーヌ。


 ルーソルにとって、彼女は王妃である前に、母そのものだった。


 幼い頃、彼は彼女を「ミレーヌ母さま」と呼んでいた。


 ◇◇


「ルーソル!エル!二人ともこっちへいらっしゃい。お茶にしましょう。さあ、手を拭いて」


 明るい声が、離宮の庭に響いた。


 木剣を握ったまま顔を上げたのはルーソルで、少し離れた場所で息を整えていたエルドウルフがゆっくり振り向く。


 第二王妃ミレーヌは、二人を兄弟として育てた。


 年齢は二歳違う。だが彼女は一度もそれを理由に扱いを変えなかった。

 年子が双子のように育つのが自然だと言い切り、同じ机に座らせ、同じ時間に眠らせ、同じように叱った。


 幼い頃、二人は王宮ではなく離宮で暮らしていた。

 王都の喧騒(けんそう)から少し離れたその場所で、ミレーヌは本来王妃が費やすであろう社交の時間の多くを、二人のために使った。


 彼女は王都で社交界に出るまで、辺境伯家で育っている。

 そのため、乗馬も剣も弓も一通りこなした。


 料理も針仕事も得意だった。


 だから――


 焼き上がった菓子がテーブルに並び、

 ハンカチには小さな刺繍が施され、

 庭では子どもたちと一緒に剣を振るう。


 王妃らしからぬ王妃だった。


 そして、頭の良い人だった。


「今日はルーソルはこの本を読みなさい。エルはこちらを読んでね。母はこれを読みます」


 差し出された本を受け取りながら、ルーソルが首を傾げる。


「どうして別々なの?」


 ミレーヌはにっこり笑った。


「明日、皆でどんな本だったか紹介し合うのよ。紹介された本に興味が湧けば自分で読めばいいし、さもない内容なら読む必要はないわ」


 そして指を立てる。


「一冊読む時間で三冊分の知識が得られる。お得でしょう?」


 ルーソルの目が輝いた。


 エルドウルフは本を見下ろし、少しだけ考えたあと小さく頷く。


 その日から、三人の“読書会”は日課になった。


 読書も、勉強も、馬術も弓術も。

 彼女はすべてを小さなゲームに変えた。


 競わせ、褒めて、笑って、叱る。


 だから努力は義務ではなく、遊びになった。


 ある日、木剣の試合でルーソルが転んだ。

 悔しさに顔を歪めた彼を見て、ミレーヌはしゃがみ込んで言った。


「強くなりたい?」


 ルーソルはすぐ頷いた。


 ミレーヌは今度はエルドウルフを見る。


「エルは?」


 短い沈黙のあと、少年は言った。


「守れるなら」


 ミレーヌは一瞬だけ目を細めた。


 それから二人の頭を同時に撫でる。


「なら、二人とも強くなりましょう」


 その声音はやわらかく、揺るがなかった。

 

挿絵(By みてみん)



 雨の日だった。


 外での稽古が中止になり、二人は不満そうに窓辺に並んでいた。


「つまらない」


 ルーソルがぼやく。


「退屈だな」


 珍しくエルドウルフも同意した。

 ミレーヌはしばらく二人を眺め、それから静かに言った。


「では、今日は王様ごっこをしましょう」


 二人が同時に振り向く。

 テーブルの上に地図が広げられた。


 離宮の庭、池、林、畑――小さな領地のような地図。


「この土地を豊かにするにはどうする?」


 ルーソルはすぐに言った。


「道を作る」


「いいわね。人が来るわ」


 ミレーヌは頷く。

 エルドウルフは少し考えてから言った。


「倉庫」


「理由は?」


「雨が降っても困らない」


 ミレーヌは、ゆっくり笑った。


「ええ。備えは国を守るわ」


 しばらく三人で地図を囲み、真剣に議論した。

 雨音が屋根を叩く中、部屋の中は静かに熱を帯びていく。


 最後にミレーヌは言った。


「覚えておいて。王は一人で国を作るのではないわ」


 指先で二人を示す。


「共に考え、共に守るのよ」


 二人は黙って頷いた。

 

 その言葉の意味を、まだ半分も理解していなかったとしても。

 


 夕暮れになると、三人で茶を飲んだ。

 今日読んだ本の話をして、失敗した剣の話をして、次に挑戦したいことを話した。


 笑い声が絶えなかった。


 たくさん褒めて、たくさん叱ってくれた。


 おおらかで、愛情深く、美しい人だった。


 ――大好きな人だった。


 その記憶は、今も色褪せない。


 肖像画の中のミレーヌは、今も同じように微笑んでいる。

 ルーソルはしばらくそれを見ていた。


 やがて、従者が静かに声をかける。


「ルーソルディア様。お時間でございます」


「分かった」


 ルーソルは目を伏せ、袖口を整えた。


 父が来ている。

 エルドウルフもいる。

 そして今夜の晩餐は、ただの食事では終わらない。


 小さな肖像画から視線を離し、ルーソルは部屋を出た。


 ◇◇◇


 迎賓館へ続く回廊は、夜の灯りに満ちていた。

 磨かれた石床が燭台の光を柔らかく反射している。


 ルーソルは歩みを緩めない。

 一定の速度、一定の姿勢。

 足音すら整っている。


 晩餐会はすでに始まりかけている時間だった。


 前方から軽い足音が近づく。


「ルーソルディア様」


 護衛騎士ユーグが一礼し、並ぶ。


「到着済みの来客を報告いたします」


 ルーソルは視線だけで続きを促した。


「ロワール太公閣下およびご令嬢ジュリア様、すでにご入場済み。

側近二名も同席しております」


 短く頷く。


 ユーグは続けた。


「領地より急行した代理として――」


 一瞬、呼吸を整える。


「アザンクール領主代理、アルベール・ド・アザンクール様」


 ルーソルの歩みがわずかに深くなる。

 間に合わせたか、という沈黙。


「ほか、クワルノーのタウンハウス在住貴族より」


 紙を確認する気配。


「ニカ領主代理、シュラン・ド・ニカ様。バルテ侯爵、リュサック伯爵、モンテヴェル子爵がご出席です」


「周辺領からは、ヴァルメ子爵代理、セラール男爵代理が到着しております」


 すべて“駆けつけた”顔ぶれだった。

 この短時間で集まった人数としては十分すぎる。

 ルーソルが小さく息を吐く。


「ありがとう、ユーグ」


「は」


 騎士は半歩下がる。


 回廊の先、巨大な扉が見えてきた。

 迎賓館大広間。


 高い天井。

 重厚な扉。

 漏れる灯りと、かすかな談笑。


 すでに開場している。

 ユーグが低く言う。


「間もなくです」


 ルーソルは足を止めた。


 一度だけ手袋を整える。

 袖口をわずかに引き、姿勢を正す。


 何気ない仕草なのに、空気が変わる。


 社交の顔。

 ロワール太公の嫡子。

 そして――エルドウルフの腹心。


 扉の前に立つ。


「開けてくれ」


 衛兵が動く。

 重い扉がゆっくりと開いた。

 光が溢れた。


 ルーソルは一歩踏み出す

更新 月曜日/木曜日 20:00


X更新情報/活動報告など発信してます

たまにイラストも

https://x.com/REANNEcreative

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