4話 転位です
強制転移ではない、強制転位である。
いきなりこんな話を始めて申し訳なく思うが、大事な話なのでしておきたい。
材力の世界において転位とは、簡単に説明すると物体の原子の位置ズレのことである。本来物体を構成する原子は一様な綺麗な配列をしている。しかし実際には部分的に綺麗に並んでいない箇所が存在する。その部分が物体においての欠陥であり、変形をする原因でもあるのだ。
つまりあの時、私は【《古代スキル》強制転位】によってデビルベアの左脇腹に大きな転位を発生させたのだ。そのため、厚い表皮を木の枝で貫通させるなどという芸当ができてしまった。
(と、今では考えが整理できているんだが......)
昨夜からの非常識な出来事の連続で妙にこの状況に順応してきてしまっている気がする。
あの戦闘から約1時間が経った今も、転位スキルを利用してデビルベアの身体を解体し続けている時点で慣れ始めているのは明白だ。
「よし、あとはどう調理するかだが」
肉の解体が終わって辺りを見回してみる。
幸い森の中なので火を起こすのに必要な木は充分確保できる。問題は火の起こし方だ。
よくテレビで見るような木と木を擦り合わせる方法やレンズで太陽光を集める方法が思いつく。しかしレンズは無いし他の方法はどれも時間がかかりすぎる。
少し考えてみて一つ妙案が浮かんだ。
「やってみるか」
まずは周囲に落ちている木の枝を一か所に集める。
そして集めた木に向かって
「強制転位」
何本かぼろぼろと崩れたが気にせず続ける。
(イメージしろ、原子配列を高速に入れ替えていくイメージを)
私の考えでは【《古代スキル》強制転位】は物体の原子配列を自由に操作できる能力だ。つまり、使い方次第では熱運動を発生させられるのではないかと考えた。
そのまま強制転位を続けると白い煙が上がり始めた。
(いける!思った通りだ)
ラストスパートをかけると一気に炎が上がった。成功だ。
デビルベアの方に戻って手頃な肉塊を数個持ってきた。
肉に木の枝を刺して炎で炙る。
「良い匂いだ......」
腹が鳴り止まない。
表面が焼けたところでかぶりつく。が、薄々感ずいていた事態が起こっていた。
「味、しないな」
腹は減っているが、この無味獣臭のする肉塊を食べるのは難しい。少し落胆した。
(美味しい肉が食べられると思ったのに、私としたことが......)
余計喉が渇いてしまった。
森の中を歩き続けた後に見たこともない猛獣との激闘、流石に水分補給をしないとやっていられない。
スキルの使い道は大体把握出来たし自分の身は最低限守れるだろう。
「川か池か、探すしかなさそうだな」
渇く喉に唾を流し込みながら、さらに南へと歩を進めるのだった。