5話 見慣れない黒髪です
とある国の国境沿いに長閑な農村がある。
村には三百人ほどの人達が暮らしている。決して裕福ではないが、住んでいる者たちは一生懸命日々を幸せに暮らしていた。
しかし、ここ数年は厳しい生活を強いられている。
新しい領主が来てから税が重くなって、自分達の家族の食料を用意するだけでも一苦労なのだ。
「いつまで続けていけるのかなぁ」
村の行く末に不安を募らせつつ緩やかな坂道を上っていると、前方から見知った顔の老夫婦が下りてきた。
(お散歩日和だもんね)
「ダンさん、リンおばさん、こんにちは!」
「あら、ステナは今日も元気いっぱいね」
「また上に行くのか?」
「うん!やっぱり田んぼの方にちゃんと水が流れてないみたいだからちょっと見てくるね!」
「そうか、いつもすまないな」
「やめてよダンさん、これくらいしか私に出来ることないんだから」
下りていく二人を少しの間見送ってから、また坂を上り始めた。
夫のダンは村全体の農場を取り仕切る立場にあり、責任感がとても強い。税が重くなってから生活が苦しくなった者には、自分の農場で穫れた作物を分け与えるような人だ。
妻のリンは農場で働く男たちの母のような存在であり、美味しい手料理を村人たちに頻繁に振舞っている。
ステナ自身も幼い頃からとても親切にしてもらっていた記憶があった。
ステナが上っている坂道の先には森が開けた場所があり、そこに大きな溜池がある。その池の水を村では農業に利用しているのだが、ここ一か月とある理由で農場へ届く水の量が減っている。しかし今日は全く水が流れて来なかったのだ。こんなことは初めてだった。
(私がなんとかしなきゃね、じゃないと皆困っちゃう......)
二週間後には領主の使者が徴税にやって来る。村によって納める物は違うが、ステナの住むラウテルン村は農作物を納めなくてはならない。
このタイミングで水不足になってしまうのは大変困るのだ。
「は~、着いた~」
登り終わったところで少し背伸びをした。
今まで何度も溜池に来ているので見慣れてはいるが、それでも異様な光景だ。
溜池の周りには無数の茶色い筒のようなものが張り巡らされており、その筒は村の中心へと続いている。
この筒の中を水が流れていくのだが、最近至る所に穴が開くようになった。
「あー! やっぱりたくさん穴が開いてるよぉ......」
今日も漏れ出た水が暴れ回っている。
最初にこの現象に遭遇した時はどうしたらいいのか分からず、ただ手で穴を塞ぐことしかできなかった。
そこから色々な対処法を考えて、今ではこのことに関しては村で一番頼りにされるようになったのだ。
「この前は穴に布を何枚も詰めて塞いだけど、水が染み出してきちゃったしな...」
もっと良い方法がないか考えながら筒に沿って歩いている途中、それを見つけて絶句してしまう。
「うそ、崩れてる?」
筒が3ミーゼ程崩れ落ちてしまっていた。
これではとても修理出来そうにない。
(そっか、このせいで村に水が流れて来なかったんだ)
飲み水くらいならまだ良い。井戸なら下の方にだってあるから。
しかし農業に必要な膨大な量の水はこの溜池から持ってくる他ないのだ。
しばらく途方に暮れていると森の方から物音がした。
森に視線を向けると赤い目が六つ、こちらの様子を窺っているようだった。
(モンスター!? 今までこの辺には出なかったのに!)
無意識に後ずさると、漏れ出た水で緩んだ地面に足を取られてバランスを崩してしまった。
その瞬間を好機とばかりに三頭の狼が飛び出してきた。
「いや! こっち来ないで!!」
悲鳴を上げるが狼たちはお構いなしにステナの喉笛めがけて突っ込んでくる。
もうダメだと思いステナは目を瞑った。噛まれた時の痛みを想像して身体を強張らせる。
しかし衝撃がなかなか襲ってこない。
不思議に思って恐る恐る目を開けると――
そこには見慣れない黒髪の青年の後ろ姿があった。
青年は太い木の枝を右手に持っていて、何やら呟いた。
「強制転位」




