88 紅茶の香り(3)
「あらあら」
マリアがチュチュの元に飛んでいって、涙を拭う。
周りの視線に負けて、チュチュがぽそぽそと話し始めた。
師匠を好きになったこと。
振られたこと。
それでも諦めきれなかったこと。
「元気出して〜」
ルチアまで涙声だ。
「エマから見て、どうなの?」
「え」
突然母に話を振られ、エマがドギマギした。
「言っちゃって……いいのかな」
「もちろん!いいのよ!」
母は無責任な人だ。
躊躇してため息を一つついてから、エマは口を開いた。
「先生は……、いつもチュチュを見てるの」
その瞬間、チュチュが一瞬ビクッとして、そのまま固まった。
「ずっと。チュチュにバレないように」
「ちっ、違うよ!」
弾けるように、チュチュが否定する。
「それはね、ずっと一緒にいたから!お父さん?みたいな感じで」
それは違う。
「ただ、師匠として見守ってるだけなら……あんな顔しないよ」
エマは、下を向いて、お茶のカップをじっと見た。
赤く煌めく水面。
「そんな気を持たせるようなことするなんて、サイテーね。そんな男やめちゃいなさいよ」
母が元気付けるように言う。
そして、気を取り直すためにケーキに向かった。
「そんな男よりケーキの方が、よっぽど甘くて優しいわ。さあ、食べましょう」
「……はい」
チュチュの声は小さくて、何か考えているようだったけれど、全部話したおかげで、表情は幾分かすっきりとしていた。
「ほら」
フォークに刺したロールケーキを、チュチュの口元に持って行く。
「うん」
チュチュがぱくりとロールケーキを口に入れた。
……食欲もあるし、大丈夫かな。
それから、そこにいた全員が、そこにあった数種類のケーキを全て食べ切った。
「お嬢様、チュチュ様、ケーキは足りていますか!?」
マリアが珍しく、これ以上ないほどの笑顔だ。
いちごの乗ったショートケーキがよほど美味しかったのだろう。
「もう食べられないよ」
「お腹いっぱい〜」
チュチュも満足そうにしている。
チュチュの嬉しそうな顔は、やっぱり嬉しい。
その日の夜、エマはチュチュと同じ部屋で眠った。
チュチュは早く眠ってしまったけれど、時々涙を浮かべた。
ちなみに、その日、ヴァルは帰ってこなかった。
午後に届いた手紙によれば、もともと泊まりがけの仕事に行く予定だった父が、ヴァルを連れて行ってしまったらしい。
ヴァルどころか、ピエリスとニールまで。
あのちびっ子二人が居るなら、父だって無理なことはしないだろうが、かなり不安であることには違いない。
母とルチアに聞けば、こんなことは初めてではないそうだ。
あんな小さな子を連れて、それにヴァルまで連れて、一体何をしているんだか。
エマはベッドのそばにある大きな窓から、月が輝くのを眺めた。
そんな感じで女子会だったのでした〜。




