83 ぼくにしておきなよ
チュチュはシエロに振られた日から、メンテといる時間が長くなった。
チュチュ自身はいつも通りだったけれど、なんだかメンテがチュチュに寄ってきているようだった。
あの、“そばに居る”という言葉を、忠実に守ってくれているのかもしれなかったし、特にわざわざ離れる理由もなかった。
逆にシエロとは、どんどん離れていた。
師匠と弟子という関係は変わっていないはずなのに。
恋愛という邪魔な関係は、なくなったはずなのに。
元の関係に戻ったはずなのに。
同じように話せない。
目が合わない。
緊張しながら迎えた実習の日も、シエロの方で用事があるとかで、自習になってしまった。
シエロは確かに魔術師の仕事もあるし、学園の運営もある。
実習のない日自体はそう珍しいことでもないけれど。
それでも、なんだか逃げられたような、なるべくしてなったような違和感があった。
その日の夕食時。
5人が揃っている中で、シエロが口を開いた。
「君たちに仕事があるんだ」
ヴァルとエマが押し黙る。
メンテがシエロに向かって真っ直ぐに顔を上げている。
チュチュは、笑おうとしているけれど、目が泳いでいて、どうみても落ち込んでいた。
お世辞にも、空気がいいとは言えない。
「また、パーティーの招待状だ。今度は、王城からの依頼だ」
「……王城?」
王城という言葉に反応したのはヴァルだった。
「ああ。王から直接来た話だから、今回はこの5人が全員参加となる」
「ランドルフから、か」
ヴァルが、理解したような理解しきれないようなため息をついた。
「パートナーはヴァルとエマ、メンテとチュチュでいいね」
一瞬だけ、静かな瞬間があった。
「はい」
と返事をしたのはエマだった。
「……うん」
シエロは力無く返事をして、そのまま食堂を出て行った。
翌日の午後。
「好きになったらいけなかったのかな」
ぽそりと呟いたチュチュの言葉を、メンテは聞き逃さなかった。
「そんなこと、ないよ」
その日の午後は、二人とも時間が空いたので、大広間でダンスの練習をしていた。
一息つくと、水を飲みながら床に座り込む。
「人を好きになる事を、自分の思い通りになんてできないよ」
「コクハク、しなきゃよかった」
「……ちゃんと言葉にして伝えたチュチュは偉いと思うよ」
「うん。ありがとね、メンテ。ずっと一緒に居てくれて。しばらく、落ち込んだらさ、きっともう大丈夫になるから」
「うん」
チュチュは顔を上げて笑顔を作ったけれど、笑顔を作る事に失敗して、弱々しいふにゃっとした顔になってしまう。
「アタシまだ14歳だしさ。そのうちかっこいい人が現れて、アタシのこと、好きになってくれて。きっとアタシもその人を好きになるんだ」
「もうすぐ15でしょ」
メンテがつまらそうに言う。
「覚えてたんだね」
「うん」
そこでなんだか気が抜けたのか、チュチュの目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
慌てて、その涙をどうにかしようと手を上げたメンテに、なんとか笑いかける。
「大丈夫、だよ。悲しいのは、今だけだから」
「チュチュ」
メンテが、袖でチュチュの涙を拭った。
「あは」
メンテに笑いかける。
おかしいな。
笑ってるのに、涙が止まらない。
こんな弱いところ見せるの嫌なのに。
けど、メンテの泣き顔もたくさん見てるから、これでおあいこかな。
「チュチュ」
メンテが、チュチュの腕を強く握った。
「メンテ…………」
「ぼくにしておきなよ」
「…………え?」
何を言われたのか分からず、チュチュは泣きながらもきょとんとした。
「……ぼくにしておきなよ」
絞り出したような声。
何でそんなに、メンテが苦しそうなの。
「ぼくなら、チュチュを泣かせたりしない」
どういう……意味……。
「ぼくの事を好きになってよ」
メンテの顔をじっと見つめた。
どういう意味か、何となくわかってしまった。
その真剣な顔に。
その真剣な眼差しに。
冗談でも慰めでもなんでもなく、ただそれはメンテの本心なんだということがわかった。
ドクン……ッ。
その瞬間、心臓が驚く。
なんでこんな……。
なんでそんなこと……。
「メンテ……」
小さく呟く。
混乱して。
困惑して。
チュチュはなんとか立ち上がって、泣きながらふらふらと、自分の部屋に戻って行った。
今の……何…………。
そして三角関係が加速する……!!