74 あなたが居ても居なくても
シエロは、窓の外を眺めた。
空いている時間は応接室に篭ることにしていたけれど、いよいよ確認すべき書類も底をついていた。
いつまでも、逃げているわけにもいかなかった。
コンコン。
扉が叩かれる。
「……どうぞ」
小さな音を立てて開いた扉の前には、エマが立っていた。
「先生、すっかりこの応接室私物化してるじゃないですか」
少し呆れたような言葉だったけれど、非難しているわけではないようだ。
エマは、いつもシエロが座るのとは反対側のソファに腰をかけた。
「シエロくん」
「…………」
その呼びかけに、正直、面食らわなかったかと聞かれれば嘘になる。
つい、エマの顔を、まじまじと見てしまった。
エマはいつになく真剣な表情でシエロを見ていた。
「どうした……の?」
つい、力のない声になってしまう。
シエロは、仕方なくエマの正面に座った。
「シエロくんは、チュチュのことが怖いの?」
怖いの、か。
そうか。
「そうなのかも、しれないね」
エマには、誤魔化しても仕方がないように思えた。
ずっと僕らを見てきた人。
ずっとヴァルの隣にいる人。
僕が知らない僕のことまで知っていそうだ。
それに、こうして面と向かってみると、確かに少女なのだけれど、それだけじゃ済まない何かを持った転生者であると理解できる。
「チュチュには、幸せになって欲しいんだ。僕と関わると、なんだか、チュチュが汚れてしまいそうで」
そう言うと、エマが、ふーん、という顔をした。
「……考え過ぎだよ」
エマが、ふわっと微笑む。
「シエロくんはチュチュを汚したりしない。チュチュはそんなことで汚れたりしないよ」
そんなこと。
言うだけなら、何とでも言える。
「シエロくんは自分の事を買い被り過ぎだよ。チュチュはそんな事で揺らいだりしない。チュチュは幸せだよ。シエロくんが居ても、居なくても」
「…………。居ても。居なくても」
「そうだよ。チュチュなら、シエロくんが応えても応えなくても、幸せになれるから」
「…………」
「だからシエロくんは、自分の幸せを考えて」
「……僕の幸せって?」
そこでエマは、困ったように微笑んだ。
「シエロくんがどうしたいかだよ」
「僕が……」
思えば、自分がどうしたいかを考えたことがあっただろうか。
そんなものを考える前に、急ぎ足の周りの人間に翻弄された。
状況は僕が手の届かない所で刻々と変わり、言葉を発することも許されないまま、ただ見えている道を急いで進まないといけなかった。
そんな自分に不満を持ったことはない。
けど、チュチュのことは。
「好きなら好きって言っていいんだよ?」
「好きなら……」
また、気持ちが暗くなるのを感じる。
「最近のシエロくん、気持ちが漏れちゃってるからさ」
そう言うと、エマは立ち上がり、応接室を出て行った。
「…………」
後に残されたシエロは、扉に何かが見えるかのようにじっと、エマが消えて行った扉を見続けた。
「…………イヤな話、聞いちゃったな」
心配になって、ちょっとお姉さんぽく振る舞いに行くエマちゃんなのでした。




