72 努力の行く先(5)
弓を扱うのは繊細な作業だ。
少しの緊張、少しの戸惑い、少しの疲れ。
そんな些細なことで簡単に矢の軌道は変わってしまう。
ただ、まっすぐ射ればいいだけ。
それだけだ。
8本目。
兵士の青年が矢を放つと、すぐにまたメンテの番が回ってくる。
……もう、休む暇もないな。
しんと静まり返った広場。
的に、集中……!
「………………!」
緊張しすぎたせいだろうか。
それとも、勝ちたいと思い過ぎてしまったせいだろうか。
メンテの矢は、的を外れ、右下の土へ刺さった。
「…………」
負け……た…………。
兵士の青年が、笑顔を見せ、メンテに握手を求める。
なんとかその握手に応じると、青年の周りに人だかりができた。
そこから弾き出され、一人、取り残される。
とん、と肩を叩かれ、後ろを振り返ると、ヴァルがいた。
あとの3人も、後ろに控えている。
「すごかったね。2位だよ!」
と、チュチュがニッコリと笑う。
2位。
それは、負けた証でしかないのに。
それからすぐ後、表彰式が開かれた。
もう、夕方になろうとしていた。
少し寒さを感じる空気。
広場の角に設けられた舞台に上がる前、兵士の青年が話しかけてきた。
「お互い頑張ったね」
「はい。……おめでとうございます」
微笑みかける。
和やかな空気。
けど、やっぱり違う。
1位と2位では。
舞台に3人が並び、それぞれの首にメダルが掛けられた。
沢山の人々。
沸き上がる拍手。
2位のメダル。
兵士の青年に、メダルが掛けられたとき、広場の歓声は一際大きくなった。
歓声に応える青年と、称えられたトーラリスの弓。
それを眺めるだけのぼくは、一体何者なんだろう。
舞台を降りると、学園のみんなが待っていた。
シエロが優しく、「おめでとう」と声をかけた。
「ありがとう、ございます」
微笑んだけれど、その微笑みは、歪んではいなかっただろうか。
「ちょっと、疲れたので、少し一人で休んできますね」
「ああ。僕らもご飯食べるところを探しておくよ」
一人、フラフラと植物園の人の少ない場所へ向かった。
階段に腰を下ろし、項垂れる。
すごいじゃないか。200人以上の人数で、2番目に上手かったんだ……。
メンテの顔が歪み、涙がこぼれた。
すごい。
すごい。
すごい、けど。
1番じゃない。
1番じゃない人間に、意味なんてあるんだろうか。
何者にもなれなかった人間でしかないのに。
カタン、と物音がして、顔を上げると、そこに居たのはチュチュだった。
「チュチュ……」
見られたくなかった。
こんなところ。
「どうしたの?」
チュチュの声から、心配している事が窺えた。
「…………」
誤魔化せない。
喜んでもらいたかったのに。
「……悔しいんだ」
「…………」
「どうしても、1位がよかったんだ。1位じゃないと……」
そこまで言ってしまうと、もう嗚咽を止めることはできなかった。
「ふっ……うっ……」
チュチュが、メンテに両手を差し出した。
「…………」
その手に掴まるのは苦しかったけれど、それでもその手を掴んだ。
近くにあった温室のガラスに光が反射して、チュチュの泣きそうな瞳が見えた。
誰もが欲しがるその席は、たった一つだった。
それ以外では意味がない。
経験した事は、無駄にはならないと人は言う。
それはそうだろう。
ここまで練習してきた経験だって。
ここまで勝ち続けた経験だって。
負けた経験だって。
今までやってきた全ての経験は、何かの糧になる事には違いない。
けれど。
今、この時、欲しかった席に座れなかった事実は何よりも重い。
たった一つの席を取る為に費やした時間は、ただただ無益なものに成り変わる。
このどうしようもなく苦しい気持ちは。
前に進む事ができなかった悲しみは。
もっとどうにかすることができたんじゃないかという後悔は。
今じゃなきゃ、ダメだったのに。
今じゃなきゃ。
けれど、現実は、自分の手ではどうにもならなくて。
自分の感情を飲み込むしかなくて。
ただ苦しいだけの感情が、ぼくを苛むばかりだった。
メンテの弓技大会エピソードはこれでおしまいです。
さて、ここからこの三角関係はどう進むのでしょうか。