其の20
私とテオドアは、表面上は今までどおり疎遠なふりをして、しばらく過ごしていた。その裏で、私たちはこっそりと地下図書館に潜り込み、クリス王子を交えて今後について色々と作戦を練った。
その間にも私たちの婚約の段取りが両家の間で詰められていた。勝手なことを、と腹が立たないでもなかったけれど、私たちは彼らのするがままに任せた。それも私たちの計画の一部として組み込んだからだ。
そうして、婚約の日取りは勝手に決められ、お披露目パーティーが催されることになったのだった。
そして。
あっと言う間にパーティー当日がやってきた。
ゲラルド家の屋敷の大広間。そこが会場だ。
精巧な作りのシャンデリアで照らされた瀟洒な空間。並べられたテーブルの上は御馳走で埋め尽くされている。絢爛豪華な空気に酔ってしまいそうだ。
なお、上座にしか椅子がないので、特別な来賓以外は立食形式ということだろう。
(クリス様……)
その上座には、クリス王子の姿が見えた。事前の打ち合わせどおり、王族からの出席者の枠に食い込んでくれたということだ。クリス王子は、私の姿に気づくと、こっそりと片目を瞑って合図を送ってくれた。
他にも、私の父と義母、義妹のメラニー、そしてクラウディア嬢の姿もあった。義母とメラニーは顔を合わせて何かくすくす笑い合い、父はよそよそしく私と一切目を合わそうとしない。
少し前までなら、彼らの態度に大きく傷ついただろうけれど、
(もう、いいや)
って思えた。
もう私は、偽りの家族のために傷つかない。そして、それはテオドアも同じだ。
さて、招かれた人々は軽食を摘みながら、知り合い同士で歓談している。お酒なんかも入って、ざわめきが少しずつ大きくなっていく。
いよいよ宴もたけなわ、といったところで、テオドアの父が衆人に向けて切り出した。
「さあ、ここにお集まりの皆様、この場をもちまして、重大な発表をさせて頂きたく存じます」
そしてテオドアを呼び寄せると、その肩に馴れ馴れしく腕を回す。ほんの少しテオドアが迷惑そうに顔を顰めたのに気付いたのは、きっと私とクリス王子だけだろう。
息子の本音も知らない父親は、芝居がかった口調で、こう続けた。
「我が息子テオドアと、ラシュレー家のリーネ嬢が、この度、目出たく婚約する運びとなりました」
会場が拍手で湧き上がる。私たちにとっては家族からの嫌がらせでしかない婚約だけれど、事情を知る由もない他人からすれば、婚約とは通常、祝福すべきものだから仕方ない。
義母と義妹も手を叩きながら、にやにやと私を見ている。
やがて拍手が収まると、テオドアの父が、
「さあ、リーネ殿もこちらへ……」
と私を促そうとするのを、テオドアが遮った。
「父上、私から一言よろしいでしょうか」
言いながら、テオドアは父親の手から逃れ、真っ直ぐに向き直る。父親は機嫌良く笑った。
「存分に喜びの声を皆に伝えるといい」
父親の許可を得て、テオドアは一度目を閉じる。やがて意を決したように目を開くと、静かな声で、しかしきっぱりと、こう言った。
「その婚約、断固拒否します」
その瞬間。
会場が水を打ったように静まり返った。
そんな空気をものともせず、テオドアは、つかつかと一直線にある人の元へと向かって行く。その人とは、テオドアをお財布がわりにしていたクラウディアだった。
彼は、クラウディアの前で立ち止まると、硬直する彼女の手を取り、そして告げた。
「私が結婚したいのは、この人です」
手の甲に恭しく口付ける。手を振り払うわけにもいかず、ただただ直立したままのクラウディアに向けて、彼は追い討ちをかけるように続けた。
「彼女はずっと私のことを好きだと言ってくれた。私も、彼女のことを好ましく思っています」
淀みなくすらすらと、彼は、この場に相応しくない台詞を綴っていく。婚約のお披露目パーティーで、婚約予定の私を差し置いて他の女性を好きだとのたまうのだ。テオドアの常識も疑われるところだが、名指しされた女性……つまりクラウディアのことだけど……は、たまったものではない。
「え……。え?」
クラウディアは、一瞬で顔を青くする。動揺を隠すことができないようだ。
そんな彼女に、テオドアは畳み掛ける。
「君は私のことをずっと好きだと言ってくれたじゃないか」
口元は微笑んでいるけれど、目は笑っていない。クラウディアは、氷のように冷たいテオドアの視線にうろたえ、一歩、後ずさる。そんな彼女に、テオドアはさらに詰め寄った。
「私のことが好きだから、私の愛を試すため、あれを買って、これを買ってせがんだんだよね? それが嬉しくて、私も快く君に何でもプレゼントしたんだよ」
テオドアは、自分が愚かな男であること、それと同時に、クラウディアの身持ちが軽いことを、この場で公にしているのだ。
不名誉な事実を暴露されたクラウディアは、
「ち、違いますの……!!」
と何か言い繕おうと必死だ。しかし、彼女がその後、声を発することはなかった。
バシッと鈍い打擲の音が響いた。こめかみに血管を浮かせたテオドアの父が、息子を平手打ちした音だ。そしてあたり構わず大声で怒鳴りつけた。
「お前は、なんということを……。自分が何をしでかしたのか、分かっているのか!?」
しかしテオドアは、赤く腫れた頬もそのままに、醒めた目で父親を見た。
「私は、私に相応しい方を花嫁に迎えたいと申したまでです」
そして、綺麗な顔でにっこりと笑い、クラウディアにちらと視線を送った後、
「彼女と私は、とてもお似合いでしょう?」
と言った。
その一言を聞いたテオドアの父は「この馬鹿息子が!!」と怒鳴りながら、再び右手を振り上げた。握った拳を渾身の力を込めて振り下ろそうとしたが……流石に周囲の人たちに止められた。
王子も見ている中で、過度な暴力沙汰はご法度だ。
怒りの収まらないテオドアの父は、間に入った者たちを睨み付け、そしてテオドアを見、唸るようにして告げた。
「二度と我が家に踏み入ることができると思うな」
と。つまり勘当宣言だった。会場が再び水を打ったように静まり返る。しかし、それ以上にテオドアの表情は凪いでいた。
「そうですか」
テオドアは、ますます醒めた目で父親を見やる。「勘当」という処分をもってしても、顔色ひとつ変えないテオドアの様子に、今度は父親が狼狽え始める。しかし、回り出した歯車は、もう止められないのだった。
「では、もうお会いすることもないでしょう。……さようなら、父上」
テオドアはそう言って、軽く片手を上げた後、躊躇なく踵を返した。
振り返ることもせず立ち去る息子を追いかけようとする父親の前に、クリス王子が立ちはだかる。彼は、人好きのする、けれど決して油断できない笑顔で、父親をこう諭した。
「どうせ勘当されるのだろう? だったら、好きにさせてあげたらどうだい?」
そんな風に場を収めてくれているクリス王子が、ちらりと私に視線を向ける。その意図を察した私は、こっそりと会場を抜け出したのだった。




