其の18
テオドアの人となりを知った私は、突然、新しい世界が開けたような、そんな少しふわふわした気持ちで数日間、過ごしていた。
つまり、安心して、平穏な時間を享受していたのだ。
しかし、そんな私の安らかな日々も、あっという間に、粉々に破壊されてしまったのだった。
そう、それは自宅での夕食の席のことだった。父も同席している中で、不意に義母が、それはそれは良い笑顔で、私にこう告げたのだった。
「貴女が懇意にしているお店、泥棒に入られたらしいわよ」
と。
唐突に話を振られて、一瞬だけ、理解が遅れた。けれど、すぐに我に返って、内容を咀嚼する。
「…………え?」
店に泥棒。そんな不穏な言葉に、思わず聞き返してしまった。すると義母はにんまりと笑って繰り返した。
「貴女が出入りしていた店、泥棒に入られて、大変らしいわよ」
そして、肩をすくめた。
「まあ、あんな下賤な店にラシュレー家の人間が出入りしているなんて、体裁が悪いもの。なくなっても、何も困らないわよね」
ふふ、と意地悪く笑う義母。そして対照的に顔面蒼白になる私。あの店は私にとって生命線だ。なくなったら困る。それを十分、分かったうえで、義母はそう言っているのだ。
私はテーブルの下でぎゅっと拳を握りしめる。父は、困ったような顔で義母の隣に座ったままで、私の顔を見ようともしない。私が義母より弱い立場であることに勘づいていながら、何ら仲裁することもない。
私はその瞬間、父親に対するなけなしの期待を全て、私の中から追い出した。あの人は、義母の夫でありメラニーの父ではあるけれど、もう私の父ーー家族ではないのだ、と。
この家は、もう、私にとって大切な場所ではない。
私は椅子から立ち上がる。
(だったら、今すぐに大事なところへ行かないと)
この人たちと食事をしている場合じゃない。私は着の身着のまま、家を飛び出した。夜遅い外出。そんな私を止める者は誰もいなかった。
☆
急いで店に行くと、そこは私が想像していた以上に荒らされていた。金庫は解錠され、ショーケースは根こそぎ破壊され、商品は奪い取られーー泥棒が入ったというより掠奪し尽くされたという表現が正しい。
その惨憺たる有様に、私は呆然と立ち尽くす。
唯一、私を受け入れてくれていた場所。そこは、お金を貯めておくという用途以上に、私にとっての憩いの場所だった。それなのに。
(私の居場所、なくなっちゃった……)
足元が崩れ落ちそうなほどの絶望感が私を襲う。
そんな私の存在に気づいたのは、衛兵に事情聴取をされていた店主と、私と同じように急ぎ駆けつけて来たのだろうテオドアだった。
「こんな夜遅くに一人でどうしたんだ。危ないだろう」
テオドアの少し諌めるような声。彼が言うとおり、夜に女性が一人で動くのは、危険な行為である。私を心配して、ついたしなめる口調になったのだろう。それが多分、普通の感覚なのだと思う。
「すみません、義母から店に泥棒が入ったって聞いて……」
私が答えると、テオドアはぴくりと眉を動かす。
「母親から?」
確認する声に、私は頷いた。そして、うなだれる。
「ここが襲われたのは、私のせいかもしれません」
だとすれば申し訳なさすぎて、最後まで言葉が出なかった。ぽろっと私の瞳から涙が溢れ出た。




