其の17
テオドアは慎重に言葉を選びながら、語り始めた。
「まず俺は、君とはなるべく関わらないようにしていた」
……そう言えば以前「テオドアの好みじゃない私の姿」を見せるために、彼を探していたこともあった。
でも、遭遇できなかったわけで……それは彼から積極的に避けられていたから、ということだったのね。
「それなのに、君が俺の婚約者候補に選ばれてしまったことは……悪かったと思っている。俺が想像していた以上に、君の家族はクズだったらしい」
テオドアは、吐き捨てるような口ぶりで私の家族に言及し、はっと我に返ったように付け加えた。
「……さっき店主が言っていたとおり、俺は、君がここに足繁く通っていることを、以前から知っていた」
「そう、だったんですか……」
今日この日まで、想像すらしていなかった事実である。
「俺が今、ここに通っているのは、主にイミテーション作成のためだが……君と同じように、自分の持ち物の換金もしている。君がこの店を訪れる前から、になるな」
話しながら、テオドアは珈琲を一口飲む。一息ついて、続けた。
「ふと店に入ろうとしたら、俺と大して年も変わらない女の子が、せっせと宝石を売って小金を貯めようとしているんだ。家に問題があるんだろうな、とは、すぐに推測できたよ」
俺の家もそうだしな、と小さく付け加え、説明を再開する。
「俺と似たような境遇だろう、と思っていた。勝手に、親近感のようなものを感じていたんだ」
子供の頃のことを思い出しているのだろうか、テオドアは少し遠い目をしていた。
「つまり、俺は君のことを随分前から知っていたが、俺のような人間と知り合いになっても君には何の利点もない。だから距離を置くようにしていた」
そう言った後、大きな溜め息をついた。
「だけど、クリス王子がな……君に興味を持ってしまっただろう? 店主もあんなだしな。避け続けるのも限界を感じていて、そろそろ一度話をしておくべきだ、とは思っていた」
…………………。
話を聞けば聞くほど、テオドアの印象は、
(すごく普通の人だったんだ……)
というものになった。むしろ一言一言、言葉を選ぶ様子は慎重さを窺わせる。
こちらの方が素のようで、軽薄な遊び人の姿を装っていたということだろうか。
「その……私と同じような境遇ということは、家族から疎外されている、ということですか?」
少しずつ状況が飲み込めてきた私は、率直に彼の立場を尋ねてみた。するとテオドアは頷き、そして付け加えた。
「俺は愛人の子なんだよ」
顔色ひとつ変えず、彼はそう言った。
「兄たちより良い成績を取ったら、父に殴られた。偉いね、と誰かに褒められると、納戸に閉じ込められた。兄たちより劣っていないと許されなかった」
淡々と、他人事のように語るテオドアの姿に、逆に彼の苦悩が忍ばれて胸が詰まる。もしかすると、私以上に辛い少年時代を送っていたのかもしれない。
「馬鹿な振る舞いをして人畜無害にしていないと生きていられなかった。だから、こんな生活をするようになった」
あの、一昔前の吟遊詩人みたいな格好は、変わり者を印象付けるため。また、地味な格好をしている時に、同一人物と悟られにくいという利点もあるらしい。
「愚かなふりをしていると、金も適度に渡してくれるようになった。……金のことで何か問題があった時、全部俺のせいにする魂胆なんだろうな」
そんなテオドアがこの店を使っていたということは、お金を湯水のように使っているふりをして、上手く貯蓄していたということだろう。
「女の子たちへのプレゼントは?」
答えは想像がついたけれど、念のために確認してみる。するとテオドアは軽く肩をすくめて、
「全部イミテーション」
と悪びれもせず答えた。
クラウディアの指輪をイミテーションだと感じた私の目に、間違いはなかったのだ。少しほっとする。
「そうなんですか」
相槌を打つと、テオドアは小さく息をつく。
「意外と分からないものなんだな。……まあ、もしかすると分かった子もいたかもしれないけど、そこは由緒ある家柄が効いてくるよな」
なるほど、偽物だって気付いても、貴族としては格の高いゲラルド家を表だって非難しづらいのだろう。それでも。
「詐欺だ! って問題になったりしません?」
私は純粋な疑問を投げかける。テオドアは澄ました顔で、こう答えた。
「別に本物だなんて一言も言っていないし。ゲラルド家の馬鹿息子は本物と偽物の区別もつかないってことで諦めてくれるだろう?」
いやいや、それってまさに詐欺師の弁ですよ。でもまあ、それで問題にならないのなら、いいのかな。
「クリス王子との関係も、この際だから説明しておく。知り合ったきっかけは、俺が隠れて図書館の隅で勉強しているところを見られてしまった、というところだ。『君の意外な姿を見ちゃった』とか言って、しつこ……頻繁に話しかけてくるようになったんだが……」
テオドアが小さく溜め息をつく。どうやら王子はしつこかったらしい。
「王子と一緒にいたら目立つだろう? だから交渉して、図書館の地下二階を使わせてもらえるようにしてもらったんだ」
人がいない時は地下一階、いる時は地下二階と使い分けているらしい。多分、大事な本を読む時も地下二階を利用しているのだろう。
以前、クリス王子から無理矢理見せられたあの本……というか帳簿は、多分、機密情報の類のものだった。それを王子とやり取りしているということは、王子からの信頼が篤いということでもある。
……テオドアは、少し迷惑そうだけど。
(王子と一緒にいると、何もなくても、色々勘繰られるしね)
でも、王子のことを嫌いでもなさそうだから、性格的には合うのかもしれない。……なんて私がテオドアとクリス王子の関係に想いを馳せていたところ、不意に、
「改めて謝罪させてくれ。婚約の件は、すまなかった」
とテオドアに深々と頭を下げられた。
……婚約の話は家同士のことで、彼が謝ることなんて何一つない。けれど、テオドアは、それを止められなかったことに責任を感じているらしい。
「テオドア様。どうか謝らないでください。婚約の話なら、お互い様です。私だって止めることができなかったんですから」
しかしテオドアは首を横に振る。そして決意を込めた瞳で私をひたと見つめた。
「君には多少、迷惑をかけるかもしれないが、道連れにしたりはしない」
だから、何も心配しなくていい、と彼は言った。その真剣な眼差しは、信じるに値する気がして、私は素直に頷いたのだった。




