其の16
店主の言葉を聞いて、テオドアが「頭痛い」というふうに額に手を当てる。そんなテオドアに構うことなく、店長はさらに続けた。
「嬢ちゃんは換金、テオドア坊ちゃんはイミテーションの作成。どちらも贔屓にしてもらっている」
店主の話した内容は衝撃のものだったけれど、それより以前に、聞き逃すことができない表現があった。
(テオドア坊ちゃん……)
まさに昔馴染みの子供を呼ぶ呼び方だ。しかも、どちらかと言えば、親しい間柄でしか使われないものである。テオドアも、特に気にすることなく、その呼び方を受け入れている。
(これは、どういうこと? クリス王子とも知り合いだったし……)
頭がこんがらがる。何だか私の中のテオドアとは、随分とイメージが違いすぎる。
(というより、世間一般で評されているテオドア像と全然違うんですけど)
金遣いの荒い、チャラチャラした女好き。しかし、今のテオドアには、そんな要素の欠片もなかった。
さらに、店主の一言が私の混乱を深める。
「まあ、テオドア坊ちゃんの方は、結構前から嬢ちゃんのことを知っていたんだがな」
「え?」
店主の言葉に驚いた私は、思わず声を上げて、テオドアを見た。そんなこと、あるはずないって思うのに、そっと目を逸らしつつも敢えて否定をしないテオドアの挙動を見て、私は店主の言葉が正しいことを知ってしまった。
そんな私たちの間の空気も読まず、店主が無邪気にこう言った。
「あんたたちは、婚約者候補みたいなものだろう? 良きにしろ悪きにしろ、少し話し合うべきだと思うがな」
にやり、と店主は唇の端を上げて笑い、
「というわけで、どうぞ」
と言って店主は、いつの間に持ってきたのだろう、大きめのカップに入った紅茶を、私たちそれぞれの前にどんと置いた。そして、
「では、お若い方達で」
と、まるで、やり手のお婆さんみたいなことを言って、再び奥の部屋に引っ込んでしまった。
「ちょっと待て!」
慌てたテオドアが、奥の部屋へと繋がる扉に手をかけるも、既に施錠された後で、どうしても開かない。テオドアは、何度かノブを荒っぽくガチャガチャと回した後、やがて諦めたのだろう、大きく息を吐いた。
そして、少し困ったような顔で私を見た。
今までの私だったら「これ以上、関わるまい」って考えて、何とかこの場を後にする口実を探していたはずだ。
でも、テオドアには不思議な点が、いくつもある。それを知りたくなってしまった。それに、店主の言うとおり、確かに私たちには話し合う必要があるのかもしれない。
私はテオドアを見つめ、尋ねた。
「……座ります?」
するとテオドアは一瞬、逡巡した様子を見せたけれど、
「……ああ」
と答えて、カウンター用の椅子に腰掛けた。私も客側の椅子に座ったので、対面する形になる。
でも、互いにどう切り出していいのか分からなくて、しばらく無言が続く。けれど、黙っていても始まらないので、思い切って私の方から口を開いた。
「あの、私、リーネ・ラシュレーと言います」
「あ、ああ。俺はテオドア・ゲラルドだ」
互いに名乗り合う。婚約者候補として挙がっているのだから名前ぐらい知ってて当然で……かなり今更な感じがするのだけど。しかし。
「……」
「……」
再び気まずい沈黙が走る。会話をどう続けるべきか、なかなか難しい。自分の疑問を一方的にぶつけるのも、ちょっと違うような気がするし……。そんなことを考えていると、有難いことに、テオドアの方から話しかけてくれた。
「少し俺の方から話をしてもいいだろうか」
彼は律儀に断りを入れる。私が頷くと、彼はゆっくりと口を開いた。




