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その婚約、断固拒否します  作者: しののめ


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14/21

其の14

 王子の姿が消えた。

 ……というより、私が王子を見失っただけなのだけど。つまり、はぐれたということだ。


(なんてこと……)


 案内してくださっている王子に対し、大変に失礼な行為だ。私は非常に焦った。


(早く合流しないと!)


 しかし地下二階は、一階以上に広く、そして入り組んでいる。さらには暗い。……どうやら私は、迷子になってしまったようだ。

 静かな空間に、私の足音だけが響く。一人きりの薄暗い図書館って、よく考えると、雰囲気が怖い。心細さが頭をもたげる。


 私は何故か、足音を忍ばせながら、王子の姿を探し歩く。


 やがて、ふと奥の方で、ほのかに明るい場所があることに気付いた。ランプの炎が揺らめく、そんな明かりだ。


(王子……?)


 私はすがる思いで、その明かりを目指して歩みを進める。しばらくして、明かりの元に辿り着いた。

 しかし、必ずしも、ここに王子がいるとは限らない。私は慎重に、本棚で身を隠しながら、明かりの元を探った。

 そして……見た。


(誰かいる…)


 少しだけ開けた場所があり、そこに閲覧用の机が備えてある。その机にランプを置き、その人はじっと本を読んでいる。

 少し遠目だが、間違いなく王子ではないことは分かった。第一、格好が違う。


(誰だろう?)


 どうやら学生のようだ。学園の制服を割とかっちりと着こなして、真面目そうな雰囲気だ。まあ、多分知らない人だろう。

 そう思いながら、もう一度、その人の横顔をじっと眺め……。


(……え?)


 そして、気付いてしまった。それが、見知った顔であることに。


(テオドアだ……)


 最近、強烈な私服を着ている姿で見かけることが多かったので、ちゃんと制服を着ている姿を見忘れていた。


(読書に没頭しているみたい)


 その証拠に、私は足音を忍ばせていたとはいえ、音はしていたはずなのに、全く気付いた様子がない。それほど、目の前のことに集中しているのだろう。机の上に広げた本を睨み付けながら、唸っている。


(本なんて、読むような感じに見えなかった)


 以前も図書館で見かけはしたが、それは誰かと逢引きしている様子で、本を読んではいなかった。

 しかし、こんな風にしていると随分と真面目そうに見える。


(いつも、こんな顔していればいいのに)


 まあ、彼の取り巻きの女性たちにとっては、普段の軽薄そうな空気が良いのだろうけれど。

 と、そんなことを考えていると、私とは逆の方向にクリス王子の姿が見えた。


(あ、クリス王子)


 クリス王子は、テオドアの方へと近寄って行く。至近距離になると、流石にその存在に気づいたテオドアが顔を上げた。

 「王子」という存在が目の前にいるにもかかわらず、特段驚いた様子はない。ということは、彼らは知り合いということになるのだろうか。


(王子とテオドアが?)


 かたや評判の王子様。かたや没落寸前の放蕩貴族。なかなか奇妙な組み合わせである。しかし。


「………」

「………………」


 二人は何やら会話を交わしている。彼らが知り合いであることは間違いなさそうだ。ということは、もしかして。


(あの時も、テオドアと話をしていたのは王子だったりして)


 放蕩で女好きと言われるテオドアのことだから、逢引きだと決めつけていたけれど、その可能性はあるのかもしれない。


(でも、どんなことを話しているのかしら?)


 想像もつかない。

 なんて、私がそんなことを考えている間にも、彼らは話を終えたらしい。


 テオドアは、本を閉じると、それを何故か王子に渡す。そして席を立ち、あろうことか王子を置いて、そのまま奥の方へと去って行った。……つまり、あちらが出口の方向なのだろう。

 王子は王子で、テオドアの無礼を咎めることもなく、手を振ってテオドアを見送っている。


(……どういうこと??)


 状況が全く呑み込めない。その場に立ち尽くしたまま、私は考え込む。……けれど、その思考は、王子が近づいて来たことによって、中断させられた。


「やあ。ごめんね。ここ、少し入り組んでいたから、はぐれてしまったね」

「いえ、私の方が王子を見失ってしまいました。すみません」


 しかし王子の言葉から滲み出ているものに気づいていた。はぐれたのは「わざと」であると。加えて、私がここに潜んでいることに、最初から気づいていたらしい。


「見てた?」


 悪戯っぽい目で尋ねられ、私は嘘をつく理由もないので、


「はい」


と正直に答えた。


「どうして彼は、こんなところで本を読んでいたんだろうね?」


 すごく……棒読みだ。どう考えても、王子自身はその答えを持っているはずなのに、何故、私に問うのだろうか。


「いえ……私には分かりかねます」


 分からない方が幸せだろう。しかし王子はにっこりと笑って、


「彼が読んでいた本、見せてあげようか」


と言いながら、私の前に、テオドアから受け取っていた本を差し出してくる、なんだろう。もしかして王子は、私とテオドアを接近させようとしているのだろうか。少し迷惑なんだけど。


「いえ、結構です」


 きっぱりと断る。本って結構、嗜好が現れるものだし、テオドアも親しくない人に、自分が読んでいた本を知られるのは、あんまり良い気分じゃないと思う。

 しかし王子はめげない。


「そう言わずに、見てよ。ほらほら」


 王子は嫌がる私の頬に、本をぐいぐいと押しつけてくる。強引すぎません?


 結局、根負けした私は、その本を手に取り、適当なページを開いてみた。中身を見て、首を傾げた。


(ん? これは本じゃなくてノートね)


 びっしりと数字が並んでいる。


(これは……帳簿?)


 桁がすごく大きくて、一般家庭の家計簿というものではない。というか国有数の大富豪の規模のお金の動きだ。

 私の頬がひきつる。これは……一般人の私が見て良い類のものではない気がする。


「見たよね?」


 にこっと王子が微笑んだ。……すごく含みのある笑みで……嫌な予感がした。


「これで君も『僕たち』と秘密を共有したということになるね」


 そう言って王子は、ぽんと私の肩に手を置いたのだった。

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